薔薇の牧場に舞う者は 007
(2023/10/07) @スカイリヤ
(05:50) ケレム・シャローム検問所
ソーシャルメディア「テレグラム」の映像
複数の影が野良猫のように境界線の柵を次々と乗り越えた。柵内で可愛がられているペット達を捕食してやろう、とするかのように。
(06:25) キブツ・レイム近郊
空を見上げた。雲のない夜明けの澄んだ空。
夜通し踊り乾杯した。火照った体に空気が心地よい。生きている喜びを感じる瞬間だ。今日はこの国の暦で新年を祝う日。しかも土曜の安息日!3,000人は集まっていたわね!
そう思った瞬間、何やらフワフワするような物が目に入った。鳥じゃあない。何?
パラグライダー!
私たちは地上で野外イベント。頭の上で舞うのはパラグライダー!何て微笑ましいの!?
でも・・・
視界の端から何かが空を・・横切り始めた。
尾を引いたそれは矢のようだ。飛翔音も聞こえ始めた。
(06:33) キブツ・レイム近郊
遠くで車が走る音。
バイブレーションが鳴りっぱなしだ。
「何だよ!うっぜいなあ!」
彼はスマホを取り出しメッセージを開いた。
アシュケロンの兄からだ。ここから随分北に住んでいる。
“ロケット着弾 そっちの方角から 異常はないか”
「何?どうしたの?」と彼女。朝まで続いた音楽祭で盛り上がりお互い出来上がっている。これから同じベッドで休もう、としていた矢先のことだった。
車のエンジン音が近づいている。
「ロケット弾だってさ。またガレー回廊から撃ったんだろ。そんなもん、アイアンドームが撃ち落とすに決まっているじゃん!大丈夫だよ、大したことじゃあない。そんなことよりさ、ノヴァ・・・」
ノヴァはその後を聴くことが出来なかった。突然の連続発射音!彼はそのまま彼女に向けて倒れ込んだ。自身も貫通弾を被弾して仰向けに傾いていくノヴァの目に映ったのは車上から銃を乱射する男達の姿であった。
(2023/10/07) @名古屋/日本
(13:00)
息子が眠った。スヤスヤ寝息をたてている。
住む場所も食べるものも、何も心配のない生活とはこれだ、と言わんばかりだ。
可愛い!この子は私達夫婦のどちらにもよく似ている。丸みを帯びた額は彼に。鼻梁の高さは私。瞳の色はやはり彼。眉は、形は彼で濃さは私。母親の愛情だけが解らせる想い。思わず独り言ちた。なんて平穏なのだろう!
今居る場所から時差:6時間遅れの地では死闘が続いている。一向に終わる気配がない。膠着状態だ。子供の頃、母と共にその国を出てこの国に来た。6歳になった年に再び故国に戻り、15年後また日本の名古屋に。
母の決断は正しかった!
この幸せだけは失いたくない。失ってはならない。何が何でも!息子を立派に育てねばならない!!
その思いはスマホの着信音で途切れた。
夫からだ。スマホを取り上げた。契約している速報メールの着信があるが彼ではない。
ある理由から彼も彼女もLINEを使わない。急を要しなければメールで、緊急の場合はTELを使う、と決めている。何だ?
「ニュース速報を見たか?」
「いいえ。ニュース速報メールは着信してるけど見てはいないわ。」
「すぐ見ろ。」
速報メールを開く。
「スカイリヤ・ガレー回廊からロケット弾発射 数千発」
時が止まった。兵役・・・9年前・・・