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マハラジャの夜

私はマハラジャ世代ではないがマハラジャ復活期に行ったことがある。リバイバル的に福岡で一時復活したことがあったのだ。

マハラジャ(MAHARAJA)は、1980年代 - 1990年代に日本全国に展開した高級ディスコチェーン店の総称。1980年代のバブル期を代表するディスコの1つでもある。
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きっかけは、職場の休憩室で後輩の悩み相談を聞いている時だった。20代だったころの悩み相談といえばもっぱら恋愛のこと。彼氏に別れを切り出すタイミングや内容について一緒に考えていた。「彼を傷つけずに別れる方法」という検索をし始めたとき、「あ!マハラジャが復活したって知ってますか?」と後輩が言い出した。全く知らなかった私は検索内容を変え、「あー、なんか行くなら今じゃない?ここでパワーをつけて勢いで別れ話を切り出そう!」と謎の展開になった。考えるのが面倒になっただけだろう。後輩は意外にも「それいいですね、今日行きましょう!」と言い、何やらマハラジャの力を信じていた。

後輩と私、女性2人でマハラジャに入店した。ロッカーに荷物を預けてフロアに行く瞬間、煌びやかなライトが差し込む場所に入っていく感覚が新鮮だった。
踊り方すらわからない私たちはスポットライトの眩しさに笑いながらとりあえず体を適当に揺らしお酒を飲んだ。クラブに行くのも初めてだった私たちは「マハラジャってバブル期のあのダンスを踊るのかと思ったら、普通のクラブってことなんだね。」と言っていた。普通のクラブも知らないくせに、クラブ慣れしてる感を出し始めた。マハラジャの力だ。

後輩がなんで彼氏と別れたがっているか聞いていなかったので、ダンスフロアで聞いてみた。後輩は爆音の中、彼氏の悪口を思いっきり言ってかなり気持ちよさそうだった。私も周囲を気にせず大声で大爆笑していた。その何倍もの爆音と誰も私たちの存在すら気にしないダンスフロアはなんて自由なんだ!と思った。大勢の人が狭いフロアに密集しているのに妙な解放感があって「だからクラブって良いよね」と言っていた。知らないくせに。マハラジャの力は強くなっていく。

2杯目のお酒を注文しにバーカウンターに行くと、バーテンダーから「誰か待ってるの?」と聞かれた。待ってないと伝えると、「VIPルームで飲まない?」と聞かれた。そんなお金持ってない、と伝えると君たちはタダでいいよと言った。まったく意味がわからなかった私たちは、VIPルームを見てみたい!と無邪気な好奇心を発揮した。

VIPルームの扉が開いても中がよく見えなかった。中に入ってみると男性2名がソファでお酒を飲んでいた。何かよくわからないけど、いつでも逃げれる状態にしておいた方がいいというリスク管理スイッチが入った。後輩と私はそれぞれ別々の場所に座るように言われた。その瞬間、私は後輩の耳元で「私たちは姉妹ってことにしよう。」と言った。

名前と年齢を聞かれて答える。関係は姉妹。私の名前はユキで、後輩の名前はアキだったから名前を言っても偶然にもちゃんと姉妹感が出ていた。普通なら苗字で回答するのに咄嗟に名前を回答したときは姉妹をお互いに確信した。後輩は機転がきくタイプで、スムーズに私をお姉ちゃんと呼び、タメ口で話した。

後輩が作り上げた姉妹エピソードを聞きながら、要するにこのVIPルームにアテンドされたってことか、と状況を理解し始めていた。
VIPルームからは、下のダンスフロアでバカみたいな顔をして踊っている人たちがよく見える。中にはすでにこの場所に誰かがいることをわかっていて、このVIPルームを目掛けてダンスアピールしている女子たちもいた。向こう側からこちらは見えないがこちらからは向こうが見えた。

ここから見るといかにさっきの私たちが初心者全開だったかわかる。慣れてなさすぎる感じとか、大きい音の中でも一生懸命お互いに話をしようとして爆笑したり、話すのがめんどくさくなってふざけて踊ってみたり、よく見ると完全に場違いだったことに気づいて急に恥ずかしくなった。恐るべしマハラジャ。

私たちは自然な流れでそれぞれの男性の隣に座らされた。私たちがここに辿り着く前にこの高いところから「お前どっちにする?」という話が終わっていたことも察した。

「意外とちゃんとしてるんだね」と1人の男性が言った。私たちは接待慣れしているのもあって、ビジネスマンと適度に仕事の話をしながら気持ちよくお酒を飲むことに慣れていた。距離感からそこそこちゃんと仕事している子たちだと察したようだ。

彼らの話を聞くと、付き合いがあってこの場所に来たこと、VIPルームに通されて女の子をアテンドされると言われて、期待されても困るしサクッと飲むくらいで済みそうな子として私たちが選ばれたらしい。だからなかなか失礼だな、と思いながらも少し安心していた。どこぞのCEOである2人組の男性に喜びもせず物怖じもせず、そこそこの会話を展開させる私たちは気に入られた。でもこちらは急に仕事みたいだなと思ってすっかりマハラジャ熱が冷めてしまった。
このVIPルームで飲んだり食べたりする分の滞在料金分くらいは感じよくしておこうと思っていた。

後輩は要所要所に私たちは姉妹だという嘘をうまいこと紛れ込ませていた。一緒にダンスフロアで踊っておく?と聞かれても断れるほど気楽に話せる相手だったが、場所の雰囲気とお酒の種類に疲れて早く帰りたかった。
トイレに行くと告げてバーカウンターに行き、どうしたらVIPルームから抜け出せるか?を聞いた。もうすぐ部屋の時間は一旦区切るけど、2次会まではせめて付き合ってほしいと、マハラジャ店員から告げられた。
彼らはこれによってインセンティブが生まれているのではなかろうか、と思って「わかりました」と言ってしまった。早くこの場から出たかった。

近くのインド料理屋さんでカレーを食べた。店を出ると急にお腹がすいた。深夜に本気でカレーを食べる面白い姉妹を見ながら男性がお酒を飲むというシュールな2次会はサクッと終わった。
総じて安全だったし、連絡先を交換することもなかった。

とりあえず駅まで後輩と歩いた。後輩の携帯には何件もの不在着信が入っていた。後輩はもう寝ているであろう彼氏に折り返しの電話をした。
彼氏はワンコールで出た。聞こえ漏れてくる彼氏の声は怒りを通り越して呆れ疲れている様子だった。

「どこに行ってたの?」と聞かれて
「マハラジャで飲んで、VIPルームでいろいろ奢ってもらった。」と後輩が言った。

「オレそういうのまじ無理だから」

あっさり終わった。
マハラジャに行ったら終われる説が爆誕した夜だった。

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こゆき(koyuki)
喜びます、ありがとうございます。

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