「子どもたちの幸せの土台を作る」目指すのは英語を使った森の幼稚園のような居場所|松本阿里香(Brainglish Babyインターナショナル保育園)
大阪市の谷町九丁目駅よりすぐのビル3階。生き生きとした表情でウォータービーズにまみれながら遊ぶ子どもたち。カナダ、アイルランド、ドイツなど9か国にルーツを持つ大人が子どもたちの活動を見守り、支援している。子どもたちは取材で訪ねた筆者には日本語で、先生たちには英語で、面白いと感じたことや発見したことを話してくれる。「子どもたちの幸せの土台を作り、自分の個性や強みを使って、世界を変えていける力を育んでいきたい」と語るのは、Brainglish Babyインターナショナル保育園代表の松本阿里香さん。その言葉に込められた思いや活動、工夫などを伺ってきた。
思う存分、心ゆくまで!子どもたちがやりたいことをやりぬける場でありたい
「自分の個性や強みを使って、世界を変えていける力を育んでいきたい」と語る松本さん。そこにはどんな思いがあるのだろうか。
「世界を変えていける子、と聞くと何か大きなことを成し遂げる子になってほしいという風に聞こえてしまうかもしれませんが、みんながビルゲイツやスティーブ・ジョブズのようになってほしいということではありません。
どのような仕事も大小はなく、みんなこの社会で大切な存在ですが、その社会に出ていく時に、自分の個性や強みが活かせることを通してのほうが、パワーもパッションも違ったものになると思うのです。
これからの『正解のない世界』は、今までの日本の常識、普通や平均を目指す教育では活躍できるものもできないと考えていて。みんなが同じことを同じようにできなくてもいい。それよりも、自分が大好きなことを大切に伸ばしていき、強みや個性を仕事に活かせることができれば、自分も幸せに、さらには周りの人も幸せにしていけるようになると思っています。その「幸せの土台」を作る一番大切な時期が、ここで過ごす、乳幼児期の0歳〜6歳なのです。
そんな私も、まだまだこれからではありますが、常に世界をより良い場所にしていくためには何ができるか。支えてくれている家族、ファミリーのような同僚、そしてこの園に来てくれている子どもたちに何ができるかということを考えています。小さな一歩が波紋のように世界を変えていくと思っているので、私も含め、一人一人が自分にしか出せないその一歩を踏み出せる人になれたら、と願っています。」
子どもたちが将来、自分の力を思う存分発揮できる状態を目指して、そのために必要となる子どもたちの中に眠る『原石』を大切に育てていくことを大切にしていることがよく分かる。そのために具体的にはどのようなことに取り組んでいるのだろうか?
「『個性や強みを伸ばす教育』を軸にしています。思う存分最後までやり抜く力、感性、知的好奇心、自己肯定感、チャレンジ精神などが育まれること。それらを育むために日々の活動をしています。」
▼実際に行なっている活動の一部を教えてもらった。
●インターナショナルウィーク
1〜2ヶ月に1回ほどの頻度で開催されるインターナショナル週間。
ある時は1ヶ月のテーマが丸々「世界のお祭り」で、毎日違う国のお祭りを体験できる活動が行われたそう。驚いたのは、まみれ活動(Messy Play)と絡めたスペインのトマト祭りやイタリアのオレンジ祭り。園内に入念な養生をした上で、感触遊びとして開催された。
また、インターナショナルウィークのテーマが「ブラジル」だった月は、ポンデゲージョを、じゃがいもの皮を剥いてセイロで蒸すところから作る体験をしたり、リオのカーニバルの山車や衣装を子どもたちがイマジネーションを膨らませて創り、パレードを行なった。
●毎日のテーマ活動
月ごとに変わるテーマに沿って、日々の活動が展開されている。取材に伺った月のテーマは「Human」。冒頭のウォータービーズを使ったまみれ活動はその一環。体内の赤血球、白血球、血小板の働きを紹介した後、それぞれまみれ活動に熱中していた。この日は、まみれ活動×Scienceな一日だったが、他の日は「世界の子どもたち」や「人権」など「Human」に関わる様々な活動が違った活動を通して展開されているようだ。
●夢先生デー
不定期で、さまざまな分野のプロフェッシャルの方を招いて開催。過去には世界的に活躍するバイオリニスト、アロマの専門家、議員さんを招いたことも。子どもたちが「何でもできる!」というマインドセットを持てるようにという想いから始まり、好きなことを仕事にして、輝いている大人との出会いの場になっているという。
●自然体験
月に1回、園から車で約50分のところにある自然栽培の農園へ遠足に行っている。そこでは芋掘りや種植えなどの農作業体験や、川遊びや虫とりなど、自然の中でのびのびと遊んでいる。
「自然に勝る教育はありません。自然の中で色々な国の大人や子どもが一緒に、そしてそれぞれ思う存分のびのびと遊ぶ。これ以上の環境はないと思っているので、農園遠足のように、自然の中で過ごす活動をこれからも続け、増やしていきたいと思っています。」
農園遠足以外でも、できるだけ自然の中で過ごす時間を長くできるようにしているという。お外遊びには雨の日でも毎日でかけていて、毎日1〜2時間、長い日だと5時間ほど外にいたこともあるそう。雨の日は、「雨だからお外に行けないね」ではなく、「雨の日にしかできない楽しいことはなんだろう?」と問いかけ、水溜りに飛び込んだり、泥だらけになって遊んでいるので、雨の日が待ち遠しい園児もいるそうだ。
(※夏の暑さが危険な時期や、台風などの時はお外遊びは中止)
●自然食給食
毎日の自然食給食を通じて、子どもたちは食や地球の環境問題、そして持続可能性についても日々触れている。これは松本さんの「食育や環境教育」へのこだわりによるところも大きい。10代の頃から、アマゾンのジャングル奥地や難民キャンプなど、秘境と呼ばれる場所へ足を運んだり、現地の人との暮らしを通じて学んでいた松本さん。日本でも、農場や農園に住み込み、農業や酪農体験をしていた。
そこで感じた疑問、食を通じた持続可能性に対する思いが、ここの子どもたちの給食などの「食体験」に込められている。
毎日の給食は野菜などの食材はもちろん、調味料から全てオーガニック。
「地域のオーガニックのお野菜や食材などを販売している『エコスペースゆう』さんの田中邦子さんと、田中さんとつながりのある方々が、Brainglish Babyの想いに賛同してくださり、毎日愛情いっぱいの給食を作り届けているそう。話す言葉や給食から、愛情の深さが感じられる田中さん。『子どもたちが良いものを食べてくれているということが、本当に嬉しくて幸せなの』と語っていた。
ちなみに取材時筆者は初めてのヴィーガン食をいただいたのだが、お世辞を抜きにして、とてもおいしかった。
インターナショナルスクールとして育みたいのは、『英語を喋る力』ではなく、『楽しい!もっと学びたい!』と感じられる『楽しい記憶』
これまでもこの「楽しい大人」の取材では、いくつかのインターナショナルスクールを取材してきた。そんな中でも当園で驚いたのは『英語を使って生活』するものの、『英語を学ぶことを目的とした時間』がないこと。その点について伺うと、
「インターナショナルスクールだけれど、英語を覚えることよりも、自発的に学び続ける力を育ててほしいと思っています。英語が話せるだけで良いなら、これから翻訳機だってどんどん進化していきます。大切なのは、『何を話したいのか』や『自分の何を表現したいのか』ということ。楽しいと思ったものは、『もっと知りたい!』と思うし、その好奇心や可能性を潰さない英語教育を続けていきたいと考えているので、私たちはそれぞれの個性を見守り、のびのびと育てられる環境を整え、サポートをすることが仕事だと思っています。
もちろん、先生が全力で楽しんでいる姿を見せることも大切だと思っているので、先生たちは日々ロールモデルとしての自覚を持ちながら過ごしています」。
筆者が個人的に注目したのは、子どもたちが自然と取材で訪ねた筆者には日本語、先生たちには英語で話している姿だ。話を聞くと、農園遠足で定期的に訪ねている農場のご夫婦に対しても、子どもたちはじいじ、ばあばと呼び、誰が教えたわけでもなく日本語で話しているという。
国際人であることは、語学力だけではなく、自分を知っている(アイデンティティを確立している)上で、他者の文化をありのまま受け入れられることが大切と松本さんは話す。その多様性に対する感受性のようなものが、日々の活動によって育まれ、自然と相手に合わせたコミュニケーションをとるという子どもたちの行動に表れているのかもしれない。
正直でいられる職場づくりが、スタッフに与えた影響『自分のことも仕事のことももう一度好きになれた』
こうした教育に対する考え方や、取り組みの数々は松本さんをはじめ、一緒に当園を立ち上げた3人のメンバーの経験や感じてきた課題を解消したいという思いから生まれたことは冒頭でも触れた通りだ。
そしてその思いから生まれた当園や当園での取り組みは、子どもたちや働いている大人にどんな影響を与えているのだろうか。
創業メンバーのひとり、小松芳江さんは子どもたちの笑顔が増えたと言う。
「この園をオープンする際に、私が最も大切に考えていたのが“愛”です。
子どもたちに最大限の愛をもって接し、親からはもちろん、その他の誰からも愛されているんだよという思いで満たされてほしいから。その上で、子どもたちの心からの笑顔を引き出せる環境づくりを日々心がけています。
そのためにはまず私たち大人が笑顔で楽しく過ごし、良いロールモデルになることも常に意識しています。無理強いして何かをさせるのではなく『自由と責任』の中、彼らの意思を尊重し見守るスタイル。そんな中で子ども達の想像力はどんどん膨れ上がり自分達で考え楽しむ力もアップしたように思います。
毎日子どもの事を真剣に考え、意見を出し合い、日々アイデアを出し合う私たち。他の園に比べると少し“変わった”園かもしれませんがここで働く先生たちはみんな本当に愛に溢れる人たちばかりで毎日ハードワークだと思いますがみんな笑顔でとても楽しそうに子ども達と過ごしてくれています!
そして毎日が子ども達の笑い声が響く、愛と笑顔に溢れる園になりました!」
また、同じく創業メンバーの辻岡かおりさんは日々子どもたちとクリエイティビティの競争をしているようだと話す。
「Brainglish Babyの子どもたちは想像力豊かで大人が作った枠にとらわれず、その枠をどんどん超えてくる子が多いと感じています。毎日のテーマ活動などで、様々な文化、素材、表現方法などに触れている子どもたちですが、その参加も強制ではありません。また『この順番でお手本通りにこの工作を作りなさい』といった縛りもありません。様々なことに触れる機会は作りますが、自分で考えて自由にアウトプットする時間が多いことで、インプットされた情報を組み合わせたりしながら、子どもたちはどんどんクリエイティブになっていると感じます。
新しい遊び方を作りだすことであったり、大人が出来ないんじゃないかと思うことを出来るようにすることだったり、実験の考察であったり、お友だちとのやりとりであったり…私たちが想定したことを色々な面で超えてきて、"Think out of the box"(枠にとらわれずに考える)を意識しなくても行っているイメージです。
流暢にAmericaと発音出来るよりも、沢山の国名や単語を書けるよりも、例え何か英語の文法を間違えたとしても指示を待つだけではなく自分の考えの芯を持ち、 ユニークな発想ができる能力とそれを形にできる能力を発揮し行動していけるほうが、将来どこに行っても子どもたちがその子らしく活き活きと幸せに過ごせるのではないか、と思っています。そういった子どもたちのクリエイティビティをつぶさないように、先生たちも常に頭を柔らかく、たとえ一度決めたことでも子どもたちの状況に応じて何度でも話し合いをしながら、”最善”にできるように努力しています。また、様々な子どもたちに対応できるように、過去に学んだことにとらわれず、海外での研修、講座受講、本の共有など、先生たちも常にアップデートし続けています。」
開園当初からのメンバー北尾歩さんにも話を聞いたところ、『自分のことも、この仕事のことももう一度好きになれた』という。
「子どもが好きで保育士として働き出したものの、以前の職場では『子どものため』という言葉のもとに、大人が押さえつけてしまう場面が多くありました。また、どうしても自己犠牲が求められる職業で。『子どものためと思う自分』と、『自分のことも大切にしたい自分』の間で苦しさを感じ、そんなことを考えてしまうことにも自己嫌悪があり、先が真っ暗になった感覚がありました。一度仕事を離れ、ワーキングホリデーで海外で過ごし、帰国の折にこの園に出会いました。この園で大切にしていることのひとつに『正直でいること』があります。本当によくコミュニケーションをとる職場で、プログラムについてや子どもたちについて、賛成反対やできるできないと言ったことも、みんなフラットに話をします。子どもたちも、自分のことも、一緒に働く仲間も大切にできる職場だからこそ、自分のことも、仕事のことも、もう一度好きになれました。自分の変化として『ありがとうが増えて、ごめんねが減った』と感じています」
一緒に働く一人ひとりに話を聞く中で、当園が共通の想いを持つ人たち、園の理念やあり方に共感している人々の集まりであることがよくわかった。だからこそ、職員もみなのびのびと働けているのではないだろうか。活動のアイデア出しや、全園児の洋服の洗濯など、大人の負担は他の園と比べても決して軽くない。にもかかわらず、そうした不満が聞かれないこと、それぞれのあり方を尊重し心地よさを感じている様子が同じ空間で過ごすことで伝わってくる。
ひとつの園として、どのような理想や信念を持っているのか、それらを明確にし、共有していくことの大切さを改めて感じる取材となった。
<Visited DATA>
訪問先:Brainglish Baby インターナショナル保育園
所在地:大阪市天王寺区生玉前町1-22 セヴィア谷町305
Webサイト:https://www.brainglish-intlschool.com/