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【移動する学林 in 名古屋(2018年6月)】参加レポート

藤田一照さんの"仏教塾プロジェクト"「移動する学林:Lifeshift Village」の名古屋開講第1回に参加してきました(2018年6月23日@日本ガイシフォーラム)。

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〔"仏教で自己をならふ":仏教塾開創の経緯〕
一照さんはこれまでに、企業や業界団体などから招かれて研修というかたちで講演やワークショップを名古屋で行なったことはあったそうですが、一照さんが主宰するご自身の活動としての学びの場が名古屋で開かれるのは、今回の「移動する学林」名古屋開講が実質的に初めてのことになります。

今回は一照さんの講義やワークショップを初めて体験する方も多く、この"仏教塾プロジェクト"を始めるに至る経緯について、講義前半の仏教的人生学グループワークを始めるに先立って一照さんが念入りにプレゼンしてくださいました。

昨年まで東京で月に一度開催されていた「仏教的人生学科 一照研究室」の運営をしてくださっていた後藤サヤカさん(…彼女は出産を間近に控えていて産休のため名古屋学林には参加がなりませんでしたが、名古屋学林の皆さまも機会がありましたらぜひ一度サヤカさんに会っていただきたいです…)が、2014年に一照さんと出会って、坐禅会や講演、ワークショップの場に帯同して、そういった場に集まるのはご年配の方が非常に多く、「もしかしたら"仏教はお年寄りのもの"と思われている節がある」ことに気づきました。

そのことを残念に思ったサヤカさんは、一照さんに、

『社会の最前線で現役で苦労して活躍しながら自分なりの生きかたを模索している若い世代のために、仏教のメッセージを届けてほしい』
『そのためには、一照さんの話し方や表現は受け入れられやすいのではないか』
『私がその"場"をつくるので、一照さんはそこへ登場してやりたいことを好きなようにやってください』

という提案をしました。この提案が"仏教塾プロジェクト"開創の契機になったのでした。

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〔"Making of 仏教" を身読する〕
東京で集中開催されていた2015年から2017年の3年間から、今年は「移動する学林」のタイトルの下に、2か月ごとに仙台→名古屋→京都へと学びの場そのものが移動していくスタイルに変わっても、藤田一照仏教塾に変わらず通底する学びの精神は、仏教の知識や情報を"教養講座"のようにして一照さんが講義して、仏教を"既に出来合いのもの"として受講生がただ受け取るだけの一方通行の学びではなく、

『仏教 "で" 自分の人生を考える』
『仏教を"補助線"にして自らを眺めなおしてみる』
『仏教を"梃子にして"自らの人生をラディカルに根源のところから問い直す』

というものです。そしてそれは、仏教という宗教のそもそもの立ち上がりの姿だったかもしれない。
今から2500年も前にブッダとその弟子たちが過ごしていたような、仏教が創造されていくプロセスに立ち会う場になるように…。
4月の仙台学林から参加させていただいた経験からも、仏教塾プロジェクト、特に今年からの新展開「移動する学林」には、

『この場が"Making of 仏教"の追体験になるように』


という一照さんの願いが込められているように感じています。

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〔scholasticな学習とOrganicな学修〕
一照さんが仏教塾で大切にしていて、実際に生成している学びのクオリティが、

『Organic Learning』


というもの。

これは、一照さんが学生時代に研究していた乳幼児の発達心理、特に赤ちゃんが大体1歳半から2歳のころまでに、ハイハイからつかまり立ちを経て自立して歩きだす運動能力と母国語の基礎を習得するときに起きている学びのプロセスがヒントになっています。そこには、教科書もなければ先生もいない、時間割もなければ定期テストも行われない。

しかしそのようなscholasticな学びがなくても、赤ちゃんは立って歩けるようになるし、ことばを話すようになる。具体的に何が赤ちゃんの言語・運動習得の糧になっているのかは分からないし、逆に言うとすべてが学びの糧になっている。赤ちゃんが起きている時も寝ている時も、24時間の生活の全てが彼らの学びに効いている。

これは赤ちゃんの成長発達の場面に限らず、仏道修行もまた、世界をとらえる見方の次元が一つ上がるような変容をOrganicに促すものなのではないのか?と、一照さんは坐禅に初めて出会った頃に気づいたのだそうです。

しかし、一照さんが実際にお坊さんの世界に足を踏み入れてみると、お坊さんの修行もscholasticに行じられている現実があった…。どうやったら、そこに学びが即興的にspontaneousに生成・発現するOrganic Learningの場になるのか。この仏教塾は、塾生とともに考え学び経験することを通じて一照さんご自身も探求する場になっているのです。

〔"仏向上":学ぶことは、変わること〕
ここまでの一照さんのプレゼンを聴いた桜井さんから、次のような問いかけが一照さんに投げかけられました。

『"わからないことにわからないまま向き合う時間"、"人生の初期設定(パラダイム)そのものを問い続けること"が、いまの時代において必要だと考えているのはなぜですか?』

仏教についての知識や情報、そして私たちの生活上必要な知識や情報を得ようとするだけのことなら、いまの時代は学校に頼らなくても、ネットで検索するなりすれば大体のことはわかるし、学校で手渡される教科書を一読するだけなら2~3週間くらいでできるかもしれない。
人生の上で直面した困難を解決するための情報や知識を武装して、それを取っ換え引っ換えするための「学習」、このような学びが必要な時期や場面ももちろんあるだろうけれども、いまの時代に必要なのは、

『学ぶことは、変わること』。


ここで大乗仏教の「凡夫から仏へのShift」というメッセージが効いてくる。
しかしこれは、スタート地点から"よーいドン!"で駆け出していって、今とは違う地点にたどりついて今とは違う自分になる、というものではない。
今もっていないものをmanufactureする(むりやり作り出す、でっち上げる)のではなく、変容のための学修の学びかたは、

「もともとあるものを、再発見する」
「本来に還る」


というもの。

「変わるための学修」のプロジェクトのこのような性質を表現するために、一照さんは19世紀末から20世紀前半にかけて活躍したイギリスの詩人、T.S.エリオットの詩集「四つの四重奏(Four Quartets)」に収録されている「リトル・ギディング」という詩の最後の一節を引用されました。

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われらは探検を已めることなし、
すべてわれらの探検の終わりは
われらの出発の地に至ること、
しかもその地を初めて知るのだ。
未知の、しかも記憶の中にある門を抜け
この地上で最後に見出すところは
初めの地であったところ。
限りなく長い川の源の
姿見えぬ滝の声、
……

"変わるために学ぶ"プロジェクトで私たちが努めるのは、「出発の地に還り続けること」。しかも、出発点に還るたびに、そこにある「本来の自己」のヴィジョンがまた新しく更新されていく。

この塾の全体のモットーでもある、

『仏道をならふといふは、自己をならふなり。自己をならふというは、自己をわするるなり。』


という道元禅師の言葉にも、出発点に還り続ける、一旦出発の地に至ったと思ったらそこに居つかないで、そのこと自体をまた問うて、また探検が始まる…という、終わりのない己事究明の道程を一照さんは見出しているのです。

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〔Everything is workable.とは?〕
6月と7月の名古屋学林では、通称"青虫本"と呼ばれている、『青虫は一度溶けて蝶になる~私・世界・人生のパラダイムシフト』(春秋社刊)の第二章「世界とは - worldからWORLDへ」の中の一照さんからのメッセージ、

「Everything is workable.」
あらゆることは実行可能である、取り組むことができる。
そして、どんなに困難な局面にあってもそれを自分を成熟させるワークにすることができる。

について皆で参究していきます。この言葉の意味付けについて一照さんから次のようなお話がありました。
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パラダイムの変容のプロセスで起きている「AからBへ」「凡夫から仏へ」のシフトを3つの側面で整理したものが、"青虫本"の各章のタイトル

「self から SELF へ」
「world から WORLD へ」
「life から LIFE へ」


であって、自己観や世界観、人生観が、図と地が反転するような質的変化を遂げる様子をあらわしたものです。

くるみの硬い殻にかこまれた私(I)が分断して存在している自己観(世界観、人生観)、"IのOS"では、私が世界という関係性に"入っていく"という観方しかできません。
IのOSをアンインストールして、すべてがWeというつながり、関係性の中に存在している"WeのOS"に換装された世界では、人生の様々な局面への対峙のしかたも変わってきます。

IのOSの上で駆動する、私(I)が閉じた小文字のworldの中では、人生のある出来事が「なぜ私だけこんな目に遭わなければいけないのか?」という、私の外側から次から次へと降りかかってくるproblemにしか見えないこともあります。
人生を動かすOSがWeのOSに変わってくると、その出来事がproblemと見えていたworldが、

『"私を成長させ成熟させるワーク(work)"に満ちた意義深い場所』

というWORLDへと、世界観の変容が起こってきます。

さらにいえば、worldをworldに、problemをworkにするために、自分自身のハートからの止むにやまれぬ呼び声に従って、

『あらゆることを私にとって意味深い、取り組むべきworkにすると"決めて生きる"』

「Everything is workable.」という言葉は、このような決意の表明、人生へのマニフェストとして受け止めることができるのではないか、ということです。

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〔<問い>と<願い>のグループワーク〕
参加者には事前に次のようなhomeworkが与えられていました。

《名古屋学林開講までのhomework》
「青虫本の第二章「世界とは - worldからWORLDへ」をじっくり読み、各ワークに自分なりのやり方で取り組んできてください。そして『移動する学林』を通じて取り組みたい、あなた自身の<問い>や<願い>を考えてきてください。」

各自が事前に取り組んだhomeworkと、"ゼミ長"の役割を務めてくださる桜井肖典さんからの次のような問いかけを基に、名古屋学林で一照さんと塾生とともに考えてみたい<問い>や<願い>をシェアするグループワークに取り組みました。

《桜井さんからの問いかけ》
あなたの人生の旅路は、なぜあなたをこの『移動する学林』に連れてきたのか、少し考えてみてください。
事前のhomeworkを通じたあなたの気づきや疑問についても、思いを巡らせてみてください。
そして、あなたはこの場にどんな<問い>や<願い>を携えてきましたか?

貴重な土曜日の半日、そして次回開講までの1か月間をこの"学林"に費やすことになったのは、私たちの中の何がそれを後押しして、駆り立てたのか?
私たちの意識には上ってきていない、いまだ気づかれざる、知られざる<問い>や<願い>を深く探究していく学びが始まりました。

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〔塾生たちと一照さんの"青虫問答"〕
桜井さんからの問いかけを受けて、各自は思いをA4のペーパーに書き、一照さんが全員の中から8人をランダムで選び出して、選ばれた8人は自分が書いた<問い>や<願い>を次のように全員にシェアしました。

・WeのOSを常時安定稼働させるにはどうすればいいのか、その上で"自由に生きる"とは?
・「幸せ」とは?「他者のしあわせを願う」「与える」とは?
・各々の生きる枠組みの違いを越えた共通の土台を見つけて、自らの枠組みの意味を変えたい。
・どうにもならないことを養分にして、自らの中にあるかもしれない"種"が花を咲かせるか?
・本来の自己と偽物の自分との間の違和感(0と1の狭間のズレ感…)
・生きる息苦しさの大本にある"孤独感"とどうworkableに向き合うか?
リアルタイムでタイムリーに人生にappreciateするには?
・親子関係を難しくさせる要因とは何か?

残った人たちは、発表されたこの8つの<問い>や<願い>と自分のものとを照らし合わせて、今の心情的に響き合うものがあったり「ピン!」とくる<問い>を発表した人のところに集まってスモールグループを形成します。
出来上がった8つの小グループの中でディスカッションし、全体でシェアしたい<問い>を一つまとめて、再度全体に発表して深めていきました。
一照さんと塾生たちとの間で繰り広げられた数々の"青虫問答"のいくつかを振り返ってみましょう。

(問答1)
・Everything is workableな態度で人生を生き続ける原動力はどこから来るのか?
⇒(一照さんコメント)
"徒労に賭ける"

坐禅ひとつ取ってみても、IのOSからみれば「無駄なこと、役に立たないこと」でしかない。それをすればどうなるか、何が得られるかは分からないけれどもやってみる「損得抜きの動機」がある。

・しかし、はじめは損得抜きの動機に則ってやってきたことでも、進めていくうちに"結果"を求めるようになってしまうと、疲れてしまう…。
⇒(一照さんコメント)
損得抜きの動機そのものは理由なしに沸き起こることなので、それに乗って行うworkの中で出てくる疲労感は「workの綾模様」として受け取ってもよいものかもしれない。

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(問答2)
・気がつくとIが分断する孤独感の世界に戻ってしまうのはなぜか?
・WeのOSとIのOSとの間のambivalentな感情は、消えないものなのか?
⇒(一照さんコメント)
世界が見えるのは「この私」の目からしか見えないし、殴られて痛いのは「この私」の身体しかないし、死ぬのは「この私」しかいない、その意味では「この私」は代替不可能な完全孤立の存在。
その完全に独立した「私たち(We)」が端的に共存している(してしまっている)のが<WeのOS>の世界のヴィジョン。そのただことではない事態へのappreciation(畏敬と感謝)から、WeのOSで生きることが始まる。
「拈華微笑」(禅仏教の起源を説く仏伝)
何も言わずにいる釈尊の手中に一輪の華がいま存在しているという"驚くべき事態"に対して弟子の摩訶迦葉は無言の微笑をもって応えた。
ハイデガーのいう「存在者」の世界に裂け目が入って、すべての存在者をあらしめている働きが、IをWeに開いてくれる。そこが深いところまで見えていれば、Iの世界に戻っても大丈夫なのではないか。

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〔身体を細かく感じ分けるボディワーク〕
グループ・ディスカッションの時間が予想以上に白熱して時間も押してしまったので、講義後半が短くなってしまいましたが、ボディワークの時間では、仰臥位(ヨーガの"屍のポーズ")と坐蒲に坐った姿勢で、身体の各所を出来るだけ細かく観る「ボディスキャン瞑想」を実修しました。

デカルトが「方法序説」の中でいみじくも、

「困難な問題は、それを解くのに適切かつ必要なところまで分割せよ」

と述べたごとく、どうにも動かせそうにない事態に直面したときには、問題を大きなまま捉えてしまってただ圧倒されてしまうよりも、できるだけ小さく分割して、どうにかできそうな(workableな)部分から手をつけていくとうまくいく…とも言われます。

手足の指の一本一本にまで集注を向け、音の聴こえかたにしても、耳殻から入った音が耳道を通って頭の中心で音像を結ぶプロセスを細かく観察していく稽古は、容易に解決できないことへの向き合いかたを涵養するものといえそうです。

また、次回名古屋学林までの期間に各自で取り組むhomeworkの「邪気呼出(吐出)法・生気吸入法」のワークも行いました。

《7月名古屋学林までのhomework》
①人生学的宿題
プロブレムだったものをワークに変容したら、こう展開したというケースを自分か他人の具体例として一つレポートする。
②ソマティックな宿題
邪気呼出法と生気吸入法を毎日一回以上実践し、その効果についてレポートする。

(筆者感想)
今回の名古屋学林では、産休に入られた後藤サヤカさんの代打で、当日の会場設営や参加者受付、写真撮影などで運営のお手伝いをさせていただきました。

縦に長い和室での座卓の配置や、実はもう一枚あったホワイトボードなど、気配りの行き届かなさに講義が始まってからや終わったあとになって初めて気づくことも多く、グループワークでもトピックが上がっていた「リアルタイムでタイムリーに気づきを伴わせていくこと」の難しさを感じさせられました。

4月と5月の仙台学林がほんとうに素晴らしい場になって、特にボランティアサポートスタッフの女性たちの献身的な働きで素晴らしい準備をしてくださったのを見て体験していたので、「名古屋もこれと同じクオリティで出来るのだろうか、盛り上がるんだろうかと、正直言って不安で心細い部分もありました。

しかし何よりも「心の深いところから出る<問い>や<願い>」を携えて集まってくださった名古屋の塾生の存在が、学びが深まる雰囲気を作ってくださいました。心から感謝しています!

次回までの1か月のhomeworkの時を経て、7月名古屋学林がさらに深い学びの場になることを愉しみにしています。


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ひろさん
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