【朗報】 ニューヨーカーのランチがタダになった日。
こんな案内のメールが、あなたに突然届いたとします。
いやいや、そんなうまい話があるわけない。
絶対に怪しい。
と、思いませんか?
まず詐欺を疑うのがまっとうな感覚の持ち主だと思います。
しかしながら驚くべきことに、そんな耳を疑うようなびっくりイベントが今週実際に起きたのです。
嘘のようで本当にあった話。
2022年5月17日、ニューヨークにて。
5月16日の月曜日、週明けの受信箱に人事からメールがありました。部署全員宛に送信され、大文字で「フリーランチ」と記された件名のメールを開くと、
とのメッセージが。
グラブハブとは元祖ウーバーイーツ的な食事の宅配サービス。一瞬スパムを疑いましたが、さすがに人事から来ているのだから正しい情報に違いないと思ってググると、ネットでもこのニュースが話題になっていました。
この太っ腹な計らいの意図するところは当社のサービスに人を呼び込むプロモーションですが、グラブラブ側の建前はこちら。
当社独自の調査によれば、アメリカにおける64%の労働者が昼食を「最も大切な食事」と認識しているにもかかわらず、多忙により大多数がスキップしているとのこと。ズッコケてしまいそうなくらい雑な大義名分ですが、確かに私も普段ランチは作業がてらデスクで食べることがほとんどです。
そして、アメリカ人にとって「FREE FOOD(タダ飯)」は最強のパワーワード。この国の学校や職場などでは何らかの理由をつけてドーナツやピザなどが振舞われることも珍しくなく、そうした機会に人々はここぞと目を輝かせて群がるのです。
私はたかがピザ如きに踊らされる類の人間ではありませんが、何しろニューヨークのランチの相場は一食あたり15ドル(1,900円)。私のような弁当持参のヒラにとっては贅沢以外の何物でもなく、タダ飯と聞いて活用しない手はないのです。
フリーランチ実施の日は在宅勤務でしたので、家から休憩時間で行ける距離で、菜食旦那も食べられるメニューがある店を検索し、ブッシュウィックの「Grilled!(グリルド)」で注文することにしました。
Grilled!は昨年開店したオールヴィーガンのファストフード店で、過去に一度訪れたことがあります。どういうわけか歯科医が経営している当店のウリは手頃な価格設定で、街の相場の半分〜2/3程の価格帯。
私は普段お金を払ってファストフードを食べたいと思わないのですが、せっかくなのでこの機会にとことんアメリカンな気分を味わう事にしました。タダなんですもの、失うものは何一つありません。
しかしここで問題が。本企画の利用規約には疑問点がありました。
11時から14時という制限時間と、プロモーションが適用されるのが数量限定とあるのです。
問題は、この企画がいかほどの人に周知されているのかという点。なにしろ「すべてのニューヨーカー」に向けた夢のような大型企画なわけですから、アプリ・ウェブサイトがクラッシュする可能性も大いにあり得ます。
そんな懸念から、抜け目のない私は前の晩にウェブサイトで注文を済ますという裏技を駆使しました。ダブルバーガーとローデッド(loaded=てんこ盛りの意味)フライをカートに入れ、混雑を見据えて宅配ではなくピックアップを選択、「FREELUNCH」プロモコードは指定時間外でも問題なく適用され、無事に注文完了。
差額分のお会計は$2.69でした。この街の奇跡。
そして翌日火曜日の11時、私の予想はもれなく的中しました。
11時を皮切りにウェブサイトは想定通りにダウンし、オーダーは1分あたり平均で6,000件にも上ったそう。注文が殺到したレストランは終日処理に追われ、「13時に注文したサンドイッチが20時に到着した」という人もいたそうです。
そんな状況をせせら笑うかのように、予定時刻よりも早く出来上がった私のハンバーガー。無事ピックアップし、自宅に戻って頂くことができました。
結論から言うと、無料で頂いたにも関わらず本当に申し訳ないのですが、お世辞にも美味しいとは言えないものでした。私は食材廃棄が断固として許せないので責任を持って完食しましたが、唯一マシだったのはダブルバーガーで、かの昔に食べたマックのそれを彷彿とさせる味でした。
この代替肉パティ(こちらはBeyond社のもの)の味が非常に化学的で、私の消化器官では異物として処理された感覚でした。独特の風味がずっと胃に残り、暫くは気分が優れませんでした。
ただ、誤解のないように断っておきますが、代替肉というオプションがあるのは大いに結構だと思います。但しそれが体質・舌に合うかどうかは別の話。
「アレパバーガー」とはベネズエラの郷土料理「アレパ(コーン粉で作るお焼き)」でパティとハムを挟んだ物でしたが、味のないゴムのようなアレパはモソモソでソースもない。本来のアレパはもっと美味しいのですが、これは頂けなかった。
コロンビア風ホットドッグと称するこちらは砕いたポテチとパイナップルソースがかかっているとの説明でしたが、パイナップル感はゼロでパサパサ。ソーセージの味と食感はほぼ魚肉ソーセージです。
あぁ、なんで旦那はいつもこういう企画系に走るんだろう。ピュリストの私とは対極に位置する人間。
ジャンクフードならいっそ罪深いほど美味しければいいのに。
いや、私がそういう類の美味しさに鈍感なだけかもしれない。
そもそもケチャップなど単調で支配的な味のソース類に調味を頼るファストフードに、料理としての満足感を期待する方が間違いなのでしょう。お腹にたまる以外に何の栄養価もなければ、高濃度塩分で狂ったように喉が渇く。極め付けは食べた後にボーッとして生産性が低くなるという悪循環。
それみた事か、やっぱり失うものはあったじゃないか。莫大なエンプティカロリーという熱量の浪費が。タダより高いものはないとは良く言ったものです。
その後私は数日に渡り食欲が沸かず、肌は荒れ放題。体質的にこの手の食品とは相性が悪いと思い知らされましたが、Grubhubにはなんの罪もありません。問題は明らかに私の選択ミスです。むしろ、調理をしてくださった方とこの機会を下さった当社には感謝しかありません。
結果、このタダ飯企画は大炎上に終わったようです。捌き切れず注文をキャンセルせざるを得なかった店、殺到した配達案件で運び手は一気に不足、注文・時間通りランチを受け取れなかった人が発生し大バッシングを浴びる始末。
「数量限定」とあったのでキャパシティを見計って打ち切るのかと思いきや、その辺の読みとリスク管理は甘かった様子。そして驚くべきことに、レストラン側には企画についての事前通達がされていなかったとか。それはあまりにも酷い運営です。
「Too good to be true(うますぎる話)」とはまさにこのことで、残念ながら非常に後味の悪い企画になってしまいました。当社の評価はどん底、もう今後二度とニューヨークでランチが無料になることはないでしょう。