幸も不幸も捉え方
私は不幸な人間だと数年前まで思っているところがありました。
子どもは発達障がい。
私は生まれつき不整脈が頻発しておりマラソンをしたことがありません。てんかんもあり高校生の時に大発作を発症。そこからトラウマでパニック障害を併発。ひとりで歩くこともできない時期がありました(今は過去最高に元気)アトピーも子どものときから全身にありメイクができない肌質でした(今は過去最高に調子が良い)親も厳しくいわゆる「箱入り娘」、まわりの友達が知っている常識を得るタイミングがとにかく遅かった。
結婚して大好きな夫と一緒にいても、飲み会や夫のみで出かけることにとても不安を感じており遅くなると激怒。夫の借金返済で家計は火の車。なのにゲームアプリの課金が月数万請求された時には大喧嘩、その他色々と難を迎え離婚に至りました。
私ってなんて辛い人生なの。周りは夫とも仲良し、子どもはできることがたくさんあるように見える。どうして私はこんなに出来損ないなんだろう。そんな運命なのかな。なんだかこのレベルの低い(と思っていた)枠から私の生活は抜け出せないのだろう。お金持ちはいいなあ。
本気で思っていました。憧れたり嫉妬したり怒りになったり。情緒大忙しですね。
でも、今はそんな辛かった過去があったからこそ今の私がいるのだと感謝しています。
例えば、「息子が発達障がいだから私の生活は苦労している、私は不幸だ」と長男のせいで私は不幸なのか。「息子が発達障がいだったからこそ仕事に活かせている。こんな私でも今までの経験を活かせる場を作れているしやりがいを感じている」と長男のおかげで私は幸せなのか。
私の捉え方次第で感情も価値観も真逆になるのです。
元夫の件も然り、私の持病も然りです。
「離婚経験は私を強くしてくれた」「持病があったから見た目でわからなくても苦しんでいる人がいることを知った」
弱みだったと思っていたことは実は強みにもなります。別の強みで弱みをカバーすることもできます。
幸不幸の捉え方はもう戻せない私の人生の過去すら色を塗り替えることができます。そして、今現在起きていることも少し先の未来も、明るいもの暗いものにしていくのは「出来事」ではなく「自分自身」なのです。
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