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素晴らしい仲間といるだけで
◉ 本作は「興味・関心事を超越した関係」がテーマの話である。
今日は二月の最終日。閏年ではないから、二十八日が最後である。そんな日の東京 代々木の通りに、ある男女が笑いながら会話をして足を進める姿を見る事が出来た。
痩躯の男和田と、長身で体格が良い男性大久保さんと、この集まりを提案した長髪の女性松田さん、そして、男性的な茶色い短髪の女性矢澤さんの四人である。
「目的地は、この通り沿いの図書館を通過した後ですか?」
「スマホの地図と実物じゃ違うから、通過しない様に注意しないとね。」
この様な台詞を発しながら、軈て四人は目的地である、昭和を思わせる茶色いタイルが特徴的なビルに辿り着いた。
「わー。かなり年季が入っているビルだな。いつ頃から有るんだろ?」
大久保さんが呟くと和田は直ぐに、
「昭和五十二年六月だって。ここに刻まれてる。」
と定礎を見て伝えた。
「貴方、他の人と違う所を見ているわね。良い意味でよ。」
矢澤さんは感心しながら言う。
「五十二って、このビル私と同い年じゃない。」
笑いながら松田さんが述べた。
狭苦しいエレベーターで五階に上がり、早く来過ぎた事を若い女性店員に言うと、待機室へ案内してもらえた。
和田は職場の仲間、松田さんから代々木で「脱出ゲーム」という、制限時間内に謎や暗号を解いてクリアを目指す、という遊びに来ないかと誘ってもらえた。彼は、職場の仲間四人という人数でゲームをするという付き合いは初めてだから、新鮮で充実するかもしれないと思い、行きますと返した。
尚和田は、いつも一対一で食事をしながら会話という付き合いが決まりだ。
そして、開始時間になり、太い縁の眼鏡を掛けた男性が呼びに来てくれ、連れて行かれたロッカーでさっきの女性店員がゲームに就て説明をしてくれた。
横の狭い入口を通ると、トンネルの様な暗い部屋に入れられた。
「制限時間は五十分です。それでは、お楽しみ下さい。」
と店員はこう言ってドアを閉めて去った。
それから直ぐに、古代遺跡の内部の映像が表れて、
「やあ諸君。私は遺跡の発掘調査をしているDr.フォーキットだ。
今日君達に応援を要請したのは、ほかでもない私の発掘の協力をして欲しいのだ。そこでだ…。」
Dr.の話が終わらない内に、突然内部に干魃の様なヒビが入り、崩壊音が唸り声を上げた。
そう、ここからゲームがスタートする。遺跡内部に見立てた、茶色い煉瓦が重なっている壁の部屋には、複数の宝箱とそれに備えてある鍵が有った。
一番熱くなっていたのは、意外にも職場で常に落ち着いて仕事を進めている大久保さんであった。
「まずは、この宝物の鍵を開けろって事だろうけど、この足し算の答えが、鍵を開けれる番号だから、間違っていない筈だよ。開かない…。何で?」
傍で見ていた、矢澤さんが、
「大久保君。もしかしたら、この四桁の鍵は千の位が右だから反対なんじゃない?」
と、声を添えると、
「あ!そうか!そうかもしれませんね! ホントだ!開いた! ナイスな加勢ですよ! 有難う!」
と彼は、無邪気とも高揚とも言える声を作り出した。それにしても、普段見る事は無い彼のもう一面を見る事が叶ったのだ。
「和田君。隣の部屋へ行って、ヒント書いてある本取って来て。」
誘ってくれた松田さんが頼んで来た。返事をして直ぐに取りに行くと、和田の背後で矢澤さんと松田さんが言葉を交わしていた。
「松田さん。和田君の事利用するわね。」
「だって、チームで協力し合いながらやるんだもの。何らかのアクションをしないと。」
両者共に間違った事は言っていない。共同で進める事なら、お互いにあれ見て来て、これ探して来てと言い合うであろう。第一皆でゲームをやりに行こうと呼び掛けたのは、紛れもなく松田さんだから仕切ったり、指図するのも道理だと和田は思った。
実を言えば、ゲームに熱中するというより、仲の良い人達と時間を共有出来て良かった、というのが和田の想いである。
もしかしたら、趣味や関心事が重ならなくても、親しくなれる可能性が和田に有るのかもしれない…。
和田達がやったのは難易度が低いものであったが、松田さん以外は初めてであるから、制限時間内にクリアは出来なかった…。
ビルから出た時は、もう日没まで遠くなかった。
「もうあなた達に話しているけど、五時半から新大久保の韓国料理屋の予約を取ってあるの。電車じゃ間に合わないから、タクシー拾うわ。」
松田さんは、こう言うとスマホを手にして、タクシーをコールしてくれた。
和田達を乗せた黒いタクシーは、東側から新大久保駅の前を通り過ぎ、右折して人混み故に車が通るのが難しい道に入る。すれ違い、追い抜く人々も日本人より、外国人の方が目立っていた。
タクシーから降り四人で見回して店を探すと、程なくして看板を目にする事が出来た。
店は三階に在り、デートや打ち上げにもってこいと感じられる、娯楽性を備えた店内には、何故か魚がいない水槽が有り、壁にはネオンが着いていて、放つ光りが明るい空気を醸し出そうとしていた。
四人でテーブルを囲み、食欲をそそる肉の香り、ジューっと焼ける音、光る肉汁を味わいながら、
「あ! 私この娘好きなんだ!」
と松田さんが壁に埋め込まれているテレビを観ながら言うと、
「私は、どちらかというと、右から二番目で歌っている娘のが良いわ。」
と、矢澤さんが返した。料理に合わせて、韓国のアイドルの映像を流している様だ。
「ねー。和田君って、アイドルって興味無いの?」
「いや…無いですね…。」
松田さんの質問に、和田は即答且つ、白けさせて申し訳無い想いで控えめな口調で返した。しかし、松田さんには、何でも正直に話せるから助かったと思った。直ぐに、松田さんは大久保さんに尋ねると、
「僕は、好きですよ。実は、今日好きな娘がグループを卒業するんです。ライブの後握手会も有りました。」
と言った。
松田さん矢澤さんが驚き、誘った事を詫びると、
「いえいえ。 彼女はソロになるだけだし、こうやって皆さんと一緒の方が良いですよ。」
と笑顔で返してくれた。大久保さんには、恐れ入るだけである。
その後も、三人は好きな芸能人の話で語り合うのを和田は目に映していた。興味・着眼点が自分だけ掛け離れてしまっているが、寂しいとも空虚とも微塵も思わなかった。寧ろ、安心感を覚えている。
また誘われたら行きますと応えるだろう。 完