【小説】謎解き制作会社の採用試験を受けた話
受付会場へ続く扉は9時45分ちょうどに開き、私は最終面接の会場へと足を運んだ。
§ § §
私は緋宮 柊夜(ひのみや しゅうや)。先日高校を卒業したばかりの18歳だ。
幼少期から謎とともに生きる人生を送ってきたが、
ここ数年の世間での第二次謎解きブームには乗りきれなかった。
しかし、「#並行世界脱出」という、話題の大ヒット作に出会った瞬間、運命が一変した。
この作品は独創的かつ深いテーマ、想像力や創造力も必要な閃きを要求される作品でありながら、
数多くのファンから支持されていた。
私はその作品に感銘を受け、取り憑かれたように半年間謎を作り続け、
自分の制作スタイルを確立したと思える作品ができた時にはもう1月になっていた。
当然ながら受験勉強は眼中になく、その後の入学試験は臨む気にもならず、進路は途切れ、身の振り方に迷うことになった。
そんな折の中、タイムリーなニュースを耳にした。
秘密主義ながら、ファンから大きな支持を生む謎解き作品を次々生み出し続け、
わずか3年で社会現象を引き起こす大ヒット作#並行世界脱出を創り上げたMysteryMinds社が初の求人を出したのだ。
MysteryMindsによって人生を捻じ曲げられた私にとって、この求人は願ってもないチャンスだった。
経歴不問、アドレスと名前のみで応募できるというので、
私はこの渾身の一作と謎めいた応募プロセスに一縷の望みを持って挑戦することにした。
§ § §
応募プロセスは難解だった。
公式サイトの応募フォームは募集開始と同時に閉鎖。
問い合わせ先のチャットボットに特設サイトから拾った合言葉を入力。
謎を解いて指示に従い、パンに付いてくるシールを集め、
応募用紙の郵便番号を逆から書いた街に、自作の謎を添付して送った。
必要なアドレスはメールではなく住所の方だったようだ。
数日後、届いた一次採用通知の連絡にかすかな違和感を見つけ、
切手を剥がすとその裏から都内の別の住所が出てきた。
正直この情報も信じきれていなかったが、どうやら正解だったようだ。
§ § §
「こちらのパスを首から掛け、注意事項をよく読んで、控室でお待ちください。
時間になったら面接会場にお入りください。」
まるで謎解きイベントのようだ、と思いながら受付を終え、ドアを開け、控え室の唯一の椅子に座り、注意事項を読みはじめた。
試験開始は10時ちょうど、地図によると、控室と面接室は直接ドアで接続されており、
確かに、控え室にはいま受付を終えて入ってきたドアの他にももう一つドアがある。
部屋の構造からすると、確かにこれが面接室になるはずだが、
窓の外の構造が少しおかしいような。
建物が間違っている気がする。
元来た控え室から出ようとすると、鍵が掛かっている。
面接室は間違いなく罠であり、元来た場所からの脱出も不可能であることが明らかになった。
絶望的な状況だったが、この状況であるからこそ、ここまでの選択が間違っているわけではなく、
「ここから何か攻略法が用意されている」と確信を持った。
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この状況を脱するため、何かできることがあるとすれば椅子だろうと考えた。
椅子が部屋に1つしかないのは、椅子に関する指示が出た時に特定させるためだろう。
椅子の裏を探すと、予想通り封筒が貼ってあった。
封筒には、金庫の中にある「箱」の中にドアの鍵が入っているという案内と共に、謎が入っており、
謎を解くと、「金庫は暗い場所にある」と指示が現れた。
ちょうどその時、チャイムが鳴り響いた。10時になったようだ。
面接室に入らずに控え室に留まることで第一段階をクリアできたことがアナウンスされ、
椅子の下を確認するとの指示が現れた。
どうやら事前に椅子の下を見ておいたおかげで10分弱巻くことができたようだ。
それにしても、この部屋には暗い場所がない。
暗い場所は自分でつくってしまおう。
ブラインドを下げて電気を消すことで、
真っ白だった壁一面に光る巨大な金庫が現れ、目を疑った。
§ § §
次は金庫のパスコードを探さなければならない。
新しいアイテムは手に入らなかったが、
注意事項に書かれた情報も蓄光インクによって変化していることに気付いた。
暗闇であるという情報を元に、最初の謎を解き直し、組み合わせることで金庫のパスコードが判明した。
パスコードは自分の生年月日に設定されていた。最初に試せばよかった。
壁全体を使ってパスコードを入力すると、
金庫となっていた壁が下がっていき、新しい部屋が現れた。
そして、部屋には丸い机の上に小さな金属製の「箱」が置かれていた。
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目の前にある「箱」を見て、幼い頃の謎解きゲームを思い出した。
人生の節目で母が時々差し出してくれる「箱」が、まさに同じ形をしていたのだ。
「箱」は一晩で開いたものもあれば、開けるのに2年掛かったこともあった。
どの「箱」もその時々に応じて、新しい知見をくれるものだった。
自宅にあった「箱」がすべて開いたのは12歳の時。
私にとって、「箱」は母との二人きりの生活の中で、今でも鮮烈な思い出となっている。
私は久しぶりに友人と再会したかのような気持ちで目の前の「箱」と向き合った。
「箱」と対峙しながら、その中に秘められた謎について考えることに集中した。
「箱」は、今まで何をしていたか問いかけてくるようだった。
私はそれに答えると、「箱」はまた、彼自身の新しい知見を与えてくれた。
私たちは互いに理解し合うことができる存在だと感じた。
「箱」との対話のテーマは「なぜ謎を作りたいのか」ということだった。
「箱」と私は協力して謎を解き明かし、やがて鍵、そして答えを手に入れた。
達成感と、新たな気付きと発見、そして何よりその体験こそが謎解きに求めるものだと。
「箱」と私の対話は、まるで古い友人同士が再会したかのようだった。
私たちはお互いに思い出を語り合い、謎解きに取り組むことで、新たな洞察を得ることができた。
§ § §
扉をあけると、スタッフが待っていて
「10時27分 脱出成功、最速タイムだよ。」と言われた。
私は面接が始まっていないことに気づき、「面接はどうなるんですか?」と尋ねた。
そういえば、定刻を過ぎているにも関わらず肝心の面接が一切始まっていないではないか。
「今から向かおう。ではこれをつけてくれ。1時間前に移動する。」
スタッフはそう言いながら私にアイマスクとヘッドホンを渡し、車に乗せた。
車は何度も曲がりくねっていて、私はどこにいるのかわからなくなった。
やがて車が止まり、私は案内に従って扉から入った。
アイマスクとヘッドホンを外すと、今度こそ案内通りの控室にいた。
時計を見ると9時55分だった
「さあ、面接が待っているよ。がんばってね」
と彼は励ましの言葉をかけ、外に出ていった。
10時ちょうどに部屋に入り、私は緊張しながら、面接に臨んだ。
§ § §
「こんにちは、柊夜さん。私たちはMysteryMinds社の代表です。最初にお礼を申し上げます。あなたは強い探究心と創造力を持った人材だと私は確信しています。」
面接官の言葉に、まずはほっとした。
「それでは、まずは自己紹介をお願いします。」
私は自分自身と謎解きに対する情熱を熱く語った。
「箱」で自分自身と向き合ったおかげもあり、
面接は順調に進み、柊夜は自分自身をアピールすることができた。
「この求人に応募した理由をお聞かせください。」
面接官の質問に対し、柊夜は心からの思いを伝えた。
「私は、MysteryMinds社の作品に触れたことで、自分自身に新たな可能性を感じることができました。そして、このチャンスを逃すわけにはいかないと思い、挑戦することに決めました。」
§ § §
「これが最後の質問です。この質問への正解を持って合格とします。今いる場所はどこでしょうか。」と面接官が言った。
私は必死で頭を回転させた。
車でおよそ25分かかる場所。いや、最速タイムであるから、想定時間より早かったのかもしれない。
移動のタイミングでわざと遠回りして時間調整を行っている。
部屋の内装も元いた部屋と変わらない。
いや、一箇所だけ違うところがある。
「東京都内の会場から『25分で到達できる場所』、『時計を1時間戻せる場所』、
答えは、中国大使館ですね。」
「決め手となったのはコンセントの形状です。東京に大使館が置かれている国で、このタイプのコンセントを使っている国は中国だけですからね。」
「ご名答。最後に、何か気づいた点はあるかな?」と面接官が尋ねた。
「この謎解きを作ったのはあなたですか?」
「そうだが」
「私は生年月日を送っていないし、どこにも公開していない。幼少期自宅にあった『箱』は続編どころか売っているのを見たことがない。これを作ったあなたは私の父ですね」と私は答えた。
「まさに。君が生まれる時にあの『箱』を作ったんだ。将来、君が成長する指針となるように。作っておいて本当に良かったよ。」
§ § §
私が4歳の時、父は巨額の借金を抱え、家族に迷惑がかからないように逃亡したそうだ。
その後、父の行方はわからなかった。
最終面接で、私は面接官である父親だと指摘した瞬間、部屋が一瞬静まり返った。
そして、父親が笑顔で声をかけた。「おめでとう、柊夜。君の謎解きの才能を認めたよ。」
私は、父親の言葉に胸がいっぱいになり、嬉しさと感動が込み上げてきた。Mystery Minds社で働くことになったことを、改めて誇りに思った。
父親との再会に胸がいっぱいになり、涙を流す私。「お父さん、こんな形で再会するなんて、思ってもみなかったよ。」
父親は微笑みながら、「柊夜、これから一緒に、新たなプロジェクトを始めようじゃないか」と言った。
その言葉の中に、私の成長を見守ってきたことを示唆する感慨深さが込められていた。
父親は、目を細め自分の気持ちを隠すように、私にエールを送った。