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『世界はひとりの、一度きりの人生の集まりにすぎない。』

この前まで猛暑により早く長袖ファッションを楽しみたいと思っていたのに、今は寒くて朝起きるのがつらい。今日も仕事のタスクは山積み。ネットや情報番組を見れば、気分が落ち込む事件や世界情勢ばかりが目に留まる。

有楽町の街を颯爽と歩くあの女性も、スーツをビシッと着こなし姿勢良く歩く彼も、同じように些細なしんどさを感じて生きているのだろうか。


生きるって、難しい。
この国から抜け出して未開拓の新大陸を発見し、好きな人だけを集めて平和に暮らしたい。あるいは、この星を抜け出して新しい星で生きることができたら…。そんな、考えるのも野暮な妄想を重ねながらも、この世界に生きながら別の世界へと連れていってくれる本や映画に救われ続けている。


ある日、X(旧Twitter)で不意に流れてきた見知らぬ方の投稿が目に止まった。そこで紹介されていた本が、『世界はひとりの、一度きりの人生の集まりにすぎない。』だった。

一緒に添えてある写真を見る。書籍の表紙にかかる帯文には、赤く大きな文字で「大丈夫。孤独で寂しいのは、みんな同じだよ。」。妙に、あのときに見た表紙と帯文が頭から離れなかった。気づいたら、家に書籍が届いていた。



大きく背中を押す言葉や、過度に褒め称える言葉が私は苦手だ。だって、不特定多数の読者に向けて発されるその言葉たちには、実態が伴っていないから。個人の努力や苦しみや喜び、そこに含まれる体温や湿度は、感じたその人にしかわからない。なのに一方的に誉められ勇気づけられても、どこか冷めてしまう。

けれどこの本には、そんな共感や賛美を含む言葉はひとつもなかった。とある小さな世界で起こるさまざまな物語が紡がれている。まさに、私がたびたび妄想する「新大陸」や「新しい星」に暮らす人々の物語だった。



20歳で自分の一生を決めなければならない世界。一生に一度しか恋愛ができない世界。24時間だけなりたい自分になれる(その代わりに、タイムリミットまでに元の世界に戻らなければ死んでしまう)世界……。



その星に住む人々は、みんな同じようにごはんを食べたり、仕事をしたり、恋をしたり、悩んだりしていた。星によって、そこに住む者に課せられた義務や守らなければならないルールは異なる。みんな、その星でいろんな感情を共にしながら生きていた。

20歳の若さで一生を決めてしまったら、奥行きのない人生になってしまうかもしれない。けれど、その代わり若き新鮮な感性で軽やかに人生を楽しめることもあるだろう。

たくさんの人と恋をできないということは、この世界に暮らす人と築くコミュニケーションの手法が減ってしまうことでもある。しかし、その代わりに、大切な1人と一生涯忘れられない時間を共にできるのかもしれない。そんな人と巡り会える幸せは、想像を優に超える。

なりたい自分になれる。そんな幸せなことはあるだろうか?けれど、夢のような24時間を過ぎた世界で生きていくしんどさも併せて想像してしまう。かといって、そのまま生涯を閉じるのも酷な話だ。



それぞれの星の世界を想像しながら読み終えると、まるでさまざまな星の体験ツアーから帰ってきたような感覚になった。そうして本を閉じ、自分の住んでいる世界を見渡すと、なんだか安心している自分がいた。


いいことも悪いこともあるけれど、それはどんな場所に行こうと変わらない。自分が生を受けた世界で、自分の幸せを掴むために、人は悩んだり誰かに助けを求めたり、誰かと協力し合ったりする。それは、どこにいようと変わらないことなのかもしれない。

そんなことを思っていると、なんだか生きていける気がした。「生きる勇気をもらえた」というと、なんだか嘘くさい褒め言葉のようだけれど、でも、それに限りなく近い感情だった。


この小説は、夢のようなファンタジー小説でも、孤独な者たちの背中を押す感動の小説というジャンルでもない。

この世界のどこかに存在するかもしれない星に住む人々、その一人ひとりの「生」を見つめた、静かに胸を打つ人生讃歌だった。

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