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子どもも大人も『自分でつくる楽しさ』の醍醐味を感じられる環境づくり|吉澤 隆幸(池尻かもめ保育園園長)

四季折々さまざまな果実がなる園庭、その園庭につながる日差しの暖かなテラス、自分たちの手で大工仕事も行い年々進化しているという保育室、そのすべての場所で子どもたちの明るい声が聞こえるのは、世田谷区池尻大橋にある池尻かもめ保育園。年度替わりの4月上旬ということもあり、騒然とした園内を想定していたものの、想像をはるかに超えた穏やかな時間が流れていたことにとても驚いた。今回お話を伺ったのは、当園の園長であり、保育士資格を持ったアーティストの公演や講演、研修などを企画運営を行うキッズスマイルカンパニーの代表でもある吉澤隆幸さん。ご自身もアーティストとしてイキイキと活動する姿がまさに「楽しい大人」であるとともに、園長、法人代表として関わる職員やアーティストが「楽しい大人」でいられるように応援している。その活動や想いについて伺ってきた。

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ワクワクしながら仕事をする秘訣は『自分でつくる楽しさ』

園内を歩きながら「これ、自分たちで作ったんですよ」と教えてもらったのは、ランチルームから続くテラスの一角に設置されたランチテラス。「職員とコロナ感染防止の話から、密にならず食べられるスペースの確保と、通気の良い屋外で食べられる環境の2つをねらって手作りした」のだという。そのほかにも、飛沫感染防止アクリル板や、漆喰で壁が塗られている小屋『かもめハウス』、通路のデッドスペースだった場所をフリースペースとして活用するために建てられた腰壁など、園内の至る所で手作りが見られる。

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「材木などを買って自分たちでつくったほうが安く済む、というのはもちろんですが、一番は愛着が違います。愛着があるから、大切にできる。あとは『こういう風にしたい』という想いやアイデアを思いのままに形にできること。既製品の『ここがもっとこうだったらいいのに』や大工さんなどにお願いした際に『やっぱりこうしたい』という変更も自分たちで話し合いながら行なうことで実現が可能になるのがよさですね」。

自分たちでつくっていることの意味は、コミュニケーションを豊かにしているという効果もありそうだ。作り上げるプロセスで『こうしたい』『こうだったらいいよね』といった想いやアイデアを密に共有、交換しているのも、園内で大切にしたい想いの共有につながり、穏やかな雰囲気が生まれているように感じた。当園では、どうやらこの『自分でつくる楽しさ』がキーワードになりそうだ。それは吉澤さん自身がそれを体験的に知っていて、職員や子どもたちもその楽しさを味わってほしいを願っているからのようだ。

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「私自身音楽をつくることをやってきました。音楽活動開始当時、子どものための歌というと、『子どもにだけ』向けて作られたものが多く、『子どもも大人も一緒に楽しめる』子どものための歌を作りたいと思っていました。自分でつくることで途中での変更なども加えることができ、思い通りに作ることができて、さらにそれを楽しんでいる人を見て自分も満たされます。同じように保育でも『自分でつくる楽しさ』があると感じています」

その言葉の通り、当園では建物に関わるものや音楽だけではなく、子どもたちが遊ぶおもちゃや室内環境、植物や食べ物など、さまざまなところで『自分でつくる』が見られる。
この『自分でつくる』とは、手作りという意味だけではなく、誰かに言われてではなく、自分がやりたいと思ってやらないと何かを形にしたり、ほかの人と共有したりするという行動そのものと言い換えることができそうだ。

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取れた果実で夏のかき氷シロップをつくることもあるそう。

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園内で最近実際にあった出来事のひとつが、子どもからの発信を受けた給食のメニュー作り。少し前までシンガポールで暮らし、帰国した子どもからシンガポールのチキンライスがおいしかったことがクラスで話題となり、その後栄養士のみなみさんに『みなみさん これつくってね』と書かれた1枚の手紙が届いた。

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みなみさんエ こレつくってね(原文)

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チキンライスはね チキンのライス、チキンのかわ がおイしい(原文)

火が付いたみなみさんはシンガポールチキンライスのレシピを調べ、園の給食で出すためのメニューを開発&職員での試食会を開催した。通常調味のものと、そこにレモン汁を1滴たらしたもの、別のアレンジなど様々な工夫を凝らした。当初の予定では園長、副園長、事務だけだった試食会に、あまりのおいしさとその楽しさに職員が入れ替わり味見に来る大試食会に。業務としてだけ捉えれば非効率的かもしれないが、『自分でつくる楽しさ』という観点で捉えると、職員としての働きがいややりがいを沸き立たせたり、子どもの発信を受け止め、より良い形で保育として返そうとしたりする風土をつくる点で、この楽しさの共有は何物にも代えがたい価値があるように思えた。

ほかにも、自然物を使ったおもちゃや環境づくりなど、園内は職員ひとりひとりの個性であふれている。

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山林で廃棄予定だった枝をもらってきて飾り、また、ままごとの素材用のおもちゃは本物の丸太を薄切りにしたり、角切りにしたりしたものが用意されている部屋もあった。余談だが、その部屋の担当保育士は世界一周を経験したそうでそれもまた驚きだった。

一人ひとりのペースを認め、見極めながら、心のシャッターを自分で開けられる手伝いをする

こうした個人の働きがいややりがいを促す『自分でつくる楽しさ』を、吉澤さんはどのようにして生み出しているのだろうか。

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「大前提として、いい職員に恵まれていることに感謝しています。気を付けていることは、心のシャッターというか、本音が出せるようにということです。子どももそうですが、『やってみたい』と思えるタイミングや間合いというものがあると思っていて、こちらで無理やりシャッターをこじ開けることはしません。最初からシャッターが開いている人もいれば、そうでない人もいて、相手の状態やペースを見ながら、最初にシャッターを開ける手伝いをするように心がけています。採用面談の時にちょっとずらした質問をしたときの反応で本音が出せる人か確認したり、普段の様子、特に退勤時の表情を見て気持ちや状態を気にしたりしています」。

また、副園長の高尾さん曰く、吉澤さんはつい頭が固くなったり、心が閉じたりしそうなときに、さまざまな型にハマらないコミュニケーションで頭も心も柔らかくするのだという。

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「この園に来て一番最初に教わったのは『白鳥の着水』でした(笑)。動画を見せられて『やってみよう!』と。何か伝えたいメッセージがあるんじゃ…?とかいろいろ考えて自分なりの答えを持ちましたが、何よりも一緒に体を動かすことで、これから一緒に働く園長への緊張がほぐれ、心の距離が近くなったのを覚えています。最近も悩んでいると、一人で持てるはずの保育材料を一緒に取りに行こうと職員室から連れ出してくれたり、入職したばかりで緊張気味の外国人の先生の帰りがけに『腕相撲しよう』と突然勝負を挑んだりと、言葉だけではなく非言語コミュニケーションも交えながら、その人その人に合わせた関わりをもってくれています。このことが『保育としてこうしなきゃいけない』とか、そんな思い込みや固定概念、こわばった心をほぐしてくれているように感じます」。

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こうした相手と言葉だけではなく心を通わせることが、何かを『やりたい』と思ったときにやってみようとやる気になる原因になっているように感じられた。職員が思い思いに個性を発揮していることに関して吉澤さんに聞くと「何もしないことが罪」と話していた。しかしその言葉からは『個性を発揮しろ』と無理強いされているというよりもむしろ『やりたいことがあったら、自分のタイミングでやっていいよ』と待ち、受け止めてくれるような安心感を感じた。その結果が、当園で働いている大人が、人任せではなく自ら作り手であろう、環境の消費者ではなく、生産者であろうとする、心構えや風土を築いているのではないだろうか。


子どもが主体になれる保育づくりと非言語を大切にしながら、集団の力を発揮できるチームと楽しい大人を

取材中驚いたのが、子どもたちの食事や活動での様子が4月上旬にもかかわらず、子どもたちが本当に穏やかに過ごしていたことだった。大人の大きな声や指示も聞こえず、子どもたちは生き生きした表情で自発的に食事や活動を楽しんでいた。2歳クラスの食事の場面では、給食が事前に配膳されたランチルームに来て、自らエプロンを付け、準備が整った子どもから自分のタイミングでいただきますをしていた。「○○しちゃダメ」「待って」などの声もなく、抑圧しないことで子どもたちは安心して過ごし、場が乱れずに大人も余裕を持てているようだった。

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子どもたちのこの姿も、抑圧・管理ではなく、信じて待ち・受け入れるという吉澤さんのコミュニケーションと通じるものを感じた。保育園の願いとして掲げられている言葉の中に乳幼児期の子どもたちは『自分を主体者として育てていく意欲と力を蓄える時期』とある。『自分でつくる楽しさ』を感じ、実践する保育者の背中を見て、子どもたちからは『誰がつくったの?』『どうやってつくったの?』『自分もやってみたい』という主体的な声が聞こえてきそうだ。そして『自分でつくる楽しさ』を感じ、実行していく大人に成長していく、そんな好循環が生まれていく予感がした。

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最後に吉澤さんに目指しているチーム像を伺った。

「言葉がなくても心が通じ合っているチームを理想としています。先日行った卒園式も、感染予防の観点で園庭での実施を予定していましたが、当日突然天候が悪くなり、急遽室内に変更になりました。想定外のこともある中で離れた場所同士の職員に言葉を飛ばさずに、アイコンタクトで言いたいことが伝わった瞬間が何度もあり、日常的にもそうやって通じ合うチームになっていたいですね。そして、個人の力を大切にしながら、それを集団の力で増幅していきたい。キッズスマイルカンパニーを立ち上げたときも、個人の経験を共有知として集団で共有して、個々のパフォーマンスがさらに高まることを目指していました。会社も保育園もどちらも、そんな集団の力でよい空間をつくり出せるチームを目指しています」。

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子どもも大人も一人ひとりを大切にしながら、一緒に喜び合える関係を作っていくこと。そして、『させられる』ことを減らし、自ら『する』ことを喜び、認める、そんな姿勢が、「楽しい大人」を増やしていくためのヒントにつながる、そう強く感じた取材になった。


<Visited DATA>
訪問先:池尻かもめ保育園
所在地:東京都世田谷区池尻2-5-8
Webサイト:https://www.suginokohoikukai.com/ikejirikamomehoikuen