『これ描いて死ね』レビュー 野比のび太ママ似のアラサー・手島先生が愛おしい
「マンガ大賞2023」に輝いた『これ描いて死ね』は、夢破れたアラサー女子の再生物語だった。主人公は、漫画研究会を立ち上げて漫画を描くことになった女子高生・安海。実をいうと、この漫研の顧問・手島先生が主人公並みにキャラ立ちしている。筆者としては、漫画家への道を閉ざした過去を持つ手島先生に激しく共感してしまう。そんな「手島推し」な視点で『これ描いて死ね』をレビューし、今後の展開を予想する。
訳アリ指導者のサブストーリーが泣ける
『これ描いて死ね』(作:とよ田みのる)に登場する指導者・手島は、少々訳アリなキャラだ。元プロの女性漫画家なのだが、単行本化された作品はデビュー作の『ロボ太とポコ太』のみ。しかも2巻目以降が出ていない。そして10年も新作がなく、現在は高校教師として生計を立てている。
要は打ち切りをくらった一発屋だ。そんなシビアな境遇のアラサーが、ふた昔前のギャグ漫画調のキャラデザで描かれる(ムスッとした顔が野比のび太のママに似ていて、おまけに猫型ロボットならぬタヌキ型ロボットも登場する)。
手島先生は、安海たち漫研の部員を本気で漫画の世界へ引きずり込むか否か、だいぶ迷いがある。同じく「漫画家漫画」である『バクマン。』(作:大場つぐみ、小畑健)で、敏腕編集者が若き主人公をプロの道へ導いたのとは対照的だ。
手島先生は、はじめは漫研の顧問になることを頑なに拒否する。そして腕組みをし、眉間にシワをよせて「漫画嫌い」キャラを全力で演じようとする。
手島先生は生徒の前では仮面をつけ、徹底して漫画を否定し続ける。それぐらい、彼女の心は過去のトラウマで捻じ曲がってしまったのだ。
『これ描いて死ね』の単行本にはサブストーリー『ロストワールド』が一編ずつ載っており、若き日の手島先生が描かれている。彼女は大学3年生のときに出版社への原稿の持ち込みをはじめるが、何度描いてもボツばかり。就職活動を放棄したから家族への負い目を感じていて、一時は自殺すら考えた。
最新巻の第3巻で、彼女は何とか商業誌での連載を勝ち取る。しかし、この過去編には哀しい結末が待っているかと思うと、読んでいて切なくなる。単行本の帯に書かれたフレーズのとおり、「漫画愛」だけでなく「漫画哀」をひしひしと感じるのだ。
手島先生にもう一度新作を描いてほしい
若い頃の手島先生は自由奔放かつ妄想癖が激しかったのだが、現代パートでは常識のある大人に変貌している。高校教師モードのときは終始しかめっ面で、「学業を第一優先で 無理に漫画を描くことは禁止と約束しましたよね?」といちいち説教がましい(このへんも、のび太のママっぽさを感じる)。
でも漫研顧問モードに切り替わると、超ノリノリで漫画のハウツーを教えようとする。手のひら返ししていることを生徒に指摘されると、「か、勘違いしないでよね!」と突如ツンデレっぷりを爆発させる。なんとも愛おしい指導者だ。
そこで気になってくるのが、これから彼女が指導者としてではなく、元漫画家としてどうしていきたいかということだ。
第1巻で、手島先生が安海の漫画に涙するシーンがある。どうやら安海は手島の『ロボ太とポコ太』をずっと手元に置いて作品を完成させたらしい。そうやって大好きな漫画を追いかける安海は、手島先生からすれば、観音様かッ! と思うぐらい後光がさして見える存在だった。
その後の第3巻で、手島先生は長年封印していた漫画のネタ帳を開き、アイデアのメモを書きはじめる。机に向かうときの表情は実にイキイキとしていて、いつもの眉間のシワがない。漫画家だった頃に戻ったみたいだった。だから今後、先生は漫画の連載を再開するのかもしれない。そして先輩クリエイターとして自らの生き様を背中で語り、グイグイと安海を引っ張っていくようになるという展開もありうるだろう。
『これ描いて死ね』は、大人になってからも夢を諦めず、全力でもがいている人にオススメしたい作品だ。2021年12月から「ゲッサン」にて連載がはじまったばかりで、まだまだ追いつきやすいから是非手に取って読んでほしい。