PERFECT DAYSにおけるミニマリスト的世界観
映画PERFECT DAYSを鑑賞してきました。この作品は、カンヌ国際映画賞で主演男優賞を獲得するなど前評判が高く、見に行かねばと思っていてようやく行くことができました。
作品の評価が分かれているらしい
みなさんの作品への評価は必ずしも一様ではないようです。ネガティブな評価の代表として取り上げられているのが作家の平野啓一郎さんのXでのコメントですね。もっとも平野さんは、まとまった話を展開していません。どのような感想をお持ちなのか知りたいところです。
私は大変面白かったのでこうしてレビューを書いています。評価が分かれるのは、本作を処世の術として見るかどうかという点ではないかと推察しています。レビューを拝見すると、実に多くの人が処世の術として本作を見ている気がします。「下層に追いやられたとしても人は立派に生きていくことができるんだ。そうだW杯のスタンドで片付けをして褒められる日本人じゃないか」といった感じでしょうか。ネガティブにこの映画を受けて止めている人たちも、そのような見方ができてしまう本作に対して、くだらんとおっしゃているような気がするのです。主人公は、公園の掃除を仕事としています。毎日、毎日、繰り返しトイレの掃除を行います。ただそれだけの映画です。
監督と役所さん、そして「平山」
映画鑑賞後に、少し調べているうちに監督のインタビューを発見しました。インタビューでヴィム・ヴェンダース監督は、「平山」という主人公の苗字は自分で作ったのではないと話しています。小津安二郎の「東京物語」に出てくる笠智衆が演じた主人公の名前から採用したのだと。そして役所さんは、どんどん「平山」になっていったと監督は話しています。「平山」は実に丁寧な男で、すべてのものに対して誠実に対応します。そのような存在として東京物語からPERFECT DAYSへと主人公が移植されているわけです。
これは余談ですが笠智衆も役所広司も九州の出身です。僕も九州出身なので気になるのかもしれませんが、彼らは長い役者のキャリアがあるにもかかわらず一向に九州なまりが抜けない人たちです。存在自体が郷愁を漂わせているという点でよく似ているところがあると言えるのかもしれませんね。
インタビューでは「平山」とは何者かについて監督が語っているシーンがあります。彼はビジネスで管理的な立場にあった人間であると述べています。ここですね。このあたりの説明は映画には出てきません。したがってその解釈は見る側に委ねられているわけです。転落した平山がそれでも懸命に誠実にトイレの掃除人として日々を生きている物語として見るのか、自ら選び取った彼にとっての幸せなトイレの掃除人としての生活を誠実に送っていると見るのかで、作品の印象は大きく異なってくるのではないでしょうか。監督のインタビューでの説明は後者です。平山はビジネスマンとして成功した暮らしに満足できていなかった。そしてどうしようもなく嫌になって(死のうとも考えた)、よりましな生活のあり方を模索しこの暮らしを選択したのだと。
ヴィム・ヴェンダース監督のロングインタビュー 勉強になります。
ミニマリスト的世界観
小津の東京物語は第二次世界大戦後の近代化の中で変化しつつある家族の姿を描いた名作とされます。その主人公平山を、21世紀の変貌を遂げた東京に舞い戻らせたのがPERFECT DAYSだと思うと、実によくできた映画であることがわかります。そして小津のようにカメラが低く固定されたり、一本のレンズですべてが撮られているわけではないけれども、まるで小津の映画であるかのように狭い住居の中をルーティンで動く平山の姿が描かれ続けます。
一冊の本を大切に読み、毎朝好きな音楽を聴きながら職場に向かい、週末には好きなママがいる飲み屋に出かける、そして出会う人すべてを大切にしている。昼食時間に現れる木漏れ日を写真に収めるのが趣味。それが21世紀東京の平山です。そう、もはや家族は存在していないのです。いや正確には存在しているけれどもかつて近代化の中で、形だけは残っていた家族は、形さえ失いたまに姿を表す存在と化しているのです。しかし、平山はこの日常を幸せに生きています。我慢しているわけでもなく苦しんでいるわけでもなく、この生活を選び取っているのではないでしょうか。
ここにはミニマリスト的な価値観が描かれているのではないかと考えました。ここが難しいところですが、ミニマリストというと、日本では断捨離などに代表されるように物の消費のあり方として見られがちですが、価値観、哲学と考えると良いのではないかと思います。作品で流れる音楽などはその哲学の表現ではないかと思われます。ヴェンダース監督は、レナード・コーエンが僧侶になったときのことを思い出しながら構想を練ったと語っています。
ASARIさんのnote 本作で使用されている楽曲について紹介しておられます。とても参考になります。
そして希望は
今回「平山」を役所さんが演じています。僕自身の中にも平山がいます。僕はそこまで丁寧ではありませんし、散財もするし、だらしなくもありますが、確実に平山は僕の中にいます。そして皆さんの中にも。つまり平山の暮らしは現代そのものなのだと思います。何かを願うようにそして祈るように毎朝平山は玄関先で空を見上げます。そして1日が始まる。繰り返し繰り返し訪れる1日が。それらの日常で出会う、友人、家族、恋人、同僚…それらに誠実に対応する日々、そこに喜びと希望を見出すというのがこの映画なのだと思います。
社会構造はそう簡単には変化しない。そして毎日劇的なことが起きるわけではない。このルーティンの延長線上にしか社会の変革はないのだと思います。ルー・リードを聴きながらnote書いてます。
書いてしまった後に見つけた宇野常寛さんのnote ミニマリスト的な視点で書いておられる。さすがです。
#ミニマリスト #PERFECTDAYS #役所広司 #ヴィムヴェンダース #映画感想文 #パーフェクトデイズ
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