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「自分で仕事ができる、と言う人で仕事ができる人を見たことがない」
派遣も長く、30社以上行っているといろいろな人がいる。
その中で、私、仕事ができるんです、と言った人で仕事ができる人を見たことがない。
私から見れば普通かそれ以下だ。
よく言えるなあと思うが、たぶんそういう会社しか行ったことがないか、勘違いかである。
仕事ができるかできないかは、他者判断。
自分の判断ではない。
他者判断がかなりの数あったら、他人から見たらできるのか、程度の認識。
謙虚であることと、自己肯定感が低いのは違う。
自分で仕事ができると言う人は、自己肯定感が低い人が多いように感じる。
これができる、これができるといろいろと言うけれど、だから何?
私のものさしから言おう。
当たり前だし、それの何がすごいのか?
わざわざ言う、それしか褒められることがない、もしくはどこかの会社で凄いと言われたのか?
面倒くさいだけだ。
自分の自己肯定感の低さを表に出している。
いつになったら気づくのか?
凄い人ってはいくらでもいる。
かつて外資系企業で、綺麗で、謙虚で、英語も堪能、頭も良く、仕事もできる。
それなのに気さく。
素敵だなあと思う女性がいた。
話す機会があり、聞いてみた。
海外に留学経験があるか帰国子女か?と。
答えは独学で英語を学んだという答え。
努力の人であった。すべてにおいて。
積み重ね、である。
そして、私から見たらパーフェクトに見える彼女は、ずっと積み重ねていた。
奢ることなく。
もちろん、本人は仕事ができると思っていない。
他人の判断だと理解している。
私の仕事ができるものさしは彼女だ。
人と比べるわけではないが、そこから考えたら私はまだまだだ。
彼女にはなれないが、彼女の姿勢を尊敬している。
私の中で仕事ができる人は、今のところ彼女しかいない。
ハイレベルであるのに、謙虚であり、今を積み重ねて生きている人。
今、どうしているだろう。
話はそれたが、上を見ても下を見てもきりがない。
そして、他人の評価など、その人の主観でしかない。
自分はどう思うのか、ではないか?
自分で今十分に生きているなら人の評価など気にならない。
自分の内面と向き合うことに気づけたらいいと感じる。