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エミール・ゾラ『居酒屋』 感想文

すごい小説を知ってしまった。
19世紀の小説に、こんなにもドラマティックでリアリスティックでアルコールとすえた臭いのする世界があったのかと驚いた。

 主人公のジェルヴェーズという女性は、とても真面目で、おそらく巡り合った人々の選択さえ誤らなければ、十分幸せになる器量を持った女性だったのだと思う。

 少女時代から生活を共にした元夫のランチエの失踪から、共に移り住んだ街で新たに出会った、のちに夫となるクーポー。彼女は意気揚々と計画を立て、自らの店を構えるも、仕事中の怪我をきっかけに次第に酒(怠惰)に溺れていく夫を「妻の愛」で受け入れながら、元夫・ランチエの策略と、削ぎ落とせない脂肪のような自意識により、次第に崩壊していく物語である。
(いわずもがな、『妻の愛』とは、紛れもなくジェルヴェーズ自身の自己愛に他ならないのだが)

某読書会のツイキャスにて、最後のセリフについて触れられていた。
まさにこの小説の締めに、そして破滅して死んだ女に対するもっとも相応しいはなむけの言葉であろう。以下に引用する。

『ねえ、よくお聞き…。わしだよ、ご婦人がたの慰め役の《陽気なビビ》だよ…。
さあ、おまえさんは幸せになったんだよ、ぐっすり寝るんだぜ、別嬪さん!』
<エミール・ゾラ 居酒屋/古賀照一 訳 新潮文庫 P727>

 彼女はグート・ドル街で生きていくには繊細過ぎたのかもしれない。鱒が清流でしか生きていけないように、マッディウォーターに棲むには、そこで生きるにふさわしい鱗をまとわなければならない。あるいは困窮した現状から脱却するしかない。ここは私のいるべき場所ではない、と。

 そしてそのチャンスは、いつでもすぐ近くにあった。それでも彼女はその自意識を捨てきれず、次第に脂肪が蓄えられていく。

 たしかに、グート・ドル界隈はひどい街ではあるし、住人は「すれっからし」ではあるが、それほど悪意に満ちているとはどうしても思えなかった。先にも書いた通り、この街の生き方、街にふさわしい意識の持ち方があったのだろう。
 逆説的になってしまうが、それはこの街なりの彼女への愛し方だったのかもしれない。あるいは洗礼とでもいうべきか。
(その代償はあまりにも大きく、取り返しのつかないものではあったが…)

 現実にも、ジェルヴェーズのような人間を時折見かける。その多くは女性で、献身的で愛情深く、自分の身を犠牲にしてでも相手のために行動をする。
 しかし俯瞰で見てみると、多くの場合いいように使われて次第に疲弊していくか、明確な幸福を手にすることができずに生活を切り売りしていく。

それでも私は、ジェルヴェーズをとても魅力的な女性であると思う。
どうか現実の世界で、彼女たちが普遍的な幸福を手にできるように願ってやまない。

でも、ジェルヴェーズを魅力的だなんてのたまう男には心を委ねないほうがいいぜ。そいつらはもれなくクーポーでありランチエなんだから。

(おしめ)

余談:
 私は幸運にも酒が飲めないので、破滅への道が人よりも一つ少ないことになるが(安息の道も一つ減ることになるけど)、依存はその形を変え、どこにでも存在するものだと思う。(煙草、薬物、セックス、ギャンブル、xxx)
そうした自戒もこめて、アルコールによる崩壊を自殺(破滅)になぞらえたozzy osbourneの『suicide solution』の歌詞を、最後に一部意訳的に引用する。

『ワインはいけるけど、ウイスキーの方がまわりが早いよ
アルコールは緩慢な自己破壊だね
ボトルを手にし悲しみに浸り、明日には全身浸されてる
悪魔のやり口
寒くて、孤独で、破滅していく
今日、死神から逃れても
マスターキーパーからは逃げられない
非現実を生きているようで、君は欺瞞に身を置く
法を犯し、ドアを叩く者がいる
不在
寝床を拵え頭を横たえる
君は嘘のうめき声をあげる
どこに隠れよう?破滅(suicide)だけが逃げ道だ
でも君はそれがなにを意味するのかわからないんだね
ワインはいけるが、ウイスキーの方が手っ取り早い
アルコールは緩慢な自殺さ
ボトルを手にし悲しみに浸って、明日にはどっぷり飲み込まれてる』


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