マガジンのカバー画像

カウンターカルチャー・ヒッピーの探究

18
アメリカ、日本の1950年代・60年代 ビート・カウンターカルチャー・ヒッピーとラベルが貼られたあたりの事象について探究した記事
運営しているクリエイター

記事一覧

固定された記事

カウンターカルチャー・ヒッピーの探究まとめ記事(2024年10月17日時点)

はじめに「いのちの祭り2024」に参加した記事を複数書いたので、せっかくだから年初に探究…

今回の旧・エコビレッジサイハテ村体験で印象に残ったこと

旧・エコビレッジサイハテ村から帰ってきました。 今回の記事では、上記の記事とは違う写真集…

全国各地で自給自足を志向した小さな村づくり・暮らしづくりに取り組むリーダーたちと…

9月のこと。 お誘いいただいて、北は北海道、南は大分という全国各地で自給自足を志向した村…

『NO NUKES ONE LOVE: いのちの祭り’88JammingBook』を手に入れることができて嬉しい…

「いのちの祭り」関連の記事です。 1990年に出た 『NO NUKES ONE LOVE: いのちの祭り’88…

ビート文学、カウンターカルチャーに興味が湧いてきた。

年始早々から書籍『ホールアースの革命家 スチュアート・ブランドの数奇な人生』を読んでいま…

「いのちの祭り2024」で私が直接観て「影」だなと思った部分について書いてみる〜…

はじめに私は運営スタッフではなく当日ボラスタでもなく、かつ、シーンについても今年の頭に…

「祭りの中で暮らす(食う・寝る・遊ぶ)」体験がもたらしてくれるもの〜「いのちの祭り」から受け取ったもの〜

昨日は、「いのちの祭り」から帰宅し1日目の朝だった。 予定があり、自宅から最寄り駅までの道を歩く中で自然と感じた不思議な感覚。 それは、町と呼べる周囲の景色のすべて「変わらずずっとそこにあるもの」という意味での「静的なもの」ではなく、「過去につくられ、いつかなくなるもの」言い換えれば、「動的なもの」として観えたことだ。 もちろんこれまでも大小問わず建て替えのシーンはみてきているので建物が変わらずにずっとそこにあるとは思っていない。 しかし、目に映る建物や人をこんな風に

「いのちの祭り2024」でやりたかったこと〜先駆者の空気を肌で感じたかった〜

「いのちの祭り2024」に参加して叶えたかったことの1つは、日本におけるカウンターカルチ…

「いのちの祭り2024」3日目の朝感じていること。

はじめに「いのちの祭り2024」3日目の朝。 2日目は、初日や今朝の大雨とはうって変わ…

「いのちの祭り2024」1日目にきています

昨日スタートした「いのちの祭り2024」。せっかくnoteをアップできる余裕があるので、1日…

いよいよ来週「いのちの祭り2024」へ〜年初のカウンターカルチャーの探究からどこ…

はじめに今年の年初から書籍『ホールアースの革命家 スチュアート・ブランドの数奇な人生』を…

年始に『ホールアースカタログ』産みの親の本を読んでからの、12年ぶりに開催される…

今年の年初から書籍『ホールアースの革命家 スチュアート・ブランドの数奇な人生』を読みはじ…

「コミューン」とは何か?について少し調べてみた

はじめに年始にホールアースカタログの産みの親であるスチュワートブランドについて書かれた…

日本のヒッピー、カウンターカルチャーとラベル付された基を辿っています

年始にホールアースカタログの産みの親であるスチュワートブランドについて書かれた本を読み、アメリカの1950、60年代に興味が湧きました。 その後、雑誌スペクテイターの特集本をいくつかGETし、概観を掴もうとしてきました。 その中で、日本における動きも気になり、こちらを入手。 さらには当事者側の人が書かれた書籍にも手を出していっています。 『アイ・アム・ヒッピー 日本のヒッピー・ムーブメント史’60ー’90(増補改定版 2nd)』 なまえのない新聞(1972年創刊)