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[世界史探究] 新教科書⑷ -イスラームとヨーロッパのこと-

 高校新科目「世界史探究」の新教科書に関する記事の第4回です。

 今回は,従来の「世界史B」教科書と比較する上で,必ず押さえておきたい「イスラーム世界」と「ヨーロッパ世界」の取り扱いの変更について記したいと思います。

前回の記事はこちらから


重かったイスラーム&ヨーロッパ

 世界史B教科書では,「イスラーム世界」と「ヨーロッパ世界」について,第2部の中で,時間軸をかなり長くとって扱っていました。

 「イスラーム世界」については,これまで,7世紀の発祥からアラブ征服を経て世界各地へと拡大する過程(15世紀ごろまで)を,一気に扱っていました。
 さらに,教科書によっては,「イスラーム化」の項目で,紀元前に始まるアフリカ古代文明まで一緒くたに扱っていて,構成的にも無理があり,理解の難しい単元になっていました。

 一方,「ヨーロッパ世界」については,4世紀のゲルマン人大移動から15世紀のビザンツ滅亡にいたるまで,東西ヨーロッパ「1000年史」を一気にタテに通していました。

 この2項目(特に「ヨーロッパ世界」)の学習負担はかなり重かったことと思われます。そして,今回の学習指導要領改訂で,それがある程度軽減されるかも知れません。


イスラーム&ヨーロッパの2分割

 新学習指導要領「世界史探究」では,「イスラーム世界」と「ヨーロッパ世界」のそれぞれを,「B 諸地域の歴史的特質の形成」と「C 諸地域の交流・再編」の2つの大項目の間で分割しています。

 新学習指導要領から該当する文言を以下に引用します(初見では,やや分かりづらいかも知れませんが…)。

◆新学習指導要領における「イスラーム」と「ヨーロッパ」の取り扱い
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B 諸地域の歴史的特質の形成

⑶ 諸地域の歴史的特質
() 西アジアと地中海周辺の諸国家,キリスト教とイスラームの成立とそれらを基盤とした国家の形成などを基に,西アジアと地中海周辺の歴史的特質を理解すること。

C 諸地域の交流・再編
⑵ 結び付くユーラシアと諸地域
() 西アジア社会の動向とアフリカ・アジアへのイスラームの伝播,ヨーロッパ封建社会とその展開,宋の社会とモンゴル帝国の拡大などを基に,海域と内陸にわたる諸地域の交流の広がりを構造的に理解すること。

高等学校学習指導要領(平成30年)より

 大項目B()には「ヨーロッパ」の語が出てきませんが,「地中海周辺」の中に含まれるという解釈のようです。

 「イスラーム世界」と「ヨーロッパ世界」の内容が2つの大項目にまたがっていることが読み取れます。そして,これに倣って教科書でも第1部と第2部に分けられたのです。


「イスラーム世界」の分け方

 世界史を学ぶ(指導する)上で,頭の痛い課題の一つとして「イスラーム世界」をどう扱うのか,ということが挙げられると思います。

 西アジアに勃興し,ヨーロッパと東アジアの間でアメーバのごとく伸び縮みしてきた「イスラーム世界」は,どの「地域史」にも収まることがありません。

 「イスラーム化」の波が及んだ地域だけザッと挙げてみても,北アフリカからイベリア半島,中央ユーラシア,インド,東南アジア,西アフリカ,アナトリアからバルカン半島と広範に及びます。

 今回,「イスラーム世界」を2分割するにあたっては,その区切り方はやはり教科書によって多少とも違いがあります。

 ただ,ざっくり,イスラーム発祥からアッバース朝の盛期あたりまでは,どの教科書も第1部に収めていて… イスラーム世界の拡大については,東書版を除いては、まとめて第2部で扱っています(東書版は次項にて)。

 下記に代表例として,山川「詳説」の区切り方を挙げておきます。

◆山川出版社「詳説世界史」における「イスラーム」の取り扱い
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第1部 諸地域の歴史的特質の形成

イスラームの成立:発祥〜ウマイヤ朝・アッバース朝,イスラーム文化,多極化(後ウマイヤ朝・ファーティマ朝・ブワイフ朝)
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第2部 諸地域の交流・再編
イスラームの拡大:中央アジア(サーマーン朝・カラハン朝),南アジア(奴隷王朝・デリー =スルタン朝),東南アジア(マラッカ王国・アチェ王国・マタラム王国),アフリカ(マリ王国・ソンガイ王国)
西アジアの動向:マムルーク,セルジューク朝,アイユーブ朝,イル=ハン国,マムルーク朝,神秘主義,ムラービト朝,ムワッヒド朝,ナスル朝

山川出版社「詳説世界史」教科書見本 参照

「イスラーム」の学習順適正化

 前項でチラッと触れましたが,東書版は「イスラーム世界の拡大(イスラーム化)」の扱いが他の教科書と異なっていて,その一部を第1編で扱っています。これは「世界史B」のときからそうです。

 東書版の第1編における「イスラーム」の取り扱いについて,以下に「世界史B」と「世界史探究」を比較して示します。

◆東京書籍教科書の第1編における「イスラーム」の取り扱い
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▼「世界史B」/第1編 さまざまな地域世界
第5章 中央ユーラシア世界
 2. 草原地帯のトルコ化とイスラーム化
第7章 アフリカ,オセアニア,古アメリカの地域世界
 1. アフリカ:北東アフリカの古王国,西アフリカのイスラーム化
      
▼「世界史探究」/第1編 諸地域の歴史的特質
第2章 西アジアと地中海周辺
 6. イスラーム世界の成立
第5章 東アジアと中央ユーラシア
 4. 草原地帯のトルコ化とイスラーム化
第6章 アフリカ・オセアニア・古アメリカ
 
1. アフリカ:北東アフリカの古王国,西アフリカのイスラーム化

東京書籍「世界史B」,「世界史探究」教科書見本より

 「世界史B」教科書では,第1編の第5・7章で中央ユーラシアとアフリカの「イスラーム化」について,かなり本格的に扱っています。
 しかし,世界史Bでは「イスラーム世界の成立」は第2編の内容ですから,この時点では,まだ「ムハンマド」すら登場していないのです。

 実際の授業では,教科書の掲載順に学習しないケースが多かったのではないかと推察されます。

 それが,今回の指導要領改訂で解消されることになりそうです。

 「世界史探究」教科書では「イスラーム世界の成立」が第1編の第2章へ移りましたので,あとの第5・6章での「イスラーム化」の学習に無理がなくなったわけです。

 これは偶然そうなったのではないでしょう。

 実際には,他の教科書でも,第1部でムスリム商人の活動やソグディアナへのムスリム軍侵攻などに触れるケースはままあります。

 「学習のまとまり」を考えるとき,最初の部(第1部)から「イスラームの成立」を扱っておく必要があると判断され,その方向で指導要領の改訂がなされたものと推察されます。


「ヨーロッパ世界」の分け方

 最後に「世界史探究」教科書における「ヨーロッパ世界」の分け方について触れておきます。

 教科書の第1部(一部教科書では第2部)にあたる「諸地域の歴史的特質の形成」の中で,「ヨーロッパ世界」をどこまで扱っているのかを,以下にまとめます。「ヨーロッパ世界前半の内容です。

◆「世界史探究」教科書におけるヨーロッパ世界前半の内容
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▼山川出版社「詳説世界史」第1部
ゲルマン人大移動,ビザンツ帝国,フランク王国,カトリック教会,カール大帝,フランク分裂,スラブ人・ノルマン人,封建社会成立
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▼山川出版社「新世界史」第2部
ゲルマン諸国家,フランク王国,東ローマ帝国,カトリック教会,カール大帝,ビザンツ帝国,フランク分裂,ノルマン人・マジャール人
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▼東京書籍「世界史探究」第1編
ビザンツ帝国,(ゲルマン人大移動),フランク王国,カトリック教会,カール大帝
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▼実教出版「世界史探究」第1部
ビザンツ帝国,スラブ人,ゲルマン人大移動,フランク王国,カトリック教会,カール大帝,フランク分裂,ヴァイキング,ノルマン人,封建社会成立
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▼帝国書院「新詳 世界史探究」2部
ゲルマン人大移動,ビザンツ帝国,カトリック教会,フランク王国,カール大帝,フランク分裂,マジャール人・ノルマン人,封建社会成立

各社教科書見本 参照

 今回,5冊閲覧した中では「封建社会の成立」まで扱っているのが多数派で,山川「詳説」・実教版・帝国版の3冊です。

 東書版は,世界史Bのときから「ゲルマン人の大移動」をローマ史の最後で扱うなど独自性が強かったのですが,今回もその姿勢を堅持していて… 

 「ヨーロッパ世界」前半は短く切ってフランク王国でほぼ終わりにし,その分,第2編で扱う後半部が分厚くて,章タイトルを「中世ヨーロッパ」として,フランク分裂からルネサンスまでを一気に扱っています。


 さて,「世界史探究」教科書の第1部についての記事は一旦完了しました。第2部以降は未定ですが,また追って記事を上げる予定です。

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