インドで出会い、大手SIerからスタートアップに転職したエンジニアの話
スクラム開発の舵取り役である「プロダクトオーナー」chanmoroさんのキャリアを紹介します。
LAPRASでソフトウェアエンジニア兼プロダクトオーナーをしているchanmoroです。スクラム開発チームで開発計画の策定と外部仕様の定義などを考えるのが主な仕事です。分かりやすく言うと、LAPRASのサービスを作っていく旗振り役をしています。
東京へ憧れ上京。 数学が得意で理学部へ
3人兄弟の末っ子として長野県で育ちました。
僕が中学生だった時、夏休みに東京の大学にいる兄の下宿先に遊びに行ったんです。そうしたら、めちゃくちゃキラキラして見えたんですよ。それに憧れたのと数学が好きだったこともあり東京の大学の理学部に進学しました。
大学生の時は授業でJavaを少し触ったくらいで、ほぼプログラミングをやったことがなく、ちゃんと勉強し始めたのは就職してからでした。
新卒でSEになりプログラミングを学ぶように
就職活動を始めた頃からIT企業に行くことは決めていました。
大学を選ぶ段階で専門性が生かせる業界に行きたいと思っていたので。
リーマンショックの次の年だったので、新卒の採用枠は以前の半分以下と厳しい中、内定をいただいた会社でシステムエンジニアとして働き始めることになりました。
配属先ではECサイトの動作検証をする仕事から始まりました。
別名「エクセルスクショエビデンス職人」とも言われていたのですが、システムを手作業で動かして「ここをクリックしたらここに飛ぶ」という証拠のスクリーンショットを撮ってエクセルに貼り付ける仕事をしていました。
正直、新卒の時は仕事に対するモチベーションが低く、そこそこの企業で細く長くやれればいいかなと思っていたのですが、配属先のプロジェクトマネージャーが熱量のある方で。その方を見ているうちにシステム開発自体に興味が出てきて、仕事に対しても意欲的になっていきました。
プロジェクトでは、外部から入っているプログラマーの方と一緒に仕事をする中で、技術のことを知らないと会話が成り立たなくなることがありました。設計の通りに動いてない箇所について質問した時に、それに答えてもらっても何のことか分からなかったんです。ちゃんと技術を勉強しないと仕事が成り立たないと気づき、業務でも独学でもプログラミングを勉強するようになりました。
インドでの出会いからベンチャー企業に転職
新卒で入って6年が経った頃、新しい環境にステップアップすることを考えるようになってきました。
会社の先輩たちのように、社内でマネジメントの職種を目指すのではなく、自分の作りたいものにチャレンジしたい気持ちが強くなってきたんです。
ただ、社内で異動するのもありかなという気持ちもあり、本格的に転職活動をしていたわけではありませんでした。
そんな中、海外研修でインドに行くことになり、4ヶ月間のIT研修を現地で受けました。そこで、インドに出張で来ていたベンチャー企業の社長と知り合いになり、飲みに行くようになりました。「SIerで経験積んだ若手」として魅力を感じていただいたようで、入社のお誘いをいただき帰国後にその会社に転職することになりました。会社の研修で行ったインドでまさかの出会いでした。
(インドから帰国後に書いた当時のブログです。)
安定している会社からベンチャー企業に行く不安はありましたが、同じ環境で居続けることのほうが社外で通用しなくなるリスクがあると思いました。それに万が一失敗しても、それはそれで良い経験になると思ったんです。
そのベンチャー企業はチャットボットの開発をする会社で、お客さんと二人三脚で商品のプロトタイプを作る仕事を任されることになりました。仕事に関するほとんどのことを自分の裁量で決定して、プログラムも自分で作って、お客さんとのコミュニケーションも任されていたのでめちゃくちゃ楽しかったです。
LAPRASとの出会い
ベンチャーで仕事をしていくうちに、より事業全体に関わりたくなり、ここではない環境の方が良いかなと考えるようになりました。以前は作るもの自体しか興味なかったんですが、作った商品を買ってくれる人がいて、どのように価値が提供されて、どのようにお金をもらっているか、それら全部が事業として繋がっていないとだめだなと思い始めたんです。
最初の転職の時は他の会社を見ずに決めてしまったので、今度はたくさんの企業に会ってみようと思い、カジュアル面談で多くの企業を訪問しました。LAPRASはその中の一社でしたが、ビジョンや事業が魅力的で、組織としてエンジニアにちゃんとインパクトを出せる環境を作っていると感じ、転職を決心しました。
キャリアで大事にしてきたこと
チャレンジできる時があれば、まずは挑戦するようにしています。挑戦してもいいか迷う時は、自分もその方向に興味がある時です。興味がない時に話が来ても気にならないと思うんですよね。なので、迷ったらやりに行きます。
なんでそうしているかというと、今自分が価値を出せていることって過去の積み重ねだと思うんです。過去にチャレンジした結果、できるようになって今価値を出せている。僕にとってキャリアを作るとは「スキルの貯金」みたいなイメージです。日々の仕事ではその貯金を切り崩しているイメージ。
なので、どこかで新しいものを獲得するチャレンジをしないと未来の自分が困りますよね。未来に価値を発揮するためにも、今挑戦を重ねたいと思っています。
今はLAPRASの業務の中で、自分の力を発揮しながらも新しいスキルが蓄えられているのでとてもいい環境だと思います。
キャリアのターニングポイントはテックブログを始めたこと
一社目の時に、はてなブログでテックブログを書き始めたことがターニングポイントだったように思います。
業務の中で分からないエラーがある時にgoogleで検索すると、同じエラーについて個人ブログに書かれている方がいて助けられたことが多々あり、自分も同じように誰かの役に立ちたいと思い、テックブログを始めました。
OSSの脆弱性がニュースになることがありますが、私自身セキュリティに興味があり、セキュリティに問題があったシステムの修正パッチソースコードの差分を見て、問題がどこにあったのかをブログに書いてみたんです。そうしたら思いのほかバズって、はてなブログのホットエントリーに入るほどたくさんの方が記事を見てくれたことがあったんです。
自分が興味持ってやったことが求められているんだなと分かり嬉しかったです。
その後もブログがバズることが度々あったので、会社の周りの人からは「技術に強い人」と認識されるようになってきました。(ブログを書いていることは言っていなかったのに!笑)
また、ブログが人気になったことでデザイナーをしている友人からプログラム作成を依頼されました。そのことがきっかけでそのデザイナーの友人と一緒に2014年に開催されたTech Crunchのハッカソンに出ることになりました。
ハッカソンでは、会議の動画から自動文字起こしをする議事録サービス「ギジロクジョーズ」を2日間徹夜して30時間ほどで作りました。LINEみたいにタイムラインで文字になって、顔認識もしてくれるプログラムでした。結果は、得票数トップで優秀賞に選ばれました。自分の技術力が社外でも通用するんだと証明された気持ちになり、大きな自信につながりました。
その自信が転職にもつながったので、大きなポイントだったと思います。
ブログを始めていなかったらハッカソンに出ることもなかったので、自分からアウトプットして外と繋がることはものすごく大切だと改めて思いました。
(最後に読者の人に向けてという質問に対して)
エンジニアの方には是非外と繋がっていくことをお勧めします。
今はオンラインで技術的な勉強会やカンファレンスがたくさん開催されているので、自分が仕事で使っている技術に関連した勉強会に出てみるのは最初の一歩としておすすめです。そこで活躍している方に出会えたり、逆に「自分もそこそこいけるかも?」と気づくこともあるかもしれません。
=========
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
今後もLAPRAS BACKBONEで発信を続けていきますので、是非アカウントのフォローや記事への「いいね」をよろしくお願いします。
<この記事を読んだ方へのおすすめ記事>
<LAPRASのサービス紹介>