「互いの協力を得ることが難しい世界では、時間をかけて対立が深まっていく」レイ・ダリオの分析[Part 2](1/28)
世界最大級のヘッジファンド「ブリッジウォーター」の創業者であるレイ・ダリオ氏を迎えて、デビッド・フリードバーグ氏のホストで行われたThe All-In Podcastのコンテンツを紹介します。
1時間尺の動画の前半約40分の対談については、以下のPart1にて紹介しており、今回の投稿では、残り後半の対談を紹介しています。
対談全体としては、深刻化が進む米国の財政状況についてをテーマとしており、この点、前半と同様です。後半では、アメリカが債務危機を回避する方法についての提言、政治的リスクやAIの影響と国際秩序の崩壊リスク、そして米中関係の新たな対立形態と両国の戦略的思考の違いについての分析内容を披露する者となっています。以下は、各パートにおけるトピックスです。ご参考ください。
(5)債務危機を回避する方法
[論点]
リスクの解釈と評価/債務削減の4つの選択肢/3%ソリューション
(6)トランプ政権と財政
[論点]
政策財政/労働需給と利益分配/社会的対立
(7)厳しい未来に向かって静かに続く米中紛争
[論点]
戦争と経済の関係/異なる戦略的思考、異なる外交
※ 対談の中で参照されているレイ・ダリオ執筆の新刊『How Countries Go Broke』
※以下の(1)~(4)については、前述のPart1を参考下さい。
(1)現在のアメリカ財政状況
(2)大きな債務サイクルと呼ばれる潜在的債務危機とその影響
(3)他通貨と資産、ドルに対するヘッジ策
(4)ポートフォリオ構築、中国AI企業のリスク
1. インタビュー&ディスカッション(後半)
(Part1から続く)
(5)債務危機を回避する方法
[デビッド・フリードバーグ](ホスト、The All-in Podcast)
では、アメリカに話を戻します。アメリカが今後、より深刻な債務危機を回避するために取るべき、あるいは取らなければならない対策について、あなたの見解をお聞きしたいと思います。
実際、あなたは「美しいデレバレッジ」という言葉をよく使われますよね。これは、多額の債務を抱えた国が債務危機に直面したときに、複数の対策を組み合わせることで、できる限りダメージを抑えながら危機を解決する方法のことですね。まず、そのリスクの測定方法についてお話を伺いたいと思います。
あなたは、米国の長期国債に関するリスク指標を示していますね。長期と短期の両方についてリスク指標を持っていますが、短期のリスク指標では「リスクは0%」、つまり、目先のリスクはなく、経済は比較的バランスが取れているとされています。しかし、長期的にはリスク指標が「100%」、つまり、極めて高い状態にあると示しています。
さらに中央銀行についての分析では、短期リスク指標は0%ですが、長期リスク指標は46%と、過去最高レベルに近い数字となっています。
そこで、まずはこのリスク指標の構成について説明していただけますか? そして、この指標が私たちに何を示しているのかを教えてください。その後で、具体的な対策についてお話を伺いたいと思います。
[レイ・ダリオ](創業者、ブリッジウォーター)
ここで明確にしておきたいのですが、「100%」というのは「100%の確率でそれが起こる」という意味ではありません。「100%」というのは、これまでの中で最も高い水準にあるという意味です。つまり、リスクが最大限に高まっている状態を示しているということです。
もう少し説明すると、長期的なリスク評価は、現在のデータを基に、供給と需要、そして債務の返済負担という二つの要素を予測し、その圧力がどのように作用するかを測るものです。これをイメージしやすく言うなら、医者に健康診断を受けに行き、動脈にどれだけプラークが溜まっているか、ストレステストの結果がどうか、動脈の状態はどうなっているか、そうしたデータをもとに健康状態を診断してもらうようなものです。これが、最初の指標の役割です。
次に、もう一つの指標についてですが、これは、発作が起きている状態、つまり今まさに問題が進行している状態を示します。この場合、今起きている、というのは、たとえば市場での売り圧力が高まっていること、利回りスプレッドが拡大していること(つまり長期金利が上昇しているのに短期金利がそれほど動いていない状態)、中央銀行が介入せざるを得ない状況に追い込まれていることなどを指します。さらに、信用問題が発生し、債務の貨幣化が進行するという状況が続くことを意味します。
つまり、もし私が政府の政策担当者に向けて話すなら、今すぐに大きな危機が起きているわけではないが、現在の状態は非常に危険である、と言うでしょう。現時点では、まだ危機が完全に表面化しているわけではありませんが、いずれそうなる可能性が高いということです。ですから、今のうちに食生活を見直し、生活習慣を改善し、場合によってはステントを入れる(つまり、大規模な政策変更を行う)必要がある、ということです。それが、私の言う「100%」の意味です。
[デビッド・フリードバーグ]
では、こちらをご覧ください。ちょっとこのチャートを出しますね。ここで強調したいのは、CBO(議会予算局)の予測です。これは、米国政府の債務が政府の歳入に対してどれくらいの割合を占めるかを示したものです。あなたの著書でも指摘されていますが、GDPに対する債務比率よりも、政府が実際に生み出している歳入と債務の関係を見ることのほうが重要だとされていますね。
CBOの予測では、この比率が700%に達するとされています。つまり、政府は今後10年の間に、年間の歳入の7倍もの債務を抱えることになるということです。そして、あなたの提案では、この比率を今後10年間、横ばいに維持するための一連の対策が示されていますね。これが、あなたの著書の基本的なテーマでもあります。
具体的には、4つの選択肢を挙げられています。まず、税金を引き上げること。これは、国民の資産や所得が減ることを意味し、当然ながら負担が増えます。次に、歳出削減、つまり緊縮財政を実施すること。これにより、政府が提供するサービスや給付が削減され、国民の受けられる恩恵が減少します。そして、中央銀行が債務を買い取ること。これは市場に出回るお金が増えることでインフレを引き起こし、結果としてドルの価値や資産価値が下がるという、別の形の課税となります。最後に、債務の再構築、つまり通貨の価値を引き下げることで、結果的にすべての人が何らかの形で損失を被ることになります。
このように、それぞれの選択肢には影響があり、どれを取っても何かを失うことになります。この点について、もう少し詳しく整理していただけますか?
[レイ・ダリオ]
そうですね。まず、そのチャートに戻ってみましょう。これは、動脈に蓄積されたプラーク、つまり債務の負担を示していると考えてください。これらの数字を分析すれば、現状の全体像が見えてきます。そして、これは安定性の問題でもあります。
そこで、私は「3%ソリューション」と呼んでいる方法を提案しています。つまり、財政赤字をGDPの3%まで削減する必要があるということです。現在の予測では、赤字は7.5%に達すると見込まれていますが、どのように削減するかについては、人によって意見が異なります。ですが、私はそこにはこだわりません。大事なのは、議会も大統領も含め、すべての政策決定者がこの目標に合意し、実行することです。そして、その方法について議論すればよいのです。
[デビッド・フリードバーグ]
具体的には、年間で約9000億ドルの削減が必要になりますね。つまり、現在の赤字を半分以下に抑える必要があるということですね。
[レイ・ダリオ]
そうですね。たとえば、トランプ政権の減税が継続すれば、財政赤字は7.5%に達します。しかし、これを3%まで引き下げる必要があります。一見すると厳しいように聞こえますが、実は1991年から1997年にかけて、同じような財政調整を行ったことがあります。
この問題を解決するための重要なポイントは三つあります。まず、できるだけ早く着手すること。そして、スピーディーに進めること。さらに、景気が良いうちに実行することです。つまり、今すぐにやるべきだということです。よくある誘惑として、少しずつ調整して、3年後に達成しよう、といった考えがあります。しかし、景気が悪くなってからでは、もはや実行不可能になります。それが最悪のシナリオです。
今、経済状況は比較的良好です。だからこそ、今すぐ取り組めば、より大きなメリットを得られます。これが「3%の解決策」です。今すぐ実行し、債務削減を進める必要があります。たとえば政府の支出削減を行う場合、その目標を明確にし、関係者全員が「3%削減する」と明言しなければなりません。具体的な方法論については議論があるかもしれませんが、「3%を達成する」という数字は譲れないものです。それほどまでにこの目標を強く掲げ、「3%を実現できなければ、私は責任を取って辞職する」と言えるくらいの覚悟が必要です。
政府の支出削減についても、2兆ドル削減すべきなのか? 1兆ドルなのか? それとも5,000億ドルか?とさまざまな数字が飛び交いますが、重要なのは具体的な金額ではなく、「3%に到達すること」です。そして、それを一つの手法だけで達成しようとするのではなく、複数の手段を組み合わせる必要があります。
[デビッド・フリードバーグ]
そのとおりですね。
[レイ・ダリオ]
さらに言えば、もしこの削減を段階的に進めた場合、一度に大きな影響が出ることはありません。つまり、決して乗り越えられないほどの負担にはならないということです。私は著書の中で具体的な数字を示していますが、この本は無料でオンラインでも公開されていますので、誰でも読むことができますよ。
[デビッド・フリードバーグ]
週末に読みましたよ。久しぶりにハイライトを使いました。とても参考になる内容が多かったです。次はAIを活用して整理するかもしれませんが。
[レイ・ダリオ]
これは本を売るためのものではありません。すべて無料で公開しているので、誰でも仕組みを理解できます。ただ、大事なのは、削減できるものや活用できるものを見極めることです。では、どこを削減できるのか。政府支出を見てみると、全体の約70%は削減できません。つまり、削減可能な部分はごくわずかですが、それがどの程度かを把握することが重要です。その目安となるのが3%です。そして、もう一つ大切なのは、こうした取り組みを進めることで債券市場がプラスに働くという点です。
[デビッド・フリードバーグ]
その結果、金利が下がることになります。
[レイ・ダリオ]
そうです。金利が下がることで、最も重要なのは利払い費用の削減です。
[デビッド・フリードバーグ]
先日、大統領がインタビューで「金利を1%引き下げるべきだ」と発言しました。これは中央銀行に対し、利下げを強要しようとしているようなものです。しかし、もし政府が大幅かつ迅速に歳出を削減すれば、市場は自然と低金利へと反応するはずです。この点が非常に重要です。
[レイ・ダリオ]
その通りですね。
[デビッド・フリードバーグ]
これはぜひ多くの人に理解してほしいポイントです。
[レイ・ダリオ]
彼(トランプ)の言うとおりです。私の計算を見ても、金利を100ベーシスポイント引き下げれば、大幅な支出削減と同じ効果が得られます。だから、彼の指摘は正しいのですが、もしそれを他の対策なしに実行すれば、資金が市場から流出し、債券の魅力が低下してしまいます。そうなると問題が生じるでしょう。しかし、これらの対策を同時に進めれば、お互いを支え合うことができます。つまり、支出削減を進めるのはいいですが、それだけでは不十分なのです。
[デビッド・フリードバーグ]
それに、時間が経てば経つほど、高金利のもとで利払いが膨らみ、債務も増えてしまいます。そうなると、将来的に必要な削減幅がさらに大きくなり、いわゆる、算数的な死のスパイラル(the arithmetic death spiral)に陥るのです。対応が遅れれば遅れるほど、後で必要な削減が指数関数的に増えていきます。だからこそ、早めに手を打てば、その分削減負担も軽くなるのです。
[レイ・ダリオ]
その通りです。
[デビッド・フリードバーグ]
これはとても重要なことです。もう一度言わせてください。政府関係者の方々に伝えたいのは、早く削減すればするほど、削減しなければならない量も少なくなるということです。
[レイ・ダリオ]
そうですね。そして、それを無理なく進めることもできます。少しずつ削減していけば、それが積み重なります。でも、そうしなければ、負担がどんどん膨らんでしまうのです。
(6)トランプ政権と財政
[デビッド・フリードバーグ]
少し政治の話をしましょう。DOGE(政府効率化省)やその概念だけで十分なのか、それとも法整備が必要なのか。そして、選挙のサイクルを考えたときに、その法整備に関する政治的な動きについても話したいと思います。
[レイ・ダリオ]
ここには複数の要素が絡んでいます。DOGEだけの話ではありません。規制の緩和、AIによる生産性の向上、それが利益につながり、資本利益やその他の形での収益を生む可能性など、さまざまな要素が関わっています。しかし、全体を見渡すと、非常に厳しい状況であることは明らかです。
一方で、関税も財源の一つになります。人々は関税を税金として意識しませんが、実際にはインフレ要因になります。なぜなら、関税がかかることでコストが上がるからです。
問題の本質は、これらの数値をどう扱うかということです。AIや新技術による効率化がどれほどの生産性向上や利益増加をもたらすのか、また、その他の要因がどの程度影響を与えるのか、正確に予測するのは非常に難しいという点です。正直なところ、私たちにもその答えはわかりません。
しかし、重要なのは「ギリギリの状態にある」ということです。そして、これを単なる賭け事のようにするのではなく、確実に3%という目標に到達することが求められます。偶然に頼るのではなく、確実に到達できる計画を立てなければなりません。「3%に到達するための明確な道筋」が必要なのです。
[デビッド・フリードバーグ]
この状況においては、バイデン氏が勝利せずに、トランプ氏が大統領になったことの方が良いことなのでしょうか?
[レイ・ダリオ]
財政面に関して言えば、そうだと思います。収益性の向上や支出削減の可能性を考えると、共和党の方がこうした動きをとる可能性が高いと考えています。ただし、それに伴う社会的な影響や他の要素も考慮しなければなりません。国内では分断が深刻化し、国際的にも緊張が続いています。そうした二次的な影響を踏まえる必要があります。重要なのは、憶測ではなく、具体的な数字として3%の目標を確実に達成することです。特に私が懸念しているのは、AIによる利益が本格的に生まれるまでのタイムラグです。その間に生じるギャップが問題になると思っています。
[デビッド・フリードバーグ]
まさに次に聞きたかったのはその点です。AIが急速に発展し、多くの職が失われる可能性があります。例えば、コールセンターや自動車製造ラインなどで働く人々、1.5万人、300万人、500万人と、失業する人が増えるかもしれません。そして、AIによる生産性向上が新たな市場や経済の成長につながる前に、多くの人が職を失う状況が生まれるでしょう。その時、政府関係者や政治家は、この人たちを支援しなければならない、景気刺激策を講じるべきだ、新たな支援制度を導入すべきだ、と声を上げるはずです。AIの普及によって、こうした移行期に対する公的支援の需要が急増するのは避けられないのではないでしょうか。
[レイ・ダリオ]
そうです。ただ、これは二つの側面があります。まず短期的な視点では、収益への影響がどうなるかということです。しかし、収益や生産性向上による財務面の影響が、現在の需給問題を解決するには十分ではないと思います。今年なのか、来年なのかという話ですが、例えば心臓発作のリスクがあるとしましょう。そのときに、いつか生産性が向上し、それが利益となって財政赤字を補うだろう、と言われても、それは遠い未来の話であり、今すぐ必要とされる解決策にはなりません。
もう一つの側面は、その利益の分配の問題です。これは非常に政治的な議論にならざるを得ません。なぜなら、その影響は極めて大きく、誰も正確に予測できないからです。ただ確かなのは、多くの仕事が失われ、大きな変化が起こるということです。その変化にどのように対応するのか、そもそもそのための計画にどう合意するのか。それは簡単なことではなく、おそらく私たちの生きている間に、合意を得るのはますます難しくなるでしょう。
むしろ、国と中央政府の間での分裂が進むかもしれません。これはアメリカ国内に限らず、世界全体でも同じことが起こるでしょう。意見の対立が深まり、合意に至らないことが、より大きな分断を生む可能性があります。私はその時間軸を懸念しています。
今は政権発足後の最初の100日、いわゆるハネムーン期間です。私は長くこの世界を見てきたので、この期間がどのようなものかをよく理解しています。この間は、法改正を進めたり、スピーディーに動くことができます。しかし、その後の100日が過ぎると状況は変わります。
次に重要なのは、2年後の中間選挙です。選挙から約18カ月が経過すると、当初の予想とは異なる展開が出てくるでしょう。需給問題の影響も加わるかもしれません。経済サイクルの平均は6年程度で、プラスマイナス3年の幅があります。つまり、その頃にはサイクルの後半に差し掛かっています。中間選挙までに状況が安定しているのかどうか。
おそらく、中間選挙では大きな対立が生じることになるでしょう。
[デビッド・フリードバーグ]
ここで二つの質問をさせてください。
一つ目の質問です。もし大規模な予算削減を行えば、多くの雇用が失われます。また、AIの発展が急速に進めば、これもまた大量の雇用喪失につながります。では、雇用が大幅に失われた場合、それがアメリカにおける社会主義の台頭を助長することにはならないでしょうか?
[レイ・ダリオ]
私たちはうまく実行できると思います。私が「3%の解決策」と言うとき、それは数パーセントの調整を行うことで、大きな混乱を引き起こすことなく達成できるという意味です。適切に制限を設ければ、大きな混乱なく対応できるでしょう。その過程では、金利の動きも支えとなります。まず、この課題を解決しなければなりません。もし解決できなければ、アメリカ国内で大きな対立が起こる時代に突入することになるでしょう。
これは理想郷へ向かう道のりではありません。むしろ、法的な対立が多発し、州ごとの争い、民主党・共和党の対立、さらには州の内部でも混乱や不満が生じることになるでしょう。その根本にあるのは、資金と権力をめぐる争いです。そして、あなたがおっしゃるように、社会主義者、左派、右派といった勢力が対立し、内戦のような社会的衝突が続く可能性があります。
この道のりは、単純に繁栄へと向かうものではありません。同時に、私は「5つの大きな力」と呼んでいる要素も関わってきます。まず、債務と貨幣の問題があります。そして、国内対立が法制度を試すことになるでしょう。今の国際環境では、力こそが正義という風潮が強まっています。
同じような対立は、例えば中国との関係にも表れています。もはや協調的な世界秩序を目指す動きすらなくなりました。世界保健機関(WHO)や世界貿易機関(WTO)のような組織は、もはや時代遅れになりつつあります。結果として、国際社会でも、力こそが正義という状況が続くでしょう。
そのため、今後は対立が激化する時代に入ります。技術戦争が起こり、軍事費の増加が避けられなくなります。この状況が財政問題をさらに深刻化させるでしょう。また、気候問題も経済的な課題であると同時に、環境問題としても無視できません。こうした要因が重なり、支出はますます増加していくでしょう。
つまり、左派・右派の対立、そして社会的な対立はこれからも続くのです。
[デビッド・フリードバーグ]
これは「熱い」内戦となるのでしょうか? 人々は街頭に繰り出して暴動を起こすのでしょうか? もちろん、歴史的に社会的な蜂起は何度も起こっていますが、今後10年間でアメリカには何が起こると思いますか?
[レイ・ダリオ]
重要な点は二つあります。一つ目は、法制度がしっかり機能するかどうかです。たとえば、最高裁判所や中央銀行の独立性についての質問がありましたが、それと同じように、法律はきちんと機能するのか?という問いが重要になってきます。私は、機能しないと言っているわけではなく、それが問われる時代になるということです。
これは州ごとに異なる状況になるでしょう。州と連邦政府の間で多くの対立が生まれるはずです。その中で、意思決定の仕組みがどこまで維持できるのかが課題になります。力こそが正義という考え方が支配するのかどうか。たとえば、聖域都市(サンクチュアリ・シティ)に関する問題などがどのように処理されるのか。これは最も重要なポイントです。
そしてもう一つは、大きなストレスや困難が生じたときにどう対応するかです。現時点ではまだ比較的安定しています。しかし、これから状況は悪化していくでしょう。そして、その混乱が進む中で、国際情勢も同時に大きく変化していきます。
今、各国の内部でも同じような対立が起きています。ヨーロッパを見ても、同様の動きが見られます。アメリカの債務問題について話をしていますが、ヨーロッパでも同じ問題が発生しています。政治的な分極化が進み、経済的な問題が対立を深め、世界中で同じような状況が起こっています。
これからの時代は、すぐにではなくても、時間をかけて確実に対立が深まっていく環境になるでしょう。10年という時間軸で考えたとき、その中には必ず、地獄のような時期が訪れるはずです。問題はさらに大きくなり、それに対応するための協力はますます難しくなるでしょう。
(7)米中紛争の行方
[デビッド・フリードバーグ]
その点について、外部の紛争が国内の財政問題解決にどのような役割を果たしてきたか、お話しいただけますか? 以前の著書『The Changing World Order』の中で、外部の紛争が金融サイクルと連動する歴史的な関係について触れられていましたよね。現在のアメリカの状況を踏まえると、米中関係にどのような影響があるとお考えですか? 国内が困難な状況にあるとき、人々は戦争に向かいやすい傾向があります。戦争は景気刺激策として機能する側面もありますが、それが今回の要因になり得るでしょうか? 今後10年間で米中関係はどうなると思いますか?
[レイ・ダリオ]
お金の変動に関わるサイクルがあり、それが国際紛争にも影響を与えます。資金が不足すれば、国際紛争を支えるための資金も必要になり、同時に国内の国民を満足させるための資金も必要になります。しかし、現在は国際的な意思決定の枠組みが機能していません。国際連合(UN)も世界保健機関(WHO)も、もはや十分に機能していない状況です。つまり、国際的なルールが存在しない中で、各国が力による主導権争いを繰り広げる「力こそが正義」の時代に突入しているのです。
このような状況が、特に今、複雑に絡み合っています。さらに、技術革新の競争もあります。技術戦争に負ければ、軍事戦争でも敗北することになります。それが引き起こすストレスや資源不足は、非常に危険な状況を生み出します。もちろん、生産性の向上は助けになりますが、それだけで問題が解決するわけではありません。たとえば、1920年代は、株式市場のバブルが生じる前の時期であり、発明や特許、技術革新が最も多かった時代の一つでした。同時に、債務が膨れ上がり、富の格差や価値観の違いが広がっていきました。
つまり、こうした経済的・社会的な圧力から逃れることはできません。世界が協力を得ることが難しくなっている中、今後も多くの緊張が続くでしょう。歴史を振り返れば、戦争は起こるものです。そして、ここで言う「戦争」とは、軍事的な戦争だけでなく、それ以下のレベルの対立も含みます。今後、米中間で本格的な軍事衝突が起こるかどうかは断言できません。ただ、ソ連とアメリカの関係のように、核の大量破壊のリスクがあるため、直接的な戦争を避ける可能性は高いでしょう。しかし、歴史的に見ても、これからの時代は非常に困難な時期になることは間違いありません。
[デビッド・フリードバーグ]
あなたの著書の中で、アメリカと中国の戦い方の違いについて触れていますよね。私の理解が間違っていたら訂正してください。
アメリカは真正面から戦争に挑み、オープンな対立を好む一方で、中国は『孫子の兵法』のように、より巧妙で慎重な戦い方をする。相手に次の一手を悟らせない。こういった見方は正しいでしょうか?
[レイ・ダリオ]
中国における一般的な考え方は、『孫子の兵法』に基づいています。これは歴史を通じて受け継がれ、現在も根付いている思想です。その基本理念は、「もし戦争に突入することになったのなら、それは戦わずに勝つだけの知恵が足りなかった証拠だ」というものです。戦争は欺瞞や策略を用いて勝利するべきであり、正面衝突はできる限り避けるべきだとされています。なぜなら、戦争は大きな損害を伴うものであり、重要なのは戦うことではなく、目的を達成することだからです。
こうした考え方は、中国の外交戦略にも表れています。国際関係には「朝貢システム」という概念があります。このシステムは、権力のヒエラルキーに基づいており、強い国が上位に立ち、弱い国はそれを認識し、敬意を払うべきだというものです。この考え方は儒教的な価値観に根ざしており、各国は自分の立ち位置を理解し、より弱い国は強い国に貢物を捧げます。その代わりに、強い国は弱い国を尊重し、対立を避けながら協力関係を築くべきだと考えられています。最終的な目的は、戦争によって破壊をもたらすのではなく、調和と繁栄を実現することにあるのです。
中国の歴史家であり元副首相でもあるワン氏は、この考え方と対照的な「地中海方式」について私にこう説明してくれました。歴史的に見て、地中海世界には明確な国境がなく、制限のない戦いが繰り広げられていました。現在のような国境を尊重する概念が確立されたのは、17世紀半ばのウェストファリア条約(約1650年頃)以降のことです。それ以前のヨーロッパでは、30年戦争のような長期戦が続き、各国は戦争を重ねることで戦いの技術を磨いていました。そして、30年にわたる戦争の末、「国境を引き、それぞれの国の内政には干渉しない」というルールが生まれ、これが現在の国家システムの基盤となりました。
この違いこそが、中国と日本が「百年の屈辱」と呼ぶ時代を迎えた背景の一つです。1830年代後半以降、西洋列強がアジアに進出し、アヘン戦争のような戦争が起こりました。当時の欧米諸国は、長年にわたり戦争を繰り返し、その軍事力を強化していました。一方で、中国や日本は戦争を重視していなかったため、圧倒され、支配を受けることになったのです。
少し歴史を語りすぎたかもしれませんが、重要なのは、中国とアメリカでは紛争に対する考え方が根本的に異なるということです。そして、それは現在の国際関係にも反映されています。「半導体戦争(Chip War)」や最新のニュースを見ても、その違いがはっきりと表れています。
[デビッド・フリードバーグ]
そうなんですよね。私はいつもこう話しているんです。中学校の生徒会選挙で「自動販売機を無料にします!」と宣言する子どもがいるじゃないですか。でも、残念ながら、民主主義の選挙というのも、ある意味で同じような構造を持っているんですよね。とても難しい問題です。
今週の公聴会を見ていて、私は非常にフラストレーションを感じました。上院議員たちが「私の選挙区にこれだけの予算を持ってきた」「こんな支援を確保した」と誇らしげに話していました。彼らの目的は、有権者に向かって「私がこれを実現しました!」とアピールすることです。そして、議会に行き、さらに多くの予算を獲得しようとする。その結果、政府の支出は膨れ上がる一方で、削減するインセンティブが全くないのです。
そして今、私たちは非常に厳しい危機の瀬戸際に立っています。だからこそ、私は本当に願っています。政治家たちが真のリーダーシップを発揮し、「今、困難な決断をしなければ、10年後、20年後には取り返しのつかない事態になる」とはっきり伝えることを。彼らが国民に向けてその現実をしっかりと伝え、「このままではいけない、大胆かつ迅速な改革が必要だ。そうでなければ、この国を守ることはできない」と勇気を持って訴えることを。
あなたがこの本を書き、このメッセージを伝えてくれたことを本当に感謝しています。そして、この声が届くことを心から願っています。これは非常に重要なことです。本当にありがとうございました。
[レイ・ダリオ]
私たちには、これをやり遂げる力があります。そして、もしそれができなければ、アメリカの力は国内外で大きく低下するでしょう。だからこそ、私も感謝しています。こうした対話ができることに感謝しています。ダグ、私たちがこうして率直に話せることにね。ただ、みんなが論理的に行動するだけでいいんです。このことは、そんなに難しいことなのでしょうか?
[デビッド・フリードバーグ]
そうですね。でも、自動販売機を無料にするのはちょっと待って、次の世代のために学校を存続させることを考えたほうがいいかもしれませんね。
今日は本当に素晴らしい話ができました。ありがとうございました。
[レイ・ダリオ]
あなたの知識は本当に素晴らしいです。とても貴重な内容でした。リスナーのために、こうやって伝えてくれて感謝しています。
[デビッド・フリードバーグ]
私も本当に重要なテーマだと思います。だからこそ、長い時間をかけて考え、心配もしています。あなたのメッセージはとても明確で、重要なものです。そして、それを的確に伝え、素晴らしい文章で表現されています。私はこの週末にあなたの本を全部読みました。
こうしてすべてを言葉にしてくれたこと、本当に感謝しています。ワシントンDCで私たちの番組を聞いている人たちに、ぜひこの話が届いてほしいと思います。実は、私も週末に就任式に参加して、多くの議員や新しい閣僚と会いました。でも、正直言って、期待していたものがそこにはありませんでした。非常にがっかりし、落胆しました。
だからこそ、こうして訴え続けることが大事だと思います。私たちは諦めません。これからも話し続けますし、あなたの努力にも感謝しています。
[レイ・ダリオ]
できる限りのことをやるしかありませんね。
[デビッド・フリードバーグ]
その通りです。本当に感謝しています。ありがとうございました。
[レイ・ダリオ]
ありがとう、デイブ。
2. オリジナル・コンテンツ
オリジナル・コンテンツは、以下リンクからご覧になれます。
尚、本投稿の内容は、参考訳です。また、意訳や省略、情報を補足したコンテンツを含んでいます。
All-In Podcast
(Original Published date : 2025/01/28 EST)
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だうじょん
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