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男は煙草を吸いながら、窓の外に視線をやった。だが、男の目には何も映っていない。そこに映し出されているのは、過去の彼だった。かつて愛した人だった。思い出の日々だけが彼を支えていた。 男は、死ぬつもりでここに来た。この山小屋は、男がかつて愛した人と共に暮らした場所。そして、男の終の場所になる。 そんな彼の目は、白い塊を見つけた。男は外に出て、それに駆け寄る。それは白鳥であった。右の翼に大きな傷を負っていた。白い羽が真っ赤に染まっていた。 こいつも、もうすぐ死ぬのか。 そう思っ
彼は真剣な面持ちで、私を見つめた。 「他に、好きな人ができた」 やっぱり。私は心の中で呟く。最近は帰りも遅かったし、既読無視されることも増えていた。 付き合って4年。長かった気もするし、あっという間だった気もする。 今日で、終わりか。 「…この人なんだ」 彼がスマホの画面を見せる。そこには 「犯罪組織に狙われている。君を危険に晒す訳にはいかないから、一旦距離を置こう」 と書いてあった。 いや、そんなわけないだろ。 目の前の彼に視線で毒づく。なんで民営の青果市場の
※この作品はフィクションであり、実際の人物・団体・事件とは関係ありません。また、特定の政治的・宗教的思想を否定するものではありません。ご了承ください。 【高橋】 都内のスナック”Truth”。そこには、極僅かの人間のみが知っている地下室がある。そこに俺はいた。 「高橋さん、準備オーケーだ」 坂東がこちらを見据え言う。彼はいわゆる極道で、かつての取材で出会った。件の宗教団体に腹を立てているのは、彼らも同じだった。 「あいつらに尻尾振る奴等もいる。オモテに出て権力を手に入れる
※この作品はフィクションであり、実際の人物・団体・事件とは関係ありません。また、特定の政治的・宗教的思想を否定するものではありません。ご了承ください。 【藤井】 私は月を見上げた。 16番目の月。満ち足りた時を終え、欠けていく運命の月を。 その事実に気付いたのは、近年頻発する災害の復興予算について調べているときだった。大きな額が支出されているにも関わらず、被災した各地の状況が一向に改善していない。人手不足等様々な要因があるのだとしても、その進捗はあまりに遅いと感じていた
「兄貴、もう的を変えましょうや」 兄貴は、盗賊団『秋の香』の首領。俺はたった一人の部下だ。 江戸の頃生まれたこの盗賊団も、今では落ちぶれちまった。 それもこれも、『キンモクセイしか盗まない』という流儀のせいだ。 俺達は、池のそばのぼろ小屋を住処にしている。 昔はここに盗んできたキンモクセイを植えていた。今残っているのは、その香りのみだ。 「いいや、的は変えねえ」 兄貴は言った。 「だけど兄貴!近所にキンモクセイがないからって芳香剤を集めても仕方ねえよ!」 令和の世に
対向車の後部座席で泣き叫ぶレベッカと目が合ったのは、ほんの一瞬のことだった。あいつが誘拐されるのは、今年4度目だ。 俺は通信機を操作し、治安部隊に連絡した。 「よぅ無能ども。俺の愛する娘が、またどこぞやの馬鹿に連れて行かれた。理由?知るかよ。俺は追いかける。邪魔すんじゃねぇぞ」 Uターンして、さっきの車を追いかける。古臭い日本車、派手な塗装。すぐに追いついてタイヤに銃弾を撃ちこんだ。 車は路肩の木にぶつかって停まる。どうせ、レベッカは無傷だ。 大柄な男がふたり、レベッカ
「今日からみんなと一緒に勉強する加藤さんです」 そう言って先生が紹介した『加藤さん』は、プテラノドンだった。 プテラノドン 中生代白亜紀後期に生息していた翼竜。翼開長は7~9m(ロンギケプス種7~8m、ステルンベルギ種9m。専門的な話は端折る。だってこれは専門的な話じゃないから)。 そう、そのプテラノドンだ。 大きさこそ人間大になっているが、どこからどう見てもプテラノドンだった。高校2年にして、プテラノドンの同級生ができた。目の前のプテラノドン加藤が、口を開く。 「はじめ
流れ星を、僕たちは待った。 明里の頬には涙のあとと、紫色の痣。母親が再婚した男に殴られることがあると言っていたが、こうして痣を見るのは初めてだった。 「ひどい顔になっちゃった」 そう言って僕に笑いかける顔は、とても悲しそうだった。 廃線になったローカル線の駅に、僕たちは忍び込んでいた。誰もいないホームで、ベンチに座って空を見ていた。冬の空気が、突き刺すように体を冷やしていく。 明里の母親も、僕の両親もきっと、僕たちを探しているのだろう。 「孝之はさ、どうして逃げてきたの?