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「お前さん、行くところがないのか?」 その日、平太郎が私を見つけてくれたことを、私は忘れない。 月明かりを背にして平太郎、新兵衛、幸作は私を見下ろしていた。 「なら、俺たちと一緒においで。うまい漬物もあるんだ。」 ねえ、みんな。 みんなに会えて、本当にうれしかったよ。 「…降り出しそうだ。」 平太郎は、どんよりと曇った空を見上げて呟いた。 幸作に目配せする。幸作は作業小屋の新兵衛に声をかける。 「新兵衛兄さん、どうせまた寝てんだろ。帰ろう、雨になる。」 地鳴りのようないびき
幸作の手は、震えていた。 目の前の異形への、恐怖。そしてそれを上回る、怒り。 新兵衛兄さんを殺した奴を、許せるもんか。 がちがちと鳴っているのが、自分の奥歯だと気付いた。 それでも、やるんだ。 「平太郎兄さん、厳爺さん!桜を、桜を頼む!」 幸作、と平太郎が呼びかけるのを、厳爺さんが制した。 「わしも残ろう。二人がかりなら時間も稼げる。あれは、人ではないだろう。」 「…わかった。」 そう言いながら平太郎は、桜を厳爺さんに渡す。 「俺が残る。」 「平太郎、何を…。」 「桜。」
平太郎の『奇術』は、鬼に確実に痛みを与えていた。 死ぬことのない相手とわかって、平太郎は安心していた。どれだけ本気を出しても、死なない『鬼』。桜と厳爺さんが遠くに逃げるまで、ただただ斬ればいい。たとえそれが永劫であろうとも。 「…平太郎、お主本気を隠しておったのか?これをもっと早く使っていれば、弟どもは死ななかったのになぁ!」 鬼は斬りつけられながら叫ぶ。先ほどまでより、発言にも動きにも余裕がない。痛み自体は、あれの精神に響くようだ。平太郎は『奇術』の速度を上げる。 「巻き込
人生ではじめて、あとがきを書きます。 この「桜下鬼刃」は、僕が書き上げた中では一番長い小説です。 作家気取るな!とか、早く振られ文句書け!とか、さまざまなお声が聞こえてきそうですが、あとがきを書いてみたいので書かせてくださいませ。 以前にも書きましたが、僕は昔から創作が好きでした。 当時大人気だった「NARUTO」に影響され、忍者モノの冒険劇を書いたり、「ジュラシックパーク」のような恐竜パニックを書いたり。 でも、それらを最後まで書き上げることはありませんでした。 もともと
厳は狙いを定めた。 今でこそ妖怪に成り下がってしまったが、相手は名のある「山神」だ。油断をすれば、間違いなく殺される。 姿は狢であるが、動きの速さが尋常ではない。爪と牙が異常に伸び、粘性のある涎は、緑がかっている。 厳は足元の枯れ葉を踏んだ。がさ、という音に狢が振り返り、こちらに飛び掛かって来る。その瞬間、足元に仕掛けられた罠を踏み、動きが制限された。厳の狙い通りだった。 銃声が轟き、狢はその場に倒れこんだ。 「…やったか?」 しばらくの間、厳は茂みから出なかった。神だったも
おきぬは、山神が討たれたと聞き、急いでこの山に来た。 山神さまがいなくなってしまったら、村はきっと「あいつ」に支配されてしまう。村長も、他のみんなも、どうしてだか騙され続けている。 村長には、甥などいなかった。 それどころか、存命の親族はいなかった。それなのにいつからか、村長の甥だと名乗る吾介が現れた。誰も不審がることもなく、吾介は生活に溶け込んでいく。おきぬだけが、吾介の存在に違和感を感じていた。 その正体を知ったのは、あの洪水の夜だった。 逃げようとした先の廃寺で、吾介
お前、またあとがきを書くつもりか? どこかからそんな声がする。その通りだ、僕はまた懲りずにあとがきを書く。ちなみに「~です」とか「~ます」で書いていると、背中に蕁麻疹が出たのでやめる。かゆい。 今作「なりかわり」は、「桜下鬼刃」に登場する厳爺さんが若い頃の話である。「桜下~」のあとがきで書いたように、厳爺さんメインの話が書きたかった。そこから生まれた作品である。いわゆるスピンオフ。やってみたかった。 「桜下鬼刃」(以下「本編」と呼ぶ)よりはるか昔を舞台にしている。当然、平
――憎んでどうする?どのみち、僕らは忘れ去られる運命だ。 廃寺の奥、男は刀に触れた。指を滑らせる。指先から血が流れ、古びた畳に落ちた。それは染み込むことなく、結晶になった。 「それでも復讐する。私たちを忘れ往く民を生かしてはならぬ。」 男が呟く。刀が月明かりに照らされ、寂しそうに輝いた。 ――どうしても、やるんだね? 男は抜き身の刀を手にして立ち上がった。廃寺を出る。その頬を涙が伝っていたことを、男は知らない。 「さあ、行こう。鏖だ。」 男は、夜の闇に消えた。 厳は物陰から
厳と蒼介は、山にある月見の祠に着いた。 「…奴がいる。」 男は祠の前に立ち、抜き身の刀を持っている。厳は銃を構え、男に声をかけた。 「『人斬り弥太郎』、刀の神のかたわれだな。」 「…ああ、そうだよ。神殺しの厳。随分と久しぶりだな。」 男の刀が、妖しく光を放つ。厳はその刀を見、歯軋りをした。 「お前…。まさか、その刀をまだお前が持っているとはな。」 「当たり前だろう。私たちはもともと一人だったのだから。」 蒼介は刀を抜き、叫ぶ。 「りんはどこだ!」 弥太郎は、今はじめて蒼介に気
懲りずに三度目のあとがきである。 「桜下鬼刃」と「なりかわり」については、あとがきの方が本編より閲覧数が多い。作者としてものすごく複雑なのであるが、作品にかけた思いを皆様にお伝えできたと思えば、まあいいか。 とはいえ、 あとがききっかけでもいいので、そのあとで是非本編も読んでほしい。 一応、シリーズにするくらいには気に入っているし、頑張って書いたのだ。 …以上、ちょっとした愚痴を終え、今作「かたわれ」のあとがきに入る。 「かたわれ」は「神と人」シリーズ第三作として書いた