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「しのぎを けずりあう」
こんにちは、須恵村です。
南東北の盆地にある30万都市の片隅で、内職のおばちゃんしています。
日本語力も文章力も十人並み程度は備えている!という、スケールの小さな自負をしておりますが、主に請け負っている「反訳」という仕事柄、何となく日本語の語彙や文法、語法などにこだわりがある方です。
つい最近見たある動画で、「しのぎをけずりあう」というフレーズを聞いて少々引っかかったので、ついでに少し掘り下げてみたくなりました。
まず、「しのぎ」とは何だ?
鎬
1 刀剣で、刃と峰との間に刀身を貫いて走る稜線。鎬筋。
2 部材の上端の中央を残し両側を低く削って、刀の背峰のようにした形。
凌ぎ
1 苦しい局面やつらいことを、なんとかもちこたえて切り抜けること。また、その方法・手段。「急場—」「退屈—」
2 《「一時しのぎ」の意から》会葬者に出す食事。非時。
しのぎ
1 茶器の柄杓の部分の名。柄の螻蛄首より下の部分。
2 茶道で、風炉の灰を寄せるときの山の灰角のこと。
シノギとは
主に暴力団やマフィア、半グレといった反社会的勢力が活動するための収入を得るために行う仕事のこと。ほぼ全て犯罪行為に該当する。
その目的は、そもそもの構成員の生活費や組織への上納金、幹部が逮捕された場合に備えての保釈金稼ぎなど様々。
語源は「鎬を削る」や「凌ぐ=耐え忍ぶ、我慢する」など諸説ある。
今回特にスポットを当てたいのは「鎬」なので、このページも参考になると思います。
「鎬」をどうするのか
「激しく刀で切り合う。転じて、激しく争う」という意味で、「しのぎをけずる」という表現をします。一度は聞いたことがある表現でしょう。
例えばアイススケートの初心者の方が、リンクの手すりから離れられない様子を「手すり磨き」と表現することがあります。これはどちらかというと揶揄のニュアンスなので、ひと様に対してよりも、自虐で使った方が無難な言い方でしょう。
最近だと、インタビューで熱弁をふるっている方が、つい手振りが大きくなっているような様子を、「ろくろを回す」などと言いますね。
ちなみにあのポーズも、本当にインタビュー中にエキサイトしてああいうふうになってしまうこともあるでしょうが、写真だけ別口で撮る場合も多く、ノリの良い方が「ろくろでも回しましょうか?」などと言うこともあります。
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いや、どうも何かをディスっているような言い方になってしまうのですが、要するに、「直接それに関係のある言葉を使っているわけではないが、慣用表現として知っていれば、どういう状況かが伝わる」という意味では、割と性質の近い表現ではないかな?と思うのです。
といっても、「鎬」自体が刀に関係のある表現なので、上記二つとはまた微妙に違うのですが、「刀で切り合いをしている」と言わなくても、二者がキンキンとやり合っているサマが浮かぶでしょう。
あ、「メガホンを取る(握る)」といえば「映画の監督を務める」の意味になる――という方が近いですね。
二者が斜に構えて(**注)の真剣勝負。となると、「鎬を削り合う」という方がより分かりやすい気がしますが、「鎬を削る」でひとまとまりの表現なので、「合う」はちょっと余分かなとは思います。実際これを明確に「誤り」だとしているものは見つかりませんでした。
言葉のプロである毎日新聞校閲センターのアカウントでも、このような投稿がされたことがありました。
「しのぎを削り合う」を「しのぎを削る」に直すべきか、迷います。「しのぎを削る」でワンフレーズだから「削り合う」はくどい気が。でも広辞苑の用例に(「曽我物語」からの引用ですが)「鎬を削り合ひ」とあるし、そもそも語源は刀での斬り合いだし…。〔虎〕
— 毎日新聞 校閲センター (@mainichi_kotoba) February 28, 2012
**注
「3」の意味で使っている方が多いと思われるので、参考までに「本来はこうですよ」程度に覚えておくと便利な言葉
斜に構える
1 剣道で、刀を斜めに構える。
2 身構える。改まった態度をする。
「風上へ—・え、糸のように目を細くして立ち竦んでいる」〈里見弴・多情仏心〉
3 物事に正対しないで、皮肉やからかいなどの態度で臨む。「世間に対して—・える」
[補説] この句の場合、「斜」を「ななめ」とは読まない。
「合う」はどこから来た?
今回は引用が多くて恐れ入りますが、こんな言葉も聞いたことがあるのではないでしょうか。
鍔迫合
別表記:鍔迫り合い、つばぜり合い
お互いに刀を振り合った後に鍔の部分で押し合うこと、転じて、勝負などにおいて激しくやり合うこと、などを意味する表現。
鍔は鎬以上に「刀の部分を表す言葉」としてメジャーだと思いますので、詳しい解説は省きますが、刀の一部を使った、真剣勝負を表現する言い方という共通点があるので、このあたりと混同しているのではないかと思います。
私だったらこうするね!
先ほど毎日新聞校閲センター公式のポストを引用しましたが、では、自分が預かった音源で「しのぎを けずりあう」とおっしゃっている方がいたら、どう対処するか。
居酒屋で「俺が為政者だったらこうすんのによぉ」とか、おだを上げているおっさんを見ているみたいな気持ちで聞いていただければと思います。
「原音に忠実に」「話者の個性が残るように」と指示された場合は、「しのぎを削り合う」とそのまま書き起こします。
(標準用字例では平仮名、記者ハンドブックには掲載ナシで、かつ常用漢字外なので、平仮名にします)。
必要そうな場合は、「発言ママで起こしたが、『しのぎを削る』がより好適である」と、根拠となるページのURLと一緒にコメントを添付します
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「分かりやすく」「修文・整文して」という指定の場合は、迷わず「しのぎを削る」とだけ書き起こしますが、念のため上記のようなコメントを付します。
#言葉 #私の仕事 #意味 #文字起こし #コトバ #誤用 #慣用表現
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