善悪を超越したマルジャーナ【1】/『アリババと40人の盗賊』
「千夜一夜物語」や「アラビアンナイト」として知られる物語の一つである
『アリババと40人の盗賊』は、本によって細部が異なります。
ここでは、小峰書店【愛蔵版 世界の名作絵本 アリ・ババと40人の盗賊
(2011年9月9日第1刷発行) 】の初版を参考書にしました。
この物語は、登場人物たちのしたことを行為のみに留意した善悪正邪観でとらえ、それにこだわってしまうと、話の含みが把握しにくくなってしまう世界が展開しています。
[あらすじ] カーフ山(イスラム教で地上世界を支配する山とされる、実際にはない山)の麓の町に、二人の兄弟が住んでいました。兄の名前はカシム、弟の名前はアリです。「ババ」というのは、アラビア語で、「誠実な」「善良な」という意味で、「アリババ」とは、「アリおじさん」というような、素朴で心のまっすぐなアリの評判を示す呼び名です。
カシムはお金持ちの商人の娘と結婚して、娘の父の残した財産を受け継いでいました。カシムの店では、めずらしい香水や豪華な布などを売っていました。アリは森の木を薪にして自分の家族を養っていました。まだ薄暗い夜明けから陽が沈むまで働いていました。
ある日、いつものように森で仕事をしていると、馬に乗った男たちの一群に気が付きます。ただの旅人なのか追いはぎなのか、確かめてからでは遅いと思ったアリババは、木に登って隠れます。彼らが通りすぎるのをそこで待とうと思ったのです。
しかし、その木のすぐ下で馬は停められました。アリババは男たちを観察しました。アリババは、「きっと、話に聞く盗賊たちだな」と思いました。きっかり40人と数えました。
そして男の一人が、アリババが隠れている木のすぐ近くにある、切り立った岩の出っぱりの下で、「開け、ごま!」と言うと、岩に裂け目が出来て入口になるのを見ました。
「どうぞお先に、クオジャ・フサイン様」
盗賊たちは盗んだ物を担いで、一人残らず岩へ入りました。
アリババは盗賊たちが出てきて草原の向こうに遠ざかるまで待ちました。
自分でも岩が動くのか、試しに「開け、ごま!」と言うと、岩は動いて、アリババは中に入れました。不思議なことに暗くはなく、あらゆる宝物が光り輝いているかのようでした。
アリババは、銀貨がふた包みもあれば、金持ちになれるだろう、と思い、あっちからひとつかみ、こっちからひとつかみしたので、何もなくなっていないように見えました。
アリのおかみさんは、まだ陽が高いのに夫が家に戻ったので驚きました。アリババはいきさつを詳しく話しました。
「でも、フェイルーズ、お願いだから誰にも言わないでおくれよ!」
フェイルーズは、穀物を量るおけをカシムのおかみさんのシャイネーズに借りてきて銀貨を量りましたが、おけの底にシャイネーズがラードを塗ったことには気付いていませんでした。シャイネーズは知りたがり屋で、フェイルーズが何を量るのか知りたかったのです。
カシムは、フェイルーズが返したおけの底に一枚くっついていた銀貨を持ってアリの家へ行き、わけを聞きました。
アリババは親切な気性なのでカシムの知りたいことをすべて教えました。
カシムは「開け、ごま」と言って岩の中へ入りましたが、宝の山に目がくらむと岩を開く言葉を忘れてしまい、外へ出られなくなりました。盗賊たちが岩を開くと、逃げようとしたカシムはすぐに首を切られました。
カシムが帰って来ないことをシャイネーズから聞いたアリババは、岩の中で兄の痛ましい姿を目にしました。
(つづく)