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いま日本で一番マッチ売りの少女を探している女
またとんでもない物がきたな
うちの子へ市から幼児検診のお知らせが届いた。
幼児検診とは
母子保健法に基づいて地方自治体(市町村など)が行うもので、健康状況の把握や病気の早期発見・早期治療のきっかけとなる情報を得ることを目的としています
とあり、それ自体は私や家族だけでなく市という大きな力もうちの子を気にしてくれているのだな、という安心を感じることができ良いのだが今回問題なのは尿検査、だ。
ほとんどの国民が経験しているであろうあの検査である。
いま私の前には今までの尿検査人生で初めて目にする容器が市によって送られてきている。
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何かが長い。
それはいい。
恐ろしいのは市から送られてきた封筒の中に探せど探せど容器のフタが見つからないことなのだ。
嫌な予感はあった。
だけど認めたくなかった。
まさかな、いや、まさかな。
フタのない容器などあるわけない。
割れ鍋にだって綴じ蓋はあるのだ。
しかも今回入れるのは尿。
そうフタのない容器などあるわけない。
まさかな、の気持ちを抱えたまま尿検査の説明が書かれた用紙に目を落とした。
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そこにはフタのフの字もなくただ自力での尿の封印の方法が載せられていた。
尿検査の容器にフタがないことがあるのだろうか。
あるのだ。
これはもう決定事項だ。
封印方法として
(A)容器の先端をマッチ等で溶かす
(B)折り曲げて輪ゴム等でしっかりとめる
の2つの選択肢が用意されているのはせめてもの情か。
しかしひと目見て(B)は却下だ、と私の心が叫ぶ。輪ゴムでとめるだと?
私は検診当日、指定された会場まで幼い子の手を引き電車に乗りこのブツをバッグに入れ運ぶ予定である。
少しでも人とぶつかりバッグが押されたり、ちょっとした油断から膝に乗せたバッグに腕を乗せるなどした日にはバッグinはクラッシュ。
輪ゴムに負わせるにはあまりに重すぎる責任ではないか。
そう選ぶなら(A)だ。
しかし我が家にはマッチがない。
火力といえばコンロと肉などを炙るバーナーだけである。
強すぎる、火力が強すぎる。これでは全てが破壊されてしまう。尿with容器はファイヤー。
どうしようか、と夜帰宅した夫に話すと
「あれ使えばいいやん」
と棚の上方を指さした。
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夫の示した「あれ」ことイージーシーラーは熱の力でビニール製の袋をとめてくれる素晴らしい品だ。
ちょっと使ったり食べたりで残ったナッツやマシュマロの袋なんかをとめるのに大変重宝している。
実家で使っているのを見て
「いーねー、便利だねー、これで百円?!」
とはしゃぐ私に九州の母がわざわざ荷物に積めて送ってきてくれたイージーシーラー。
…夫の衛生観念はどうなっているのだろうか。
我が子可愛さのあまり溶けてなくなってしまったのだろうか。
食品を守るために使うイージーシーラーを尿検査の容器なんかに使えるかってんだ!
浴びせたくなる罵詈雑言をぐっと飲み込み私
は翌日ドラッグストアへ向かった。
レジに並ぶその脇にろうそく、線香と共に置かれていたのを思い出したのだ。
あったあった、と座り込まなければ手に取れない棚の一番下にあるマッチの一つに手を伸ばし掴み取ろうとしたところで手が止まる。
これはなんと12箱が一セットになっているではないか。
多すぎる。今までマッチ1本なくても生活できていたのにいきなり12箱。持て余す。
あぁ、ここで同じくマッチに手を伸ばした見知らぬ女性と「あっ」と手が触れ合い「もしかして…あなたも…幼児検診?」と運命の出会いがあり「マッチ、半分こしましょうか」と分け合い、お互いの子どもも仲良くなりその後50年続く友情の始まり、など起きないものだろうか。
しかし半分でも6箱なので多ぎる。
1箱でいい。
と夢想しながらとりあえず同じ棚の上の方に置かれていたやけに美味しそうなおさるのジョージのチョコレート菓子だけを買いマッチは買わずに店をでた。
時間はまだ少し残されている。
それまでにバラ売りされているマッチを探し出さなければいけない。
そんなことをジョージのチョコレート菓子を食べながら考える。
探し出せなければ、この残りそうなお菓子の封をするイージーシーラーを捧げることになってしまう。
大変にまずい。
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