LGBTQをテーマにした映画「his」。誰もが生きづらさを抱えて生きている
LGBTQをテーマにした恋愛&ヒューマンストーリーの映画『his』を観てきました。セリフは心に刺さり、俳優最高! 岐阜の風景、これまたよし! でも、物語はとてもきれいすぎると感じたのも事実です。田舎の人が優しすぎる。なぜ監督はそう描いたのか、映画を観終わってパンフレットを読むまでずっと考え続けました。
やっとひとりで、ずっとひとりで生きていこうと決めたのに――
物語は、主人公の迅と渚が別れるところから始まります。実は、映画の前にドラマで彼らが友達から恋人になっていく物語があったようですが、残念ながら私は観ておらず(涙)。
8年前、初めて好きになった人から突然ふられ、職場でもゲイじゃないかとからかわれ、生きづらさから逃れるために、誰もいない岐阜の田舎へ引っ越した迅。そこに突然現れた、かつての恋人渚が娘を連れてやってきた。
やっと傷が癒えそうになったところに好きだった人が、しかも娘を連れてやってきたら「ちょっとまって!なに勝手なこと言ってるの?」って思うでしょう。
「なんで?ゲイじゃなかったの? なんで結婚して、子どもまで作ってるの?」って。しかも「離婚調停しているのに、こんなところにいていいの?」と聞く迅に渚は「そういうのじゃないから」って。迅からしたら「そういうのじゃないって、どういうこと? 離婚して子どもの面倒を一人で観られないからって、自分を頼るのはやめてくれ!」と。
映画にドラマに多数使われる「岐阜県」
物語がすすむにつれて、それぞれが抱える問題、背景が丁寧に描かれていきます。ところどころに映し出される岐阜の田舎の風景がとてもよくあっているんですよね。ちなみに、岐阜は私の実家です。映画『君の名は』やNHK朝ドラ『半分青い』、今やっている大河ドラマ『麒麟がくる』も岐阜県! 岐阜は田舎で何もないところだとずっと思ってきましたが、映画やドラマのロケ地に使われて嬉しい!!
客観的に、風景だけ眺めたら本当にいい街だなと思います。住むのもいいけど、まあ田舎なので良し悪しはあります。私はわりとうまくやっていけるほうだとは思いますが、基本人から干渉されたくない……^^;
なぜ閉鎖的、差別的な現実を描かなかったのだろう
話を映画に戻すと、この映画、とてもよかったのですが1点だけ気になることがありました。それは「田舎の人たちが優しすぎる」ということ。東京ならまだしも、田舎の人たちが同性愛者である迅と渚を受け入れるのは、かなり難しいのではないかと思うのです。何人かの人は優しくしてくれても、あからさまに嫌がらせをしてきたり、否定する人たちもいるはず。
なぜそこを描かなかったんだろうと、映画を観終わってからもずっとモヤモヤしていました。でも、その答えはパンフレットに書かれていました。監督は「誰も悪者にしたくなかった。そういう世界を描きたかった」といいます。監督の考えをどう思うかは、人それぞれだと思います。私は、監督のような考えもあると感じました。私は、物事をみるときマイナスから見てしまうけれど、プラスの面もあるからそこを見るようにしないと。
私は、フィリピンにいるLGBTQの英会話の先生たちが日本に来て生活したら、きっと彼らは日本のことが嫌いになるに違いないと考えていました。でも、この映画を見てからは、それは私の勝手な思い込みかもしれないと感じました。もしかしたら、この映画のようにLGBTQの人たちのことを理解してくれる人たちもたくさんいるかもしれない。そう思えるようになりました。
「幸せな家族」とはなんだろう?
この映画では、LGBTQ以外にもいくつかの問題提起をしています。1つは、幸せな家族とは、必ずしも1つではないということ。そして、シングルマザー、シングルファーザーとして生きることで誰にも頼れず追い詰められてしまう現実。身内以外にも行政で頼れるところがあったらいいけど、窓口の人の対応が冷たいと、それだけで行くのが嫌になっちゃうしね。この映画では描かれていないけど。
裁判で、ゲイカップルであっては、普通の家族と同じように扱ってもらえるところが描かれていて、それは驚きでした。かなり進歩したんじゃないかと思います。
フレッシュマン×‟いぶし銀”な俳優揃い!
主演の迅を演じた宮沢氷魚さんと、渚を演じた藤原季節さん。物語が進むにつれて、表情も雰囲気もかなり変わっていきました。心を閉ざしていたとき、自分を隠さずに生きていこうと決めた時。内向的な迅と、外交的な渚という軸は変わらないものの、迅は後半で芯の強さが感じられ、渚はとても愛情深い人なんだろうなと感じるように。こんなふうに1つの映画の中で、人の心の変化を演じきれるのって、すごいですね。
また、脇を固める俳優陣もすごくて(涙)。迅と渚に寄り添う村人役に鈴木慶一さん(『座頭市』『アウトレイジ最終章などに出演)、影ボス的村人に根岸李衣さん(『時をかける少女』などに出演)、戸田恵子さん。戸田恵子さん、かっこよすぎ!人情味ありすぎ! 何をやっても味わいある役をやる人だなぁと思います。母親役の松本若菜さんも、難しい役を……。
母親としてどう生きていくのか
実は、私が一番感情移入してしまったのは、母親の松本さん。旦那さんがゲイであることはおいといても、何人もの男と浮気して、あげくの果てに昔の恋人が忘れられませんと言って去っていき、仕事をして家族をやしなっていたのに娘は主夫である夫と暮らしたいというし、「私の人生、なんなの!?」って思うでしょ。普通は。しかも、離婚調停中に、離婚の原因ともなる男性と娘も含めて三人で暮らしてるし。耐えられない。でも、もしかしたら、旦那さんの好きな相手がゲイであるとはいえ、異性だったからまだよかったのかもしれない。そんなふうに考えてしまいました。
旦那さんの浮気のことはおいといても、彼女の仕事はフリーランスで不安定。これまでずっと仕事に夢中で、娘のことはほとんど手をかけてあげられなかった。この先、娘のケアを最優先にしたいと思うけど、一度仕事を断ったら次がくるかどうかもわからない。誰も頼れる人がいない。娘と一緒に暮らしたいけど、本当に私でいいのか。いままでずっとパパと娘、二人の時間がながかったから、もしかしたら娘はパパと一緒に暮らした方が幸せになれるんじゃないか。でも、絶対に手放したくない。いままで一緒にすごせなかったぶんを取り戻したい。裁判中、そんなふうに葛藤していたのかなと考えてみたり。仕事と子育ての両立って本当に難しい。
「生きづらさ」を感じている人たちへ
この映画のメインテーマはLGBTQですが、さまざまな理由で生きづらさを感じている人たちにも、響くのではないかと思います。渚役の藤原季節さんは
「迅や渚のように、生きづらさを感じている人が、映画に救いを求めることってあると思うんです。僕自身も何度も映画に助けられてきました。そういう人たちがこの映画を観て、苦しいのは自分だけじゃないと思ってもらえたらいいな」と語っています。
物語の途中、村人役である鈴木慶一さんがつぶやいた一言、「好きに生きたらええ」。この一言がすべてを語っているのではないでしょうか。
映画を観たら、パンフレットもぜひ。映画への理解がとても深まり、もう一度見観てみたくなります。