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農業と観光とが共存できる地域

昨日の早朝、北海道美瑛町にあった白樺並木が伐採されました。畑の中にあり、丘の上に並ぶ白樺は北海道の雄大な自然を象徴する美しい景観として、多くの見物客を集めてきました。

伐採の原因はオーバーツーリズムとのことです。一部のマナーの悪い観光客が畑の中に入るなど植物防疫上の懸念のある行動をしたり、近隣の道路に無秩序に車を停めて、道路の真ん中に座り込んで写真撮影をするなど危険行為があり、見過ごせない状況になっていたそうです。

美瑛町の人口は約9,000人、農業が主産業で緩やかな丘陵地帯にあって、小麦やバレイショ、大豆などの畑作が盛んな地域です。美しい丘陵にある畑に植えられた小麦が収穫時期になると美しく色づき、夏の風にたなびく光景は息をのむほどです。

畑の中にある樹木もこの丘陵に映えていて、北海道旅行の記念に写真撮影をしたいという観光客の思いもよくわかります。美瑛町に近接する富良野周辺は夏は広大なラベンダー畑が観光客を集めていて、この地域には、年中、多くの観光客を集めますが、その人数は地域の人口を超える200万人以上と言われています。

美瑛町の主産業は農業ですが、なだらかな斜面が続く丘陵地帯のため、農作業性が悪かったそうです。かつては斜面ちを登る農耕家畜に負担がかかり、トラクターも真っ直ぐに走らせるのは難しく、トラクターの横転事故も多かったそうです。そこで多額の費用をかけて畑を平らにしようと均平化がなされました。

丘陵地での農業生産性を高めるためにさまざまな対策が取られた結果、図らずも今日のような美しい景観が人工的に作られたのです。これは、そこに住む人たちの長年にわたる農業の営みがあってできた景観です。

そこで働く農業者にとっては景観はずっとそこにある日常であり、それに価値が付与されるとは考えていませんでした。しかし、著名な写真家などのアーティスト、クリエイターがその卓越した美しさに気づき、作品を通して広く周知されたことで観光価値が高まりました。

北海道への観光客、特に外国人観光客が増加しています。都会の人は美瑛の雄大な自然や光景に憧れ、この土地を旅の目的地とすることもよく理解できます。

年間200万人以上の観光客をあつめるこの地域の価値は、おそらく地域の農業生産を超えています。この多くの観光客は地域に多大なる利益をもたらす可能性があるのですが、一方で、この景観は、農業の営みによって作られたものでもあります。

そこに根を張っていた樹木は、「ただの木」でなく、高い価値を生んでいる木だったため、その伐採を惜しむ人は、地元でも多かったでしょう。一方でマナーの悪い観光客に農業者は頭を痛めていました。伐採を決めた当事者、役場の人たちも苦渋の決断であったでしょう。今の状況だけを考えれば仕方のないことです。

一方で日本全体で人口は激減しています。高齢化社会となり生産年齢人口は今後、激減します。特に高齢化率の高い農業従事者は他の産業を上回って担い手が減少していきます。政府の試算では今後、20年間で日本の農業従事者は現在の1/4にまで減少するとしています。北海道の場合、そこまで深刻ではないと思われますが、農業者は半減するかもしれません。

その時に農業は維持できているでしょうか?
農業によって作られた、美しい景観は今でもあるでしょうか?

農村地帯では、関係人口を呼び込もうとさまざまな施策を講じているところが多くあります。そのような地域から見れば、年間200万人以上の観光客が訪れる美瑛町はうらやましく思っていることでしょう。

地域の農業を守りつつ、観光との共存を図るために、地元では専門家を交えて長く議論しています。そこに、10年後、20年後の未来に「あるべき姿」を投影して、地域での合意形成を図り、持続可能な地域づくりを計画する視点が必要だと思います。

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