見出し画像

京友禅の手描き工房を見学

先日はインドの工房を見学したけれど、今回は日本の工房。京友禅の工房を見学しました。


京友禅の工房(手描き)を見学

縁あって、京友禅に興味を持ち始めて、手軽にインターネットから情報収集をしていました。ですが、やはり京友禅のすごさの後ろには、職人の皆様があってこそ。それは現場に足を運ばねば!と、急遽押しかけで京都にある数少ない工房見学ができる岡山工房さんに工房見学を申し込みました。

まずは、全体工程を学びます。インターネットや書籍で少しだけ情報を頭に入れたつもりではいましたが、それはやはり部分的なものでした。図案によって工程の順序も手法も変わるとのことで、職人兼解説係の方が、素晴らしい京友禅の振袖を手に取って教えて頂きました。

映像や文献資料には載っていない職人さんとしてのお話し。例えば、生地が届いたとき、どのようなにじみがでそうか。下地を活かすには、どのような配置で、どのような手法で模様を入れたらよいか…。このような情報は、やはり実物を手に取って、下地屋さんとの交流によって導かれるものなのだそうです。また、伝統的な材料か、最新の材料を使うかの判断も加わっているとのこと。おそらく、昔よりも今の方が選択肢やできることが増えて、技術も奥深いものになっているのではないかと感じました。

京友禅の特徴「絢爛豪華」は派手派手しいわけではない

これは私の偏見でしたが、よくある京友禅の特徴に「金や銀をあしらった絢爛豪華な…」という表現があります。どんなけ派手やねん!と、ツッコみをいれていたのですが、実物は全く想像と違いました。今回、そのことを表してくれた振袖について、メインとなるモチーフは丁寧に手描きで染められていますが、金はそのモチーフの縁を細く飾る程度。全面に金箔が貼られている箇所は背景として、メインのモチーフを際立たせるように奥深いところで煌きを放っています。この素晴らしいバランスに、思わずため息。そう、金をババーンと貼って「どうだ!」というわけではなく、全体の雰囲気にあわせて、オーラを添えるように金銀をそっと忍ばせている…という絶妙の加減。この加減が表現できるまで、どのくらいの修業が必要なのでしょうね…。

見せて頂いた振袖。金箔が牡丹などの花々の背景に© 2024 Liem

実際に作業をされている工房を訪問

工房に移動し、職人さんが仕事をされている合間を縫って見学。手順通り、図案と下絵の写しの工程から。下絵の写しは、ガラス机の下に蛍光灯を置いて、図案と生地をおいて写し描きをします。今は、水にぬれると消えるインクを使用されているそうですが、昔はつゆ草の花弁の青色を和紙に集め、それをインク代替わりに描いていたそうです。私は幼少期につゆ草の青色に魅せられて、なんとか閉じ込めようとハンカチを染めようとしていましたが、「水で消える」特性があるのですから、それは難しいことだったんですね…。ここで勉強になりました。

次は糊置。工房で見せて頂いたサンプルは、下絵の写しと糊置が2in1という簡易だけれども難しい手法になっていましたが、この糊置も重要。昔は米ぬかと糊を原料にして、下絵の線をなぞっていたそうですが、天然ものは虫も大好き…とのことで、うっかりすると、虫が生地ごと食べてしまうことも昔はあったのだとか。そこで今は、ゴムを原料とした糊に改良して、糊置をしているのだそう。これが、京友禅の特徴であるモチーフの周りに残る細い細い白いラインになる大事な工程。これも、均一の厚みで置いていく必要があり、また、つなぎ目に隙間が空いてもダメとのこと。染の時に色が混じってしまったり、ムラが出てしまうとのことで、とても慎重に、そして、熟練した技が要求される作業でした。

ちなみに、絞りだしている円錐状の道具は、紗と和紙に柿渋を塗ったものとのこと。そこに絞り金口をつけている。この紗x和紙x柿渋の組み合わせは継承されていることで、何故かとってかわられないとのことでした。後で調べてみると、和紙と柿渋の組み合わせは団扇や番傘でよく使用されていて、和紙を丈夫にするために使用されていたようです。なるほど。

下絵の写しの様子© 2024 Liem

花形工程でもある彩色も拝見。染料を混ぜて色を作り出し、それを先が斜めになった刷毛で二色付けして、布が乾かないうちに重ね塗りをすることでグラデーションをつくっていると教わりました。布が乾かないうちに…というのも、布の下に電熱線を置いた火鉢(現在は植木鉢で代用)を置いて作業をされているので、布が熱されてじわじわ乾く間に塗り重ねる…ということ。逆に、乾ききってから重ねると違う風合いになるため、そこも計算して色付けされているとのことでした。本来は、枠に近いところから塗り始めて、内側へと染めていくというのが基本工程となるそうですが、絵柄によって変えているそうです。ちょっとでもにじんで枠からはみ出したり、ムラがでてしまっては、もうダメ。やりなおしになるそうです…。

来場者試し描きコーナーにある電熱器© 2024 Liem
グラデーションにむらあり・はみ出しありの見本© 2024 Liem

工房の宝物は…

この染料調合も驚きの事実が。なんと、これまで手掛けた全ての作品(サンプルも含む)で使用した色味とデータが正絹の布に記録されているのです。解説の方いわく、万が一、工房が火事になったら、一番にもって出るのはこの記録布とのことでした。これが失われると、どのような色合いで作成したかがわからなくなってしまうため、これが宝物とのことでした。

お話をうかがうと、この染料調合や塗りの作業も非常に繊細で、一日経つと変化があるようです。染料はまず水が蒸発して、微妙に色味が変わってきます。そして、描き手である職人も、翌日には体調も気分も変わるため、描いたものの雰囲気が変わることも。修正が効かない京友禅なので、「同じ調子で描きたい」と、思ったら、描きたいモチーフを一日で仕上げることもあるそうです。

歴代製作された商品の色見本が保管されている© 2024 Liem

練習を何度も繰り返す日々

細かい絵柄が印象的な京友禅ですが、大胆なぼかしを施したものもあります。布全体を湿らせて、そこに色を指して、ぼんやりした雰囲気を醸し出します。このときには、火鉢のほかに、生地全体を温めるヒーターも設置されていました。見学した時は、ぼかしの市松模様をチャレンジされているところとのこと。依頼者が外国の方とのことで、とてもモダンで可愛らしい柄でした。ところが、私が拝見したものは「練習用」とのこと。え?こんなに素敵に仕上がっているのに?とお尋ねしたら、マス目の幅が揃っていなかったり、ぼかしにムラがあったりと、とてもお客様にお渡しできるものではないですよーと、解説の方。もう十分素晴らしいと感じましたが…と、何度もつぶやく私。一切の妥協を許さない京友禅の職人さんの矜持が垣間見られたひと時でした。

練習中の市松模様© 2024 Liem

ここで思い切って尋ねてみました。
「私、てっきり、一発本番で描かれるのだと思っていました…」
「まさか!一発本番で描けることはないですよ。勿論、商品は一発本番で完成させたものですが、ご依頼のものが描けるようになるまで、何度も何度も練習をするんです。そこで試行錯誤して、どうやったらよいかを十分に考えて、それができるようになったうえで、ようやく商品になる生地に描いていくんですよ。」
なんと…。
ここまでの技術をお持ちの方なのに、さらにひとつの商品にあわせて技術と訓練を重ねてから挑まれていたなんて…。感嘆のため息しか出ませんでした。

ちょっとの修正もできない?

伏せ糊が施された生地も拝見。伏せ糊は、染色が施された後にすることもあれば、下絵の段階で施されたることもあるとか。というのも、全体の生地の染め色「地色」を「染めた後」で、モチーフの色を入れていくか、「モチーフの色を塗った後」に、決めていくかで、工程が前後するそうです。
実際に伏せ糊をする工程はみられませんでしたが、これもとても気を使う工程です。万が一、伏せ糊のどこかがひび割れていたら、そこから地色の染料が入り込んで、モチーフとなる模様が台無しに…。想像するだけでも恐ろしい事態です。

他にも、下絵の線とピッタリ地色があわずに隙間ができて、生地が露出してしまうこともあるそうです。実際にその見本を拝見しました。ほんの1cmくらいの隙間です。
「…ちょいちょいっと、染色のときに塗って直せませんか?」
「なおせません(キッパリ)」
また、恥ずかしい質問をしてしまいました。私の日頃のいい加減さが出てしまいますね。
「ですが、このような隙間を修正して下さる専門の職人さんがいらっしゃるので、その方にお願いするんです。染色の時に塗ると、微妙なムラがやっぱりでるんですよ」とのこと。
なんと…修正の職人さんもいらっしゃるとは…。
ちょいちょいとこっちでやっておきますーという妥協がなく、こういう場合は、その事情の専門家にお願いするという意識が根付いています。「適当に済ませることは絶対にしない」という意識がそこここで感じられます。

見学をした時刻が17時過ぎだったので、ご不在の職人さんが作成途中のものを拝見させて頂きました。印金という金箔を貼っている途中のものや、ろうけつ染めの作業中のものもありました。少しペタペタする糊に、留守中にゴミがつかないよう、綺麗にカバーをかけて仕舞われていました。ここにも、作品への愛情が感じられました。

工程としては、蒸し水元や刺繍もありますが、今回は以上の工程を拝見させて頂きました。1時間半にわたって丁寧に解説して頂きました。その後、私は夜眠るまで、京友禅のことに思いを巡らせていました。

秋の草花がきらびやかに© 2024 Liem

今回の見学でおもったこと

京友禅は効率化の分業制ではない

これもよくある京友禅の特徴で、「分業制」とあります。ですが、私は大変な誤解をしていました。現在、分業制というと、イコール、効率化だと感じる方がほとんどだと思います。ここが大きな間違いでした。
今回の説明で知ったのは、お客様の希望の着物にあわせて、各工程から、その着物づくりに最適と思われる方をアサイン・任命しているとのこと。つまり、これからつくる着物を最高のものに仕上げるため、その作業が最も得意な職人さんが結集しているということなのです。ひとつの道を究めた職人さんたちが、ひとつの着物のために全力を尽くしてつくられるのが京友禅の着物なのです。
見学でお話があったように、その職人さんが練習を重ねて作られる着物ですから、それはもうとんでもない価値があることは言うまでもありません。
その人にしかできない作業をその人にお任せするという「分業制」で、決して、効率化の分業制ではないことがわかりました。

日本のモノづくりの源流

微細なムラやはみだしもない京友禅。お話しで頻繁に出てくる「商品としてお約束した日までに納めなければならないので…」というフレーズ。そこから立ち上ってくるのは、趣味や自己満足の世界ではなく、「依頼者であるお客様に最高のものをお渡ししたい」という熱い想い。この考えは、どこでもありふれているようにも思えるが、京友禅はまさに別格。孤高の存在のようにも感じられます。
この心意気が、どうも私を取り巻く環境とまったく違っていて、なんだかモヤモヤが晴れないところでもありました。
すこしのはみ出しやムラも「味」として、受け入れられることもあり、その偶然性を用いた芸術も存在する世の中で、この繊細さへの執念は何だろう…と。
私は芸術家の方とお話しする機会も多く、京友禅の職人さんのことを考えると、どうしても心の中に現れるのが指折りの画家さんになる。そこに、重なる点もあるが、全くことなる「何か」がある。
まず画家などの芸術家は、本来自由なもので各々のスタイルが異なるのでひとくくりにはできないが、京友禅は、何だかもっと厳しい何かの上に立っているような気がしました。
それは、「京友禅をおねがいするお客様の存在」です。
勿論、画家さんも、依頼者から肖像画などを頼まれて、試行錯誤されることもあると思いますが、基本的には画家のスタイルを気に入って、オーダーをされる依頼者の方がほとんどだと思います。
京友禅も同様にお客様がオーダーをされますが、すでに京友禅自体が精巧で、厳しい美的基準があり、その高い基準を超えての創作活動になるということ。そして、そこまでの技術をもった職人が複数名集い、作り上げるという連帯責任も加わります。それはそれは、本当に薄氷を踏むような心地で、全ての職人さんが向き合っておられるのでしょう。

そして、ここまでのこだわりを追求する精神が、日本のモノづくりの源流になっていたのではないかなと感じられます。

人の手でここまでのことができる

人の手でここまでのことができる…このことを、京友禅に携わる職人さんが常に意識されていることではないかと思います。「ここまで」という限界を常に更新していくために、妥協はしない。限界を超えるために、依頼者のお題に対して、少しでも良いものを追求する。そして、今の自分ができる最高のパフォーマンスを自分自身の感覚と指を使って、一枚の布に落とし込んでいく。この修練を重ねられる人だけが、職人になることができるのだろうなと感じました。

これからの京友禅

近年、京友禅工房も段々と少なくなり、京友禅をやりたいと志す若い方を受け入れる場所もほとんどないそうです。今回お世話になった工房も、関西圏のみならず、京友禅の染色職人を志す方が日本各地からいらっしゃっているそうです。学校もないですから、工房がさながら「研究室」となっており、他の職人の作業風景を見ながら、技術を研鑽し合うこともよくあることだそうです。特に、コロナ禍で需要が落ち込んだ時も、逆に自己研鑽ができる時期だと捉えて、日々、修練に打ち込んだとのことでした。
こうして、職人さんは日々、次にやってくる製作機会に向けて、日々腕を磨いていらっしゃるのです。

よもやこの歳で京友禅職人になることはできない私。では、どうやってこの京友禅を応援していけばよいのか。

京友禅を身に着けて街を歩こう

見学の時に、解説係の方がおっしゃったこと。
「京友禅の着物はね。着て、歩いて、動いてみて、その美しさが発揮されるものなんですよ。ほら、生地や金箔や刺繍が、綺麗にキラキラ光るでしょう?やっぱりね、仕舞っていたり、飾るだけではね。着て、ひらひらと動かさないとね」と。
そう。今日何枚も写真を撮っていて気づきました。京友禅の布は、動かしてみて、初めてその美しさがわかる布なんです。見学を通して、その価値にますます震えが止まらなくなりましたが、かといって、大事にしまっていては宝の持ち腐れですね。「汚れたらどうしよう」という心配もありますが、そのときはそのときで、やってしまったと職人さんに告白し、無理難題として持ち込んだらよいか…と、考える方がよいかもしれません。

銀糸が使われた帯生地を活かすため染色はろうけつ染めで© 2024 Liem

職人さんを信じて「お題をひとつ」

着物のデザインをお客様とお話しするときに、一昔前はコピーの切り貼りでイメージのすり合わせをしていたそうですが、現在は、CGなどを用いて、かなり具体的に完成図のイメージを予めみせることができるようになったとのこと。そのお話をされていた時、解説係の方が、
「その時にね、思うんですよ。絶対、CGよりも良いものにしてみせる!って。」と、きらきら…いえ、ぎらぎらした目でお話しして下さったのが印象的でした。
また、時折、とても難しい図案が届くことがあるそうです。その時も、
「わー。こんなの無理やわー。でけへんわー…っていいながら、色々考えるんです。できるようにするにはどうしたら良いかなぁって。」と、同じくきらきらした目でお話しされていました。
職人さんは、ハードルが高くなるほど燃える気質なのかもしれません。ひょっとしたら、色々なことがわかりすぎていて、素人では気づかないようなことにまで気を配って、その難題を潜り抜けられているのかもしれません。そのことについて、楽しそうにお話しされる職人兼解説の方は、本当に職人魂を持った方なのだなと感じました。
そんな職人さんたちを信じて、お題をだす(オーダー)ことは私たちにももちろんできるとのこと。呉服屋さんにお願いして、京友禅の着物をオーダーするそうですが、そのことで何十人もの職人さんのが「よっしゃ!やったろうか!」という、気持ちになって頂けるのであれば、それはとても良いことなのではないかな…と感じる次第です。

展示作品© 2024 Liem



いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集