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最後の授業


  T先生の哲学は所謂”楽単”で履修者も多いため教養キャンパスでもかなり大きな階段教室が割り当てられていた。しかし出席者が少ないのが伝統で『哲学はT(先生)をとればok』は新入生が一番最初に手に入れるべき情報の一つだった。

 だがその学期の哲学の最後の講義は立ち見が出るほどの盛況だったと記憶している。確か先生は最後に自宅の電話番号を板書されて

『何か辛いことがあったら死を選ぶ前に電話してきなさい。』

と言うようなことをおっしゃった。今とは違い携帯電話が一般的では無い時代だった。そうして先生の講義は終わった。退官後はどこにもお勤めではなかったようなのでそれが先生の本当の”最後の授業”だったのだと思う。先生は学生から花束を受けとって教師としての人生を終えられた。私が人生で初めて見た人が物事を“全う”し終えた瞬間だった。これまでの人生において幾度か心に残る瞬間が訪れたがこれもその一つだった。
 この記事を書くにあたり先生のお名前を検索した。先生は退官後一冊の本を出版された後お亡くなりになっていた。ご冥福をお祈りします。

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