アニッシュ・カプーアの二元論的な作品を解説【べンタブラック、クラウド・ゲート、日本の作品】
大砲から放たれた、ドロドロとした血のように赤い、グロテスクな物体。
鮮やかでありながら、禍々しさも感じるこの作品の作者は、アニッシュ・カプーア。インド出身で、モダニズムと仏教やインド哲学といった東洋思想を融合させた作品で知られる、世界的な彫刻家です。
シンプルな造形と素材の選定により、知覚に働きかける独特な空間を提示。視覚や空間における問題を提起し、虚と実、物質と非物質といった、対立的な概念が共存する作品を多く発表しています。
この記事では、そんなカプーアの制作背景と二元論的な代表作を解説します。ぜひ、楽しんでご覧ください!
1. インドからイギリスへ
アニッシュ・カプーアは1954年、インド・ボンベイ生まれ。幼少期をインドで過ごし、1973年にはイギリスに移住、ホーンゼイ芸術大学、ロンドン芸術大学(Chelsea College of Arts)を卒業しています。
その後は、インドに一時帰国した際にヒンドゥー教と出会い、寺院などで目撃した色鮮やかな粉末を思わせる、顔料を使用した作品群の制作を開始。この頃の代表作としては、《千の名前(1979 − 80)》が挙げられます。
1982年、ロンドンのリッソン・ギャラリーで初個展を開催。
1980年代の幾何学的な形体に顔料をまぶした立体作品は、抽象的でありながらも自然や詞情を見出せるもので、カプーアはアントニー・ゴームリー、トニー・クラッグらとともに、1980年代初頭のイギリス彫刻界を牽引した「ニュー・ブリティッシュ・スカルプチャー」を代表する作家に数えられます。
1990年には、ヴェネツィア・ビエンナーレに出展し、2000年賞を受賞。翌年1991年には、ターナー賞を受賞しました。
この頃から、石、アクリル、ファイバーグラスなどの素材を使いはじめ、様々な素材によって虚の空間を喚起させることで、作品に対峙する者に、物理的大きさを超えた広さと深さを認識させる作品を発表。
2003年には大英帝国勲章CBEを受賞し、イギリスのみならず世界から評価されるアーティストとしての地位を確立していきました。
テート・モダンでのセシル・パルモンドとの協働
2002年には、構造設計家のセシル・パルモンドの協力を得て、ロンドンのテート・モダンで展示された巨大朝顔のような形の大作《マルシュアス》を発表します。
複雑な徴式を想起させるチューブ状の形体を、人間の認識能力を超えたスケールでつくりあげた空間は、キュレーターのジェルマーノ・チェラント曰く、“宇宙の絶え間ないメタモルフォーシス(変容)”の一瞬を垣間見せてくれるものであるとの高い評価を得ています。
その他にも、パリのグラン・パレで披露された、旧約聖書に登場する巨大な海獣をモチーフにした作品《リヴァイアサン(2011)》など、鑑賞者が1対1で対峙できる作品から、近くから見るだけでは全容が把握できないスケールの大きい作品まで多数手がけている。
シンプルな形でありながら、様々な素材を作品に取り入れる多彩な表現は、鑑賞者に視覚的、空間的に問題提起をします。
カプーアの作品の主題は“虚と実”、“物質と非物質”といった二元論的なものを含み、その根源には仏教やヒンドゥー教、インド哲学、東洋思想などがあります。
2. クラウド・ゲート
《クラウド・ゲート》は、2006年に2年の歳月をかけて完成した、シカゴのAT&Tプラザにあるミレニアム・パークに設置されている巨大な彫刻のパブリックアート。
曲面に光が反射し、景色などが映り込むステンレスの作品で、恒久的なものとして、カプーアの最も有名な作品の1つです。豆のような形から「The bean」の愛称で呼ばれていましたが、後にカプーア本人がクラウド・ゲートと名付けました。
液体水銀に着想を得ており、何度も磨き上げられた継ぎ目のないステンレスの表面はシカゴのビル群を映し出します。
また、大きさ10m×20m×13m、重さ110トンもある作品の中央部には「オロンパス」と呼ばれる穴(くぼみ)があり、作品を通り抜けることで、鏡面に映し出される情景の移ろいと、像の歪みを楽しむことができます。
実現は不可能と思われていた
この作品のアイデアは当初、実現は不可能に近いと考えられており、完成には大幅な遅れが生じました。実際、制作するまでステンレスの厚さがどの程度必要か予測することが非常に困難で、結局、予定していた倍以上の100トン近い量になったそうです。
また、作品の表面を磨くプロセスは5段階に分かれており、溶接の継ぎ目の除去〜ベンガラを使用したバフがけまで気が遠くなる作業をしています。磨きにくい部分には、登山用の器具を使って体を移動させながら研磨作業を行い、完成させたそうです。
クラウド・ゲートは、カプーアのキャリアの変容を表す象徴的作品であり、過去の作品からの連続性と、複雑な鏡面を持つ作品であるため、最も野心的なものと評されています。
作品に反射する空、人、建物などは、どの瞬間も同じときはなく、鑑賞者の作品理解は常に部分的であると言えます。
3. スカイ・ミラー
《スカイミラー》もステンレス製の彫刻シリーズで、2001年にイギリスのノッティンガムに設置された、直径5mのパブリック・アート。凹面状の表面は、空の変化を映し続けます。
この作品も構想から実現までには6年、工事費は900,000ポンド(1.3億円以上)にも上り、当時、英国国営宝くじが資金提供した中で、最も高い金額となっています。
ノッティンガムでの設置後も、ニューヨークのロックフェラーセンター、オランダのティルブルフ(デ・ポント現代美術館)、ポルトガルのポルト(セラルヴェス現代美術館)、2010年にはロンドンで2ヶ所目となるケンジントン公園に設置されるなど、世界各国の様々な場所にこの作品は設置されています。
日本では「アニッシュ・カプーア IN 別府」(2018年、大分県別府市)にて初公開されています。
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