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「デジタル地域通貨」によって生み出せる価値とは?

長野県松本市で開催されたアルプスシティフォーラムの2日目に、

デジタル地域通貨にまつわるセッションがありました。

このセッションで、デジタル地域通貨に関する取り組みや研究について伺う中で思ったこと。

それは、デジタル地域通貨を使うことで生まれる価値についてです。

まず、提供する側にとっての価値。それは、提供する側の人が「これが価値だ!」と価値があることを見える化し、文化にしていけること。(相応に時間がかかる)これは、言い換えれば、既存のお金や数字に対して私たちが想起する「多い方がパワーがある、という常識・前提」を活用した取り組みと言えそう。(このあたりは、eumoが既存の経済システムを前提としたリハビリツールだと言われていることにつながっているのでしょう)

また、eumoは腐るお金と言われていて3ヶ月の期限がある。これは、既存のお金の持つ人間のエゴを増幅してしまう仕組みを取り払ったものであり、権力・富の集中を防ぎたいというリーダー側の願いを叶える仕組みと言えそう。

一方で使用する側にとっての価値(ある意味、提供する側が狙いたいことでもあると思うが)は、1つはお金をただの数字やブツブツ交換的な無機質なやりとりの道具とするのではなく、顔の見える相手への感謝の気持ちを届ける表現方法といった質感に捉え直すことにありそう。(ただし、これはツールとしてのデジタル地域通貨をつかう「だけ」で育めるというより、そういった人間関係のネットワーク・コミュニティの一員となるのが先、言い換えればコミュニティ体験が先のように個人的には思っています。)

また、わざわざ顔の見える関係とのやりとりが重なることで、その相手との関係が築かれていくという「関係性構築」の価値もある。(これは、廃材エコビレッジゆるゆるの村長さんが地域通貨を用いる理由と言われていました。)

また、これはeumoのプラットフォームを提供している方から教えてもらったことですが、「ギフトを送りやすくする」といった価値もある、とのこと。確かに、チップ(気持ち)を表現する上で堂々と法定通貨のままで払える人は日本人には多くないかもしれない。その中で、目立たない形で送ることができるのは助かる人がいるのかもしれない。

また、こういった声もありました。eumoやeumoプラットフォームを活用したコミュニティ通貨をつかっている人たちはそれだけで安心感があるので、安心してつながれるとのこと。これは、特定のコミュニティだと安心できるといったことと同じ効果があるということですね。

研究発表の中でこんな声がありました。

このあたりのギフトをもらうことで感じる重荷については、前提として物と物、物とサービスなどのやりとりを「交換パラダイム」で捉えているからこそ生まれるものだと思います。等価交換の感覚が深く根付いているからこそ、ギフトもお歳暮のお返しのように返すものという前提で負担になってしまうことがあるのでしょう。

このあたりの感覚が変わっていくためには、このままデジタル地域通貨を使い続けていくだけでは足りないように思うのですがどうなのでしょうか。

いずれにしても、お金にまつわる、たくさん問いが生まれるような取り組みをしてくださっているeumo関連の方々のチャレンジはとにかく素晴らしいです。私たちがこうして問い、行動してみること、そして自分なりの解を見出していくこと。そのことに価値があるように思います。

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