整形を告白されたなら

町の不動産屋で働いていた。サザエさんでいう花沢不動産みたいな。

花沢不動産で社員らしき人物を見たことがない。あのお父さんが事務所にいるだけだ。とはいえ、物件の案内や契約で銀行に行ったり事務所を空けることもあるだろう。
その時は誰が事務所を守るのか、そう花沢さんのお母さんである、と思う。
花沢不動産は家族経営。
たまにしか見かけないがあのお母さん、しっかりしているように見えるので経理はもちろん宅建も取って花沢不動産を回しているのではないか。

私の働いていた不動産屋も社長の奥さん、すみ子様が暗躍していた。

月に二、三回事務所に顔を出し、会計事務所に渡す書類にマズいところはないか眺めたり「これを経費で落としてね」と財布から何枚ものレシートや領収書を取り出す。お金の用事が済むと軽めのグチを混ぜた雑談をして帰っていく。
すみ子様は役員、という名目でこれらの仕事で私の倍の給与を受け取り基本給も年毎ねんごとぐんぐん上がって、というか自ら上げていっていた。私たち下々の社員が彼女のことを話題にするとき「すみ子さん」ではなく「すみ子様」と呼ぶようになったのはそういうわけである。

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最近Netflixでヴィンチェンツォというドラマを見ていたら、敵対する弁護士役にすみ子様とそっくりな人が出ていてびっくりし続けながら視聴する羽目になった。
全くすみ子様は油断ならない。

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ある日、いつものように気まぐれに事務所にやって来たすみ子様は物件資料を作成中の私に
「みついさん、みてみて！」
と自分の目元を指さしつぶらな瞳をパチパチさせてみせた。
「マツエクをしたのよ」
と笑顔で宣言した後それがどんなに素晴らしく生活の質を上げるか等をおしゃべりして友達を紹介したら割引があるのだろうなと確信するほどに強く私にマツエクを勧めてくれた。
こういう時すみ子様に曖昧な返事をするとすぐに予約を入られてしまうので「私はしないです」と断り資料作成に戻った。

マツエク姿も目に馴染んだ頃、颯爽と事務所にやって来たすみ子様はまたしても
「みついさん、みてみて！」
とつぶらな瞳を指さした。
マツエクだなー、と見ていると
「二重にしたの、整形！わかる？」
と元気よく宣言した。

びっくりした。
私とすみ子様との関係性で行う告白ではない、ということではなく全くビフォーとの違いが分からないことについて。

すみ子様は一重だっただろうか？何重なにえだったのだろうか、そもそもを覚えてもいない。
覚えていなくても普通人は前と違う何かがあれば違和感を覚えるものだろうが、それもない。
マツエクの時の方がはっきりそれと分かった。

ドクターはよほど腕がいい、のか？

「え、そうなんですか？全然気づきませんでした」
だめだ。

ハードルは多少違えどいつもと違うお化粧をしてきた女性への対応として考えよう。
だとしたらこれは正しくない。

「あ、ほんとだ！いいですね！お似合いです！」

いい？気がする。
だけど私の純真無垢な心がこの大嘘を素直に口にすることを拒んでいる。
だってビフォーもアフターも分からないのだから。

ないとは思うが、すみ子様が私という人間性を試すために嘘の告白をしている可能性がある。
とまで思考が追い詰められていると

「え、本当ですかァ？私も二重にしたんです！」
と私の後方に座っていた6歳年下の後輩が元気に会話に参加してきてくれた。

そうだった！
確か彼女も半年ほど前
「みついさん見てください、二重にしたんですぅ」
と可愛らしい目元をよくよく見せてくれていたんだった。
（正確には「もともとあった二重の線をよりはっきり入れた」らしい）
たしかあの時は
「えっ！ごめん、全然気づかなかったけど、確かに前と少し違うかも。いいね！かわいいー」
と話したことがあるような。

それから二重整形会話は速やかに彼女の手に渡り二人は経験者として語り合いお互いを認め合っていた。

前に見た映画で安藤政信が
『化け物には化け物をぶつけんだよ』
と言っていた。
整形が化け物という意味では当然なくて、困ったときにはそれにはそれ、あれにはあれ、分かりあえるもの同士でやりあって貰うのが一番だな、としみじみ感じた出来事である。

私がやり合えそうなのはいまのところ
読書
お酒
続ける腹筋割れない腹筋
長い長いインプラントへの道
ジョジョ
等である。
どうぞよろしくお願いします。