おすすめ本ランキング⑦
【2024年3Qおすすめランキング】
四半期毎に10冊のおすすめ本を紹介するシリーズ。今回で7回目です。
ここではすでに投稿済みのものばかりですが、2024年7月から9月までに読んだ31冊から選んでいます。
1. 「「いき」の構造 他二篇 (岩波文庫 青 146-1)」九鬼 周造
いき、風流、情緒の諸概念を二元的対比とその組合せ、近接性を中心に構造化し、平面、立体に図示して整理を試みた古典集。
いきの意義については、日本人独自の美意識を表すものとして、民族的色彩を強調しつつ、その語を用いる際の意識現象として、内包的徴表である媚態、意気地と諦めにまず着目し、その上で類似概念である上品、派手、渋みとの区別を外延的に分析。
武士道、仏教とも不離の概念であるとする。
新万葉集を材料に驚、欲、嬉、悲、憎、愛等の各種の情緒を系図化した分析も興味深い。
西洋的手法による日本語概念の分析に画期性を感じる。
2. 「時間と自己 (中公新書 674)」木村 敏
精神病理学の専門家が、時間と自己自身との関係について様々な精神病患者の時間観念を手掛かりに分析した書。
自己であることなど「こと」の感覚が欠落した離人症患者は、時間経過の実感がなくなるという。
未来先取型で自己存在を過去に遡って否定する統合失調症患者は「前夜祭」的、秩序愛を持ちつつ重大な秩序変化に直面して取り返しの付かない内面状況にある鬱病者は「あとのまつり」的、祝祭的な現在の優位が本質的な特徴である躁病者は「祭のさなか」的な時間感覚を持つとする。
古今東西、万人に共通した時間観念は存在しないとの結論は説得力がある。
3. 「社会学的想像力 (ちくま学芸文庫 ミ 22-1)」C・ライト・ミルズ
「パワーエリート」で有名な著者による米国等の英語圏で社会学初学者向け指定文献とされる書。
原著初版は65年前だが、今も社会科学系の諸学を学ぶ姿勢を説く基本書として十分通用する。
パーソンズらの「グランド・セオリー」や、ラザースフェルドらの「抽象化された経験主義」を酷評し、個人史と歴史との結びつきの発見を助けるため、官僚制的組織の歯車としての科学者ではなく、独立した研究を行う職人たれとする。
特定の生活圏・時代を超えて、歴史を作る覚悟で、自由と理性という理想に従って世界を再編成せよとの示唆は実務家にとっても重い。
4. 「増補 日本美術を見る眼 東と西の出会い (岩波現代文庫 文芸 158)」高階 秀爾
美術史学者による、主に西欧美術と比較した場合の日本美術の特徴に関する論考集。
全体の空間構成ではなく「縮小された世界」に美的喜びを見出す点、西欧の「ものの思想」と異なる伊勢神宮の式年遷宮に象徴される「かたの思想」、人物像表現に見られる「平面化」の傾向、モネも論じた「影によって存在を、部分によって全体を暗示する」美学、旅そのものの体験の絵巻的表現、四季の変遷を一枚に表現する手法など、日本美術とその背景にある美意識がその独自性ゆえに世界に寄与できる可能性を論じる。
今後の日欧美術の鑑賞に奥行きを与えてくれる良書。
5. 「人類学とは何か」ティム・インゴルド
世界の知をリードする人類学者が、負の側面を含めた従来の人類学の流れを辿った上で、今後の人類学は、人々と共に学び、現生人類全体を対象とし、生の過程に沿って進みながら作動する学問とすべきとした書。
人間を遺伝子と環境の間で起こる相互作用の産物ではなく、直面する条件や瞬間に反応しながら作られる自らの生の産物だとする。
人類学は、経済学、政治学、神学が別々に見る市場、政府、教会の人間経験への影響を、相互関係を含め一体的に示すものだと言う。
現代思想やアートに影響を与えた人らしく、詩的かつ論理的な書きぶりにも価値がある。
6. 「未婚と少子化 この国で子どもを産みにくい理由 (PHP新書)」筒井 淳也
家族・計量社会学者が、少子化に係る世論やメディアの誤解をデータを用いて検証し、冷静な議論を訴えた好著。
出生数低下の趨勢が続くことを前提にした対策が必要、出生率は晩婚・未婚化の影響が大きいため若年者向け生活保障が重要、自治体毎では良質な雇用と低廉な住宅コストが重要、出生率対策としての婚外出生・移民は無意味等がその検証の一部である。
安全保障上の特段の理由から少子化対策を進めてきたフランス・イスラエル以外に成功例はなく、バランスの取れた見方と総合的・持続的な取組が必要との結論は、一刀両断でないだけに納得できる。
7. 「最難関のリーダーシップ――変革をやり遂げる意志とスキル」ロナルド・A・ハイフェッツ,マーティ・リンスキー,アレクサンダー・グラショウ
ハーバード行政大学院の医師出身研究者らが、従来の経験や知識で解決可能な技術的問題ではない新たな解決策が必要な適応課題に対応したアダプティブ・リーダーシップの実践方法を解説した本。
適応課題の特定や組織の適応力の診断を行った上で、自らをシステムの一部と捉えて戦略的に動かし、習慣的な対応に陥らず、反対意見を否定せず、包み込む環境を作って、一定のリスクを許容できる実験的な解決行動を取れるようにしていくことを求めている。
複数の居場所やポートフォリオを作れとの助言は、適応に必要なリスク許容度を高めるために有効だろう。
8. 「テストステロン: ヒトを分け、支配する物質」Carole K. Hooven
東大で教鞭を執る友人が翻訳書を出版したので購入。以前読んだ「ホルモン全史」同様、工夫された翻訳で素人でも読みやすい。
ホルモンと行動学の専門家が、テストステロンの心、身体、行動への影響を科学的根拠を基に詳述し、性差が生物学的に形成されることを示した書。
性差は文化、社会のみによって構成されるとする社会化仮説への反論も随所にある。
男女の生殖器は両能性の生殖腺から分化したものでテストステロンなしに男性生殖器は発達せず、多くの種でオスは性淘汰のために攻撃性で勝ることが進化上の利益になっているとのことだが、そうしたホルモンの影響を冷静に受け止めた上でどう公平で安全な社会を作るかは別問題であり、現代を生きる上で必要な学びが得られる。
9. 「歴史は実験できるのか――自然実験が解き明かす人類史」ジャレド・ダイアモンド,Jared Diamond,ジェイムズ・A・ロビンソン,James A. Robinson
進化生物学者、政治経済学者らが、8つのケースを用いて、歴史分析に自然実験による比較考察を導入した著作。
アメリカ・メキシコ・ブラジルの間の銀行制度の発達の差を政治制度や所得分配の差に求めたり、アフリカの地域間の所得差の遠因を奴隷貿易の影響に求めたり、インドの地域毎のインフラ整備の差を植民地時代の地税徴収制度の違いに求めるなど、偶発的な要因差がその後の社会経済的発展の差に繋がったとの見方を定量的に示した意欲作。
欠落変数等の課題はあるが、統計に代わる要素も用いて、科学的な経年・地域間比較に挑んだ点に新規性あり。
10. 「パリ万国博覧会 サン=シモンの鉄の夢 (講談社学術文庫)」鹿島 茂
1855・1867年のパリ万博の理念の形成過程に係る労作。
「人間による人間の搾取から、機械による自然の活用へ」というサン=シモンの産業主義的思想を継いだシュヴァリエとル・プレーがナポレオン3世の庇護の下、頭の中のユートピアを現実化したものと結論。
先行したロンドン博は「大規模」万国博だったが、パリ博は百科全書的理念を反映した「万国+万有」博。
肉体的必要(食衣住)から知的必要(文化芸術)まで同一種類の事物を同心楕円状に配置し、放射状に同一国の事物を配置。
仏ワインや高級食器が万博発のブランドという点も興味深い。