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第一章 価値と適合性 7 適合可能性における意味の依存度

物事は、その多面的なすべての〈意味〉において適合可能でなければ、つまり、その一つの〈意味〉においてでも適合不可能になってしまうならば、その物事そのものも無意味になってしまう、とされた。しかし、議論をより精緻にする必要がある。

たとえば、ラジカセは、カセットテープがなくても、ラジオ放送は聴くことができる。つまり、ラジカセは、テープを聴くことがその〈意味〉のひとつではあるが、その〈意味〉が成立しない状況、たとえば、テープがない状況においても、適合可能であり、無意味にはならない。逆に、ラジオが放送されていない状況においても、テープさえあれば、まさにテープがあるという状況に対して適合可能であり、無意味にはならない。つまり、ここでは、その適合可能性が単一の〈意味〉に全面的に依存することなく、選択的に依存している。

しかし、ラジカセも電源がなければ音が出ない。つまり、ラジカセは、電源を使う、という〈意味〉を含んでいて、電源がない状況においては、いくらラジオ放送やカセットテープがあったとしても、ラジカセ自体からして、まったく無意味になってしまう。ここにおいて、ラジカセの状況適合可能性は、電源に絶対的に依存していることになる。だが、さらに考えれば、この電源は、電池でもコンセントでもよい。とすると、この電源における依存性は、選択的であるということになる。これはどういうことだろうか。

いや、電源に絶対的に依存していることと、電源における依存性が選択的であることとは、すこしも矛盾してはいない。ラジカセが絶対的に依存しているのは、電源の集合であり、選択的に依存しているのは、電源の要素である。少なくとも一つの電源がなければならないが、しかし、それはどの電源であってもよい。ふりかえって考えるに、ラジオやテープに関しても同じことが言えるだろう。一つのラジオ放送も一つのカセットテープもない状況では、ラジカセは無意味になってしまうが、しかし、少なくとも一つの放送でもカセットでもあれば、ラジカセは、〈価値〉は高くはないにしても、無意味にはならない。

しかし、カセットテープがあったからといって、電池やコンセントの代わりにはならない。すると、ある物事が有意味であるためには、状況において絶対的に満たされなければならないいくつかの〈意味集合〉があり、その集合が複数の要素を持つ場合には、その要素である〈意味〉に関しては選択的である、ということになる。

では、ある物事が持つすべての〈意味〉は、このようないずれかの絶対的に依存する〈意味集合〉のいずれかに属していると言えるのだろうか。いや、そんなことはあるまい。たとえば、ラジカセにはテープカウンターや、ディスプレイライトなど、いろいろな付加機能がついているが、こんな付加機能のすべてが壊れてしまっても、べつにラジカセとして使えないことはあるまい。このような〈意味〉には、ラジカセの状況適合性はもとより依存してはいない。

また、選択絶対的である〈意味集合〉の要素が階層構造を形成することがあるだろうか。つまり、その要素がさらに選択絶対的〈意味集合〉であることがありうるだろうか。しかし、たとえば、複数のラジオ放送と複数のカセットテープにおいて、ラジオ放送の集合と、カセットテープの集合とが選択的であるわけではない。状況適合性が依存する意味としては、どのラジオ放送も、どのカセットテープも、音源としてまったく同列に選択的である。ということは、ここでは、それらはあくまで部分集合であって、階層構造ではない。ただし、このことは、状況適合性が依存する〈意味〉として同列である、ということであって、状況に適合した上で顕在する〈価値〉としてまで同等である、ということではない。しかし、状況適合性が絶対依存的である、ある〈意味〉がある状況において顕在しないならば、物事そのものが無意味になってしまう、という点において、このような〈意味〉は、その〈価値〉以前にきわめて重要である。

さらには、状況適合性が選択絶対的に依存する〈意味集合〉が複数も存在し、それらの複数の〈意味集合〉においてマトリックスを形成する、ということはある。たとえば、音源と電源とに関して、テープとコンセント、もしくは、ラジオとマンガン電池の組み合わせは状況適合的だが、テープとマンガン電池では適合不可能である、というようなことも考えられる。このように、一つの物事が多面的な〈意味〉を持つということは、その〈意味〉がたんに多面的であるばかりでなく、それらの多面的な〈意味〉が相互にも複雑な論理的関係にある、ということでもある。

以上を整理すると、物事は多面的な〈意味〉を含むが、まず、この中から、状況適合に関して付加的なものを除外することができ、その他はなんらかの選択絶対依存的な集合に分類することができ、そして、このような〈意味集合〉のそれぞれにおいて、少なくともその一つの要素である〈意味〉が状況に適合する場合にのみ、その物事は状況に適合し、有意味になる、ということができるだろう。つまり、〈意味〉とは、物事の持つ状況との紐帯である。

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