組織はメンタルモデルで動いている
個々人の異なるメンタルモデルが組織開発の障害になる。最近、そう思うことが増えた。特に、組織間の利害を調整しつつ、組織として一貫した戦略をもち、もっとも組織のパフォーマンスを最大化する。組織開発をそう定義した場合、上記の仮説が立ち現れる。
組織間の利害を調整するとはどういうことだろうか。たとえば、よくあるのは営業と製造現場でのやりとりである。営業は製造された商品が売れない、と主張し、反対に製造部は営業力がないから売れないと主張する。営業は製品に対する顧客からの細かい要望に丁寧に応えたいと思うが、そうした多種多様な細かい要望は、製造部門にとっては標準化の障害となり、煙たい顔をされてしまう。こうした部門間の応酬や微妙な利害の食い違いは、ビジネスシーンでよくみられることだろう。読者のなかに中間管理職の方がいれば、自組織の社員はもちろんのこと、横の組織との調整が求められるため、利害調整のめんどうくささはリアリティをもって理解してもらえるだろう。
さらに、組織は組織として一貫した戦略に基づいて、整合性をとりながら運営されねばならない。製造部門がその技術力をもって、製品の多機能化を目指している一方で、営業は、多機能になればなるほど顧客への説明コストがかさむため、シンプルな機能を求めているとした場合、組織間の戦略に求める方向性は一致しないことになってしまう。
では、なぜ組織間の利害調整や一貫した戦略実行が難しいのだろうか。それは、ひとつには各組織や個々人が異なる目標を追っているからだ。営業部は短期の業績を追っているために、細かく多様な顧客の要望に応えることで、成果を最大化できる。一方で、製造部は生産効率を目標としていたりする。その場合、カスタマイズ要望は生産効率を下げるため、容易に営業部の要望に応えられない。なぜ、異なる目標をもっているのかといえば、機能別に組織をつくっていること、また、目標管理というメソッドの限界が考えられるだろう。つまり、組織の構造が利害調整の問題をつくりだしている。
でも、それ以上にぼくが注目するのはメンタルモデルである。メンタルモデルとは、個人が持つ知識、信念、経験、および仮定に基づく認知構造のことを指す。つまり、私たちが外界や出来事を理解し、行動するために使用するフレームワークやパターンのことである。ぼくたちは通常、目の前に起こったことを、起こったことをそのまま捉えていると考えている。でも、実際はそうではない。起こったこと(出来事)を知覚して、自分のメンタルモデルをとおして、つまり、一定の意味づけをしたうえで、それを現実として認識している。だから、起こったことは事実として1つしかなかったとしても、それをどのように捉えるかは、人々のメンタルモデルごとに多様であるということだ。また、メンタルモデルは変わりにくい、という特徴を有している。それは、当たり前といえば当たり前だ。メンタルモデルは、その人がこれまでに培ってきた知識や、経てきた経験、構築してきた信念に基づいているためだ。
そして、このメンタルモデルが組織間の利害調整や一貫した組織戦略の構築に大きな影響を及ぼす。2つの組織のトップが、異なるメンタルモデルをもつとしよう。ひとりは、標準化され、効率化された組織がもっとも成果を上げられると考えている。ひとりひとりの個性や育成よりも、誰もが同じような手順で業務を進めることを重視している。もう一方の組織トップは、その真逆で、標準化され、効率化された組織は人々を没個性化し、すでに決められた手順に沿って業務を進めるために受動的な社員をつくりだし、育成がなされない。決められたとおりに仕事をするのなら、ロボットで充分であり、人は個性や創造性にもとづいて仕事をしたほうがよい、と考えている。このふたりは、組織間の整合性をとるために折り合うだろうか。難しいと言わざるを得ないだろう。
仮に、戦略が選択と集中によって、ひとつに絞られたとして、つまり、組織のハード面での整合性を試みたとして、問題は解決されるか、というとそう単純ではない。戦略が標準化を重視した組織運営を要請した場合、一方の組織トップは自身のメンタルモデルに合致するが、一方では合致しないということが起こる。でも、すでに述べた通り、メンタルモデルはそうそう変わるものではない。社員の個性や創造性をメンタルモデルとして抱えながら、それに反する組織運営をしなければならないという苦痛は大きい。
組織はかけがえのない人間をつくらない努力をして存続する。自らがかけがえのない人間になろうとする個人とは正反対である。だから、自身のメンタルモデルは脇に置いて、仕事をすればいいのだ、という意見もあるだろう。でも、自身のメンタルモデルを抑圧し続けることには多大なエネルギーがいるし、ストレスもかかる。思いがけず、自らのメンタルモデルに基づく意見が喉をつくように吹き出し、他組織との諍いにつながるリスクもある。ぼくたちは、メンタルモデルにもとづいて行動する。だから、組織は個々人のメンタルモデルに沿って動く。でも、ぼくたちはメンタルモデルの適切な扱い方の多くを知らない。組織開発の挑戦は、メンタルモデルにあるかもしれない。
サポートいただいたお金は、“誰もがが自己実現できる社会をつくる”ために使わせていただきます。