【連載小説】耳は幸せを運んでくれた(3)
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「この前は、油絵教室を紹介してくれて、ありがとうございました。それで、今度はお仕事を探そうと思って。どう始めればいいのか相談したいです」
先生は、私を見てびっくりした顔と同時にとても嬉しそうに頷いていた。
“顔つきにも元気が戻ってきて、良かった!声も”
“お仕事は、社会福祉法人とかがやってる「障害者就業・生活支援センター」とか、ハローワークでも相談に乗ってくれます”
そう言って、パンフレットを渡してくれた。
見覚えがある気がした。そういえば、同じものを最初に貰っていた。その時は、全然興味がなくて開きもしてなかったな…。
“内田さんは、突発性難聴の中でも重度ではありますが、かろうじて聴力は残ってるんです。補聴器をつければ、幾分音もわかるとは思います。でも、性能もランクが高いのを使わなくちゃいけないから、片耳だけでも15万円とかしちゃうんだけど…”
“選択肢があるんだよってことだけ知っていてください。やりたいことの助けになるかもしれないからね”
“今は、オシャレなのもたくさんあるから”
先生はとても嬉しそうだった。
状況が劇的に変わったわけじゃない。けれど、確かに今日の病院までの道のりは、こんなにも色鮮やかだったのかと思うほど、輝いて見えた。
“これからは、2週間に一度にしましょうか。仕事が始まったら、また考えましょう”
毎回、聴力検査やステロイド薬などのお薬を出してくれるけど、3日に一度というのは、治療というよりカウンセリングが目的だったんだと思った。
普通は、心療系にまわされるのかもしれない。本当に、良い先生に巡り会えて私は幸せだ。
死ぬことしか考えてなかった頃の自分が、なんだか懐かしい。
条件や場所を重視したら、半導体製造の仕事が見つかった。面接→採用と、とんとん拍子に仕事が決まる。
ベージュの作業着を支給され、検査の仕事についた。
障害者雇用も多く採用している企業で、設備もマニュアルもあるようで、働きづらさは感じなかった。
作業着が色分けされ、管理もしやすいようになっているらしい。
健常者は、スカイブルー。障害者は、障害の内容によって、作業着の色が違う。耳が聞こえない人は、ベージュってことだろう。
お昼は、社食が一律300円で、社員証をかざすと給料から天引きされる。
これまでの工場イメージは、壁に囲まれてありきたりなメニューでまずい…という思い込みがあったが、謝りたい。
カフェのようなオシャレな空間で、健康を考えたメニュー。ドリンクは、自販機があり50円で買える。
お昼が美味しいのは、本当にありがたい。
毎日同じ顔ぶれだと、みんな、だいたい決まった席につく。
同じ色の作業着を来た、私より少し年齢が若そうな女の子が、2つ隣の席に座る。
入った時から、気になっていたけれどなかなか声をかけるタイミングがない。
毎日、今日こそ!と思いながら、チラチラ見て2週間がたってしまった。
今日もチラッとみたら、その子と目が合った。
このタイミングを逃しちゃダメだと思い席を立ったら、女の子も同時に席を立った。
気になっていたのは、お互い様だったみたい。
顔を見合わせて、笑った。
どっちの席に?なんてジェスチャーし合い、結局真ん中の席に落ち着く。
“この作業着、ダサすぎるよね(-""-)”
最初は、お互いの紹介かと思ったら、突然フランクな話し方に笑った。
“わかる笑 長いんですか?”
“一年くらいかな。あなたは、この前からだよね!ずっと気になってたんだー♪歳の近い、それも同じ耳の聞こえない女子なんて皆無だもん笑”
“ごめんごめん笑 まず名前だよね普通笑”
彼女の名前は、豊田 亜希ちゃん(とよた あき)
私より、5歳年下の22歳。天真爛漫な女の子。
生まれた時から、耳が聞こえない世界で育ってきた子だった。
身長も小さくて、橋本環奈みたいなくりくりな目。
髪の色は、ピンクベージュで人目を引くかっこよさもあった。
私の名前と年齢を言ったら
“いいなーー!!可愛い名前(⋈◍>◡<◍)。✧♡”
“私より、お姉さんだったか…。ごめんね。慣れ慣れしかったかな?”
と、元気いっぱいの答えで面白い。
“全然気にしてない。むしろ、敬語だとどこまでも気を遣っちゃうから大歓迎”
亜希ちゃんは、文字を打つのもとても早い。
文字の中に、たくさんの記号や顔文字。読みやすいように文字の間隔も空いたりしていた。
私は、テンポよく返さないととか、いちいち返し方を考えてしまう。
作文のような文章が、一番伝わるのかな?と思っていた。
“私にとって、文字は声だから”
私が返信を書いている時、スカイブルーの恰幅の良い女性がこっちに向かって歩いてきた。
声を出して笑ってたのかな?うるさかったのかな?絶対になんか嫌なこと言われる…。怖くて下を向いて硬直してしまう。
“お二人さん。もうそろそろ時間だよー”
“お友達できたんだ。良かったね”
スカイブルーの、管理者やリーダーは、文字パットを持ち歩いている。
子供が絵を描いてつまみを動かすと消せるあれだ。
それを見せて、時計を指差す。そして、飴を手に渡してくれた。
私たちは、急いでお互いの持ち場に戻る。
携帯に、亜希ちゃんからメッセージが入った。
“みんな優しー!ってわけではないけど、悪い人は居ないと思うよ。また、明日同じところでね⤴︎”
思い込みが、行動を決めてしまう。これまでと全く違う環境に、改めて思い知らされる。
ここでなら、やっていけそう。
絵画教室に入会申し込みに行ってこよう。
オレンジ味の甘い飴を口に入れて、作業に戻った。