さよならは別れの言葉じゃなくて/青春物語6
「小林さん、[夢の途中]はいったよ」
いつのまにか歌のリクエストをしていた小林さんにマスターが声を掛けた。
さよならは別れの 言葉じゃなくて
再び逢うまでの 遠い約束
このまま何時間でも 抱いていたいけど
ただこのまま冷たい頬を あたためたいけど
(作詞・来生えつこ 作曲・来生たかお)
「小林さぁ本当にいま彼女いないらしいよ。こっち来る前に別れたんだって」
小林さんの歌を聴きながら永尾さんがおもむろに言った。
「そうなの?やっぱり遠距離になると別れるものかな?」
「俺の友達にも地元離れることになったら別れたヤツいるし」
「でも永尾さんは別れて来なかったじゃない?」
「だってお互い好きなんだから別れることないでしょ。別れる時が来たらそれはそれでしょうがない」
「しょうがないって案外 短絡的だね」
「いやただ単に引き止めておく自信がないだけ。人の心って移ろうでしょ」
「でも私が彼女だったら好きな人に引き止めてほしいな」
「それは俺もそうだよ。でも相手の気持ちってものもあるしね」
「彼女とうまくいってないの?」
「そんなことないよ。俺たちには歴史があるし。それより桜田さんはどうなの?」
「え、私?う〜ん、どうだろうね?」
「おい永尾。お前もなんか歌えよ」
カウンターの端っこから稲村さんが言った。
「じゃあ[旅立ち]をお願いします」
彼はそう言うと水割りを一口飲んで立ち上がった。
私の瞳が ぬれているのは
涙なんかじゃないわ 泣いたりしない
この日がいつか 来ることなんか
二人が出会った時に 知っていたはず
(松山千春・作詞作曲)
私はほんの数分の歌に彼の気持ちが凝縮されているように思えた。
一気に歌い終えて戻った彼の顔は紅潮していた。
いいなと思ったら応援しよう!
気に入ったものがあれば、サポートしていただけますと大変ありがたく思います。
この先の執筆活動の励みになります。
どうぞよろしくお願い致します。