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Lapin Ange獣医師の「ネットで見たんだけど・・」 #23: 友人? 家族? ドクターかも

「あなたはイヌ派? それともネコ派?」
この陳腐な質問は,昔から(そして今なお)繰り返し問われていますが,イヌ好きネコ好き,それぞれに理由があり,良し悪しなどありません。
ただ,古来から人類と最も近しく共存してきた動物,という点では,「イヌ」という答えに異を唱える方はいないと思います。

 去る8月26日はNational Dog Day でした。  正直なところ,これがどのように制定された,どんな日なのか,私もあまり認識がなかったのですが,"Day of The Year" のサイトによると,
「人間の親友であるイヌほど 人の心を掴めるものはいません。 人間とイヌの絆を称えて "National Dog Day" が祝福されます。
 イヌが私たちの日常生活にもたらす愛と価値に感謝し,世界中のホームレスのイヌや虐待されているイヌのために少しでも貢献しましょう。 救助隊員として私たちの安全を守ることから,目が見えない人,耳が聞こえない人,身体に障害のある人をサポートすることまで,イヌは私たち人間のために多くのことをしてくれます。 これは恩返しをする機会です。」
とのことです。

 上記のように,ワンちゃんたちは,様々な場面でその能力を発揮し,私たちのために働いてくれていますが,もちろんそれだけではありません。 獲物を追ったり,羊の群れを誘導したりしなくとも,友人として,家族として,私たちの暮らしに潤いと幸福をもたらしてくれる,大きな力があります。 この「癒しの力」については,みなさんが日々経験されており,メディアなどでも頻繁に語られるところですね。

 ・ナショナルジオグラフィック:イヌの癒しの力,銃乱射事件の町で発揮

 今回ご紹介するのは,ワンちゃんたちペットの存在が,現実に私たちの健康に及ぼす影響に関する話です。

How Pets Can Improve Our Heart Health
ペットがどのように心臓の健康を改善するか

Pet MD

 犬や猫は私たちの常に寄り添う仲間であり,毎日私たちに無条件の愛,安らぎ,サポートを与えてくれます。
 私たちは,ペットが私たちにどのような感情をもたらすかを知っているため,科学的研究によって,ペットが私たちの精神的および身体的健康の両方に利益をもたらすことが示されたとしても,驚くべきことではありません。
 ペットは,私たちの心を喜びと微笑みで満たすだけでなく,心臓や血管にも良い影響を与えることが証明されています。

ペットと心臓の健康
 ペットと心臓の健康には大きな関係があることがわかっています。 また,ペット,特に犬や猫を飼うと,さまざまなメカニズムを通じてストレスが軽減されることも研究で示されています。
 ペットが与えてくれる友情と無条件の愛は,私たちの精神的な支えとなり,ストレスを軽減します。 ペットとのふれあいは,絆を深めストレスを軽減するホルモンであるオキシトシンの分泌亢進と関連づけられています。
 さらに,犬の散歩や遊びなど,ペットの世話に伴う身体活動は,「幸せホルモン」と呼ばれるエンドルフィンの分泌を促進します。 これらの要因が合わさることで,血圧やコレステロール値が下がり,心臓の健康につながります。
 アメリカ心臓協会(AHA)は,その科学的声明で強調されているように,ペットが心臓の健康全体にどのような良い影響を与えるかについての研究結果を発表しました 。 この声明では,ペットの飼育が心血管疾患(CVD)のリスク要因や心臓病の軽減にどのように影響を与えるかに関するデータを厳格に評価しています。
 AHA の結論は,ペット,特に犬を飼うことは,心血管疾患のリスク低下につながる可能性が高いというものです。
 この公表された声明は,専門家委員会によって書かれ,AHA 科学諮問調整委員会によって承認されており,ペットの飼い主になることが心臓の健康をサポートするという独立した権威ある証明と言えるでしょう。

ペットが心臓の健康に及ぼす影響
 
ペットは具体的に,心臓の健康上にどのような利点をもたらすのでしょうか?
 飼い主とペットのポジティブな交流は,人間と動物の両方に生理的変化を引き起こすようです。 ペットとの関わりは,血圧や心拍数に影響を与えるだけでなく,コルチゾール,オキシトシン,β-エンドルフィン,プロラクチン,フェニル酢酸,ドーパミンなど,幸福感と関連するホルモンにも影響を与えることがわかっています。
 オキシトシン系は,ペットとの関わり合いなど,人間と動物の相互作用で観察される多くの心理的効果に直接関係しています。 オキシトシンは「絆ホルモン」とも呼ばれ,哺乳類の母性行動を促進することが知られている神経ペプチドです。 オキシトシンが放出されると,心拍数や呼吸を遅くしたり,血圧を調整したり,ストレスホルモンを抑制したり,落ち着き,快適さ,集中感を生み出したりなど,心臓に有益な生理的変化を引き起こします。
 研究によると,ペットの犬と触れ合うことで脳内のオキシトシン濃度が上昇し,心臓血管の健康が向上することがわかっています。

ペットと身体の健康
 
ペットは日々のモチベーションにもなり,心臓の健康に大きく影響する健康的な習慣を身につけるよう促してくれます。 近所を散歩したり活発にボール遊びをしたり,大自然の中でのんびりハイキングしたり,犬や活発な猫との付き合いは,私たちが活動的でいるよう刺激を与えてくれます。
 犬を飼うと,散歩に出かける回数が増え,運動に関する推奨事項を満たす可能性が高くなります。  ある研究によると,犬を飼っている飼い主が週 150 分という現在の運動ガイドラインを満たす可能性は,犬を飼っていない飼い主の 4 倍でした。
 犬の散歩は肥満率の低下にも関連しています。 約2,200人の被験者を対象とした調査では,ペットを飼っていない人や犬の散歩をしない飼い主と比べて,犬の散歩をする肥満の人が著しく少ないことがわかりました。
 健康的な老化の分野では,猫の親であることは身体機能の維持と関連していると言われています。 高齢者を対象とした研究では,余暇時間の身体活動は一般的に加齢とともに低下しますが,犬や猫の飼い主では,全体的な身体能力,歩行速度,身体的な健康状態の低下は緩やかであることがわかりました。
 研究者たちは,犬であろうと猫であろうと,動物の世話をする責任は,年齢を重ねるにつれて定期的な身体活動の有益な源になるだろうと推測しています。

ペットと心血管疾患
 
健康的な行動を通じて病気を予防することが心臓に優しい生活の鍵となる一方で,ペットを飼うことと,心臓発作や脳卒中などの心血管疾患の治癒や回復などの間に関連性があることもわかっています。
 脳卒中や心臓発作を起こしたスウェーデンの患者30万人以上を対象にした全国調査では,犬を飼っている人のほうが,犬を飼っていない人よりも生存率が高くなっていました。
 ペットのプラス効果は犬だけにとどまりません。 猫を飼っている飼い主は,心臓発作,脳卒中,その他の心血管疾患による死亡リスクも低下します。 科学者たちはこの関係についてまだ明確な答えを出していませんが,愛情とリラックスを与えてくれる猫が常にそばにいることで,生存率が向上し,結果が改善されるのではないかと推測しています。

 ここでの根底にある理論は,社会的支援が人間をストレスの多い出来事の影響から守り,全体的な幸福を促進するというものです。 社会的支援の重要な源と考えられているペットは,飼い主に目的意識と意義を植え付けることができ,それがペットの有益な効果の一部を説明しています。
 同様に,ペットがいると,飼い主はストレスが少なくなり,ストレスの多い出来事からより早く回復することがわかっています。 これは緩衝効果,つまり,リソース(ペット)が,生活ストレスによる心理的健康への影響を軽減するプロセスを示しており,これも回復の促進に寄与する可能性があります。

家でペットを飼えない場合はどうすればいいのでしょうか?
 
さまざまな理由から,誰もがペットを飼えるわけではありませんが,人間と動物の絆の恩恵を体験できる素晴らしい方法は他にもあります。 多くの団体が,セラピー犬など,ペットを飼えない人々に犬の喜びをもたらす独創的な方法を見つけています。
 研究によると,セラピー動物と触れ合うことで,ペットと触れ合うのと同じ生理的,社会的反応が引き起こされ,ポジティブな感情,絆,ストレス軽減に関連する神経化学物質であるオキシトシン,エンドルフィン,セロトニンが増加するということです。
 動物介在療法は,ストレスや痛みを軽減し,気分を高め,入院患者の幸福感を高め,老人ホームの高齢者の社会的交流と幸福感を高め,大学のキャンパスを含む教育現場の学生のストレスを軽減することができます。
 自宅で犬や猫を飼うことができない場合は,地元の動物保護施設でボランティアをすることを検討してください。 保護施設では,犬の散歩,子犬の社会化,猫との交流などの活動を手伝ってくれるボランティアを常に必要としています。

人間もペットの健康の助けになる
 研究によると,犬を撫でると,私たちのストレス解消ホルモンが分泌されるだけでなく,犬の体内でもこれらの有益なホルモンが増加するようです。 ペットと一緒に活動することは,心臓血管の健康に良いだけでなく,人間と動物の絆を強め,ペットの健康も高めます。
 人間と同様に,犬や猫も健康で幸せに過ごすために,定期的な運動,精神的な刺激,獣医による健康診断が必要です。 定期的な散歩,遊び,適切な食事も,ペットが健康的な体重を維持するのに役立ちます。
 犬や猫を適切に世話することで,私たちは彼らの幸福に積極的に貢献し,人間と動物の絆を深めることができます。 心臓の健康な生活のために,私たちがペットをよりよく世話すればするほど,ペットも私たちの心臓をさまざまな方法でよりよく世話してくれることを忘れないでください。

(Pet MDのwebサイトより引用,翻訳)

 この記事で述べられているのは,ワンちゃんとの触れ合いによる精神的な安楽と,ワンちゃんとの活動による運動効果によって,私たちの心臓の健康に有益な影響がもたらされるということでした。

 一方,NIH 米国国立衛生研究所の記事は,ワンちゃんから得られる科学的知見が,私たちの健康に有用であることを述べています。

Pet Dogs to the Rescue!
ペットのイヌが救助します

NIH News in Health

 犬は私たちと同じ家や環境を共有しています。 私たちと一緒に成長し,私たちと一緒に年を重ねます。 そして年を取るにつれて,犬も私たちと同じ健康上の問題を抱える傾向があります。 肥満,心臓病,がん,精神衰弱などです。 犬にある遺伝子のほとんどは人間にも見られます。

 私たちは多くのことを共有しているので,人間の健康に関する発見が犬の医療の向上につながるのは驚くことではありません。 同様に,犬の研究は,人間に対する理解と医療の進歩につながります。
 そのため,NIH は,老化や遺伝子,その他の要因が犬の健康と生態にどのような影響を与えるかを調べるための大規模なプロジェクトを支援しています。 科学者は,ペットに関する詳細な情報を共有する犬の飼い主と協力します。 研究者は,収集した膨大な量のデータを分析します。 その後,データと調査結果を他の科学者と共有して,さらなる発見を可能にします。

 「一般の人々との協力は,私たちの最も生産的で実りある協力関係の 1 つです」と,20 年以上前にNIH の犬ゲノム プロジェクトの立ち上げを主導した NIH のエレイン オストランダー博士は述べています。 このプロジェクトの目的は,遺伝子の小さな変化が,さまざまな種類の犬に見られるさまざまな行動,体型,病気にどのようにつながるかを知ることです。

 彼女のチームは何万匹もの犬から DNA サンプルを収集し,犬の遺伝子を特定して,人間の多くの疾患の解明に役立ててきました。 最近の研究では,特定の犬種によく見られる血液がんのリスクを高める遺伝的要因が見つかりました。 この発見は,犬とこの病気にかかった人の両方に対する治療法の改善につながる可能性があります。
 オストランダー氏の研究は,純血種の犬に焦点を合わせることが多いです。 犬の両親や祖先はよく知られているため,特定の遺伝子の活動や機能を明らかにするのが容易です。
 もう一つの大規模な研究「犬の老化プロジェクト」では,あらゆる種類の犬を登録することを目指しています。 これには,あらゆる年齢の雑種犬と純血種のペットが含まれます。
 「犬の数が増えれば増えるほど良い」とワシントン大学のプロジェクト共同責任者ダニエル・プロミスロウ博士は言います。 「犬の数が増えれば,より多くのデータが得られ,より多くの質問をする力も増える」
 ドッグ・エイジング・プロジェクトは,ペットの犬を10年以上追跡することを目指しています。 遺伝子,食事,運動,環境が健康と老化にどう影響するかを追跡するのです。 「犬の健康に何が影響するかを理解できれば,犬にとっても,犬を愛する飼い主にとっても良いことだ」とプロミスロウ氏は言う。
 最近の研究で,活発な高齢犬は活動的でない犬よりも認知症になりにくいことがわかりました。 別の研究では,人や他の動物と交流する機会が少ない環境で暮らす犬は,健康状態が悪いことが多いことがわかりました。 「これらは興味深い関係ですが,何が何を引き起こしているのかまだわかっていないことに注意が重要です」とプロミスロウ氏は言います。
 長期にわたって犬を研究することで,潜在的な原因を突き止めることができるかもしれません。 これにより,活動や社会的な関係が人間の健康にも影響を与える理由を,より深く理解できるようになるかもしれません。

 「犬の研究コミュニティは全体として,協力に真剣に取り組んでいます。 そして,私たちはデータをオープンに共有しています」とオストランダー氏は付け加えます。 長期的には,このような協力的なアプローチは,犬と人間の両方の健康を改善するのに役立つのです。

(NIH News in the Health のwebサイトより引用,翻訳)

 というわけで,私たち人間とワンちゃんは,その強い絆ゆえに,互いに幸福を感じ,健康にも良い影響が得られるということです。 医学的にも,ワンちゃんから得られる知見により,様々なことが明らかになっていくことが期待されます。 遺伝情報ならイヌ以外の動物からも得られるのでは? という疑問を持つ方もいらっしゃるかもしれませんが,これにはワンちゃんならではの要因があります。 

 本シリーズ記事「#12:短頭種の話」の中で触れたように,イヌは単一の種の中に驚くべき数の犬種があり,身体の大きさ,姿かたちだけでも,その多様性は他に類を見ないものです。 このことの理由について,NHKの「チコちゃんに叱られる」では,「遺伝子が緩いから〜」と回答していました。 つまり,通常,遺伝子(DNA鎖)は解きほぐされずに固まった状態であるのだけど,イヌの場合は遺伝子同士の結びつきが緩く,外部からの刺激などによって変異を起こしやすいというのです。 このような素因をもったイヌが,人間と共同生活をするようになり,人間に伴って世界各地に移動し,それぞれの環境に合った犬種が誕生していったということです。 しかも,変異による犬種が非常に多いにも関わらず,それぞれ純血種として一定の遺伝的均一性が保持され,そのうえ血統が正確に記録されているため,遺伝子の研究にはうってつけなのです。

 では,なぜ人間とイヌはこれほどまで仲良くなったのでしょう? その起源はオオカミの時代に遡りますが,ナショナルジオグラフィックは,以下のように解説しています。

「最も可能性が高いのは,人間からオオカミにアプローチしたのではなく,オオカミが人間にすり寄ったという説だ。 おそらく,人間の居住地の隅にあるゴミ捨て場をあさることがきっかけになったはずだ。 勇敢だが攻撃的なオオカミは人間に殺され,大胆で人懐っこいオオカミだけが受け入れられた。」

この「大胆で人懐っこいオオカミ」についても,「チコちゃんに叱られる」で解説されていました。 麻布大の菊水教授によると,

「もともと人間とオオカミは天敵の関係性で,本来なら交わることのなかった両者。 あるとき,人を怖がらずに側に寄っていくボーっとしたオオカミが。 これに対して,ボーっとした人間がオオカミを受け入れて一緒に生活した。」

ということです。

 はたして,ボーっとした狼の子孫であるワンちゃんと,ボーっとした人間の子孫である私たちの絆はいっそう強固になり,互いに助け合いながら,いつまでも幸福に暮らしたとさ。

 なお,パートナーの方には,「ワンちゃんと触れ合って,(普段は枯渇している)絆ホルモンと幸福ホルモンがバンバン出てきた」などとは言わないように。

追記

 昨日,上記の記事を投稿したところだったのですが,今朝,台風10号の情報を見ようとTVを点けたところ,NHK「フロンティア 80億人 人類繁栄の秘密」という番組(再放送だったようです)が始まったところでした。 特に興味を持ったわけでもないままにチャンネルを変えずにいると,まさに上述の,オオカミからイヌへの変化に関することが解説され,驚きました。

 オーストラリアのサイエンス・ライターで,デューク大の研究者であるVanessa Woods女史の解説によると,オオカミが人と友好的になり,形質が変化してイヌになったのは,牛や豚など,人間が利用しやすいようにコントロールして変化させた「Domestication 家畜化」とは全く異なり,自ら変化した「Self Domestication 自己家畜化」すなわち「友好的であろうとした淘汰」なのだということです。
 そしてイヌは,「友好的」能力により,異なる種族である人間の心を読むという,人間と遺伝子が98%以上同じであるチンパンジーにさえ不可能なことができるのです。

 さらに驚くべきは,人類も「友好的」な「自己家畜化」により繁栄を極めることができたとの話でした。

 面白かったのは,元々同じ祖先から分かれたチンパンジーとボノボの話でした。 食糧が少なく,ゴリラなどのライバルが多い地域で生活したチンパンジーは,攻撃的な性質で,仲間同士でも争うことが多く,力の強いオスが群れのボスになるそうです。 一方,比較的食糧が豊富でライバルも少ない地域で生活したボノボは,温和で仲間に食糧を分け与え,子供やメスに優しくするオスが繁殖に成功し,メスが群れのリーダーになるのだそうです。

私たちの社会に照らし,色々と腑に落ちた次第です。


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