第一章 価値と適合性 9 状況の不適合性
物事は、状況に構成されることによって、その〈可能意味〉のいくつかを機能させるが、しかし、そのすべてを機能させるとはかぎらない。それどころか、そのすべてを機能させないままであってもかまわない。〈意味〉を機能させること自体は、状況適合条件にはなっていない。
たとえば、犬を飼っていなくても、犬小屋を買えないわけではない。ただ、買っても無意味であるというだけである。ここで無意味であるというのは、〈機能意味〉がない、ということであって、その〈可能意味〉のすべてまでが消滅してしまうわけではない。たしかに、犬も飼っていないのに犬小屋を買うことは、状況に適合してはいない。しかし、だからといって、状況と不適合になっているわけでもない。
つまり、状況と不適合になるにも、積極的な〈背景事象〉が必要である、ということである。それは、ある新しい物事の導入を不可能にするような〈背景事象〉である。たとえば、ある土地が住宅専用地域内であるということは、その土地に工場を建てることを不適合にする。そこに工場を建てることが、他の〈背景事象〉からしていかに適合的で有意味であっても、それは不適合である。したがって、ある新たな物事を不適合にする積極的な〈背景事象〉が一つでも存在する場合、なんらかの手段によって、このような〈否定的背景事象〉のすべてを解消しないかぎり、その物事は、いかなる理由があれ、その状況とは不適合になる13。
このような不適合性は、〈物理的不適合〉と〈規範的不適合〉とを区別することができる。たとえば、満腹で食事できないというのは、物理的に不適合であり、また、手術に備えて食事できないというのは、規範的に不適合である。また、たとえば、鍵の閉まっているドアの鍵を閉めることができないのは、物理的に不適合だからであり、非常口の鍵を閉めることができないのは、規範的に不適合だからである。
もちろん、規範的に不適合であっても、物理的には可能であることは多い。というより、物理的に可能だからこそ、わざわざ規範的に不適合にされているとも言える。物理的に不可能であるならば、わざわざ規範的に不適合にするまでもない。もちろん、念を入れて、物理的に不可能な物事を規範的にも不適合にしていることもないではない。逆に、物理的に可能であれば、いくら規範的に不適合であっても、その他の意味の都合によって、現実にはこの規範の不適合は破られてしまうこともある。
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