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経験則だけの対処の困難な経済サイクル:米国労働環境改善への見通し


 サーム・ルールの考案者であるクラウディア・サーム氏を迎えたSchwab Networkのインタビューをご紹介します。
このインタビューでは、米国の労働市場にフォーカスし、FRBの政策金利の利下げやサーム・ルールの有効性、また移民政策や労働市場への影響について議論が行われています。
 クラウディア・サーム氏は、パンデミック後の経済サイクルが従来の指標や経験則に当てはまらない複雑さを持っていると指摘し、失業率が上昇しているものの、消費や生産は健全であり、必ずしも不況に陥っているわけではないと述べています。 また、FRBの0.5%の利下げが経済回復のための適切な調整手段である一方、労働市場の回復は、企業の慎重な採用姿勢や政策の影響により遅れる可能性があるとしています。さらに、大統領選挙の結果、特に移民政策の変化が、今後の労働市場にリスクをもたらす可能性があることにも注意が必要だと述べています。

以下は、主なトピックスです。

  • サーム・ルールの適用性:従来の指標だけでは現在の複雑な経済状況を読み解くことは難しい

  • 米国労働市場の不透明さ:失業率や入職率などの指標が混乱し、労働市場は依然として不透明。企業の慎重な採用態度が懸念材料。

  • FRBの利下げの影響:不況を反映したものではなく、緩和サイクルへの調整の位置づけ。従来の経験則が通用せず、慎重な政策運営が必要。

  • 移民政策と労働市場:移民政策の変更が労働市場におおきく影響を与える。労働力不足は供給面での混乱を招く可能性。





(1)インタビュー


[オリバー・レニック](Schwab Network)
 
米国経済は、コロナ後も驚くほど良好な成長を続けています。現在、投資家にとっての課題は、FRBによる50ベーシスポイントの利下げや政策転換が経済にどのような影響を与えるか、そしてその利下げが経済の基礎的な弱さを反映しているのかという点です。

 本日は、労働市場などについてお話を伺うため、ニュー・センチュリー・アドバイザーズのチーフエコノミストであり、サーム・ルールの考案者でもあるクラウディア・サームさんをお迎えしています。ご出演いただき、ありがとうございます。

[クラウディア・サーム](New Century Advisers)
 ここに来られて嬉しいです。

[オリバー・レニック]
 ご出演いただき感謝しています。
 ではまず、サーム・ルールについてお話ししましょう。このルールは8月に発動されましたが、これまでに何度もご説明されている通り、今回は過去のような不況を確実に示すものではないと、それほど心配されていないとのことでした。現在のお考えをお聞かせいただけますか?

[クラウディア・サーム]
 そうですね、不況の指標であるサーム・ルールは、失業率の変化に基づいています。このルールの閾値は、前年から0.5ポイントの増加という比較的小さな変動です。3か月の移動平均でこれを測りますが、通常の不況では、最終的に失業率が少なくとも2ポイント以上上昇することが一般的です。そのため、これまでこのルールは非常に有効に機能してきました。実際、すでに失業率は1年間で0.5ポイント以上上昇しています。しかし、消費者支出、所得、生産、雇用などの他の指標を見る限り、今のところ米国経済は不況に陥っているわけではありません。経済全体が縮小している状況ではないのです。
 今回のサイクルは非常に複雑で、多くの部分がパンデミックによって引き起こされました。このパンデミックは経済要因ではなかったため、経済の読み解きが非常に難しくなっています。サーム・ルールのような単純な指標も、このサイクルでは必ずしも当てはまらない状況になっています。失業率の上昇に注目する必要はありますが、それだけではなく、歴史的な経験に頼るだけでは、このサイクルを乗り切ることは難しいと思います。

[オリバー・レニック]
 変化率と名目レベルについて考えると、あなたの指標が変化率の指標であることを踏まえ、どのように影響するか気になります。景気後退というと一般的に減速、つまり変化率の話になりますが、今回はコロナ対策としての大規模な経済刺激策がありました。これにより、レベル自体は良好に見えるとしても、変化率の悪化という条件には当てはまった状況かと思います。この点について、どのように分析されていますかか?

[クラウディア・サーム]
 失業率指標に関して、そしてインフレなど他の指標にも言えることですが、今回のサイクルでの変動の原因が何かという点が非常に難しいところです。大きな経済的混乱があっただけでなく、その多くが供給サイドから発生しています。失業率について言えば、労働力人口が急増すれば失業率は上がり、逆に大幅に減少すれば失業率は下がるということが起こります。そして、パンデミック以降、両方の現象を経験しました。これが指標を歪める原因となるのは、調整に時間がかかるからです。労働者が増えること自体は良いことですが、全員が仕事に就くまでに時間がかかります。その間、経済の成長がやや鈍化する時期が生じます。これは、通常の不況で見られるような、労働者に対する需要が急減する状況とは全く異なります。
 変動があること自体は、景気循環を理解するうえで当たり前のことですが、今回のように大きな変動が起こると、それが不況に入る兆候なのか、不況から抜け出す兆候なのかを判断するのが難しくなります。過去にも、失業率や経済成長の水準が大きく変動した時期はありましたが、それは他の構造的な要因によるものでした。しかし、過去4年半で経験したような大きな変化は、必ずしも構造的なものではなく、パンデミックによる非常に大きな混乱が原因です。この影響が解消されるまでに時間がかかっているのです。

[オリバー・レニック]
 先日50ベーシスポイントの利上げが行われました。これが、ある意味でインジケーターというよりは、市場におけるシグナルのようなものです。過去には、急速な利下げが市場のパフォーマンスが悪化している際に行われ、一方でゆっくりした利下げは経済の状況にメッセージを送ることがありました。今回のFRBの行動については、適切かつ必要な対策であったと考えていらっしゃいますか?それとも、これは失業率に対する対策だと思いますか?

[クラウディア・サーム]
 そうですね、まだ「勝利宣言」は時期尚早ですし、FRBとしてもそうした態度は適切ではないと思います。ただ、パウエル議長が使った「再調整(recalibration)」という言葉は非常に適切だと思います。FRBが金利を引き下げている理由は、まず第一に、インフレが鎮静化し、2%の目標に向けて着実に進んでいるためです。今回の50ベーシスポイントの利下げは大きな一歩ですが、今後もさらに多くの利下げが予想されます。FRBの政策ツールは効果が出るまでに時間がかかるため、過度に引き締めを続けると、必要以上に経済を鈍化させてしまう危険があります。
 特に今年を通して、FRBはインフレに関するデータを慎重に待っていました。なぜなら、これまでのモデルや経験則が今回は機能していなかったからです。ですので、50ベーシスポイントの利下げは、FRBがようやく自信を持てるようになった時点で、少し早めに動いた結果だと考えています。しかし、それは同時に、データを待ち続けていたため、タイミングを見計らっていたことも反映しています。今回のサイクルが非常に異例であるという点に合致しているのです。そのため、今回の利下げはパニック的なものや不況を意識したものではなく、適切な金利水準に調整し、緩和サイクルへの道筋を整えるための措置だと考えています。

[オリバー・レニック]
 サーム・ルールが適用されない理由についての説明に戻りますが、労働力と移民が大きな要因の一部であるように思われます。先日、パウエル議長もこの件について言及していました。あまり脱線したくないのですが、11月が近づく中で、移民政策に大きな変化があった場合、来年にはそれが雇用データにどのように影響すると予想されますか?また、その影響はどのように現れるでしょうか?

[クラウディア・サーム]
 確かに、どのような政策が導入されるかによって変わってきますね。
米国経済が成長するためには、労働力人口を増やす必要があります。しかし、現在は高齢化という人口動態の課題を抱えています。そのため、移民だけに頼る必要はありません。例えば、女性やその他の介護者の労働力参加を促すような政策でも労働力を増やすことが可能です。成長を促進する立場というのは、労働者を支援し、労働力を強化することでもあります。その方向に進む必要があります。
 一方で、移民の大幅な削減は問題を引き起こす可能性があります。2021年から2022年初頭にかけて労働力不足が深刻で、消費者から企業、さらには他の労働者にまで大きな影響を及ぼしていました。この問題は、国外からだけでなく国内からも労働力を増やすことで、ある程度解決されました。労働力不足を「顧客を減らす」のではなく「労働力を増やす」ことで解決したわけです。FRBが金利を引き上げて、私たちが消費を減らすことで経済を冷やす方法とは対照的です。これは、良い政策がどれだけ重要かを示しています。そのため、労働力に関しては慎重に考える必要があります。確かにこれは重要な問題であり、私たちはその影響を実感することになるでしょう。

[オリバー・レニック]
 一つ注目しているのは、採用率です。これは、職の空き状況と並んで、重要な指標の一つです。ただ、職の空きは減少していますよね。いわば、パンドラの箱を開けたような状況とも言えるかもしれません。どの時点で状況に安心感を持てると思いますか?採用率だけを見ますか?それとも他に警戒すべき重要なシグナルがありますか?

[クラウディア・サーム]
 私の考えでは、入職率(hiring rate)が2014年に近いレベルまで下がってきていることが懸念材料です。当時の失業率は6%で、あの時の労働市場は決して良好ではありませんでした。それが、私が注目している統計の中でも最も気がかりな点です。問題にしっかりと向き合い、何が起こっているのかを見極めるべきだと思います。現状を見ると、企業がある程度様子見の姿勢を取っているように感じます。解雇は非常に少なく、これは良い兆候です。この点は維持したいのですが、一方で、採用には慎重な姿勢が見られます。これが問題です。
 では、何がこの状況を改善するのかというと、金利を下げるだけでは十分ではないかもしれません。もしかすると、選挙を終えて不透明感が解消されるまで待つ必要があるかもしれません。そうでなければ、企業側に問いかけるべきでしょう。「何が採用を妨げているのか?」と。大きな視点で見れば、消費者支出も好調で、GDPや投資も良好です。しかし、入職率が回復し、人々が雇用されるようになるまでは、雇用統計は期待通りには改善せず、失業率も引き続き上昇する可能性が高いと考えています。

[オリバー・レニック]
 では、しきい値というものはあるのでしょうか?たとえば、サーム・ルールで「今回は適用されないかもしれないけど、あるレベルに達したら適用される」といった明確なラインはありますか?

[クラウディア・サーム]
 私自身、このサイクルにおいては、シンプルな経験則に過度に依存しないようにしています。確かに、一般的な指標が労働需要の弱まりを示している部分もあり、これは問題であり、不況や景気後退につながる可能性もあります。しかし、それがすべてではなく、少し誇張されている部分もあると思います。だからこそ、私はサーム・ルールを細かく再調整して、正確にどの数値を心配すべきかを探るつもりはありません。むしろ、大局的に全体のパズルのピースを見渡し、その間にある緊張関係を理解しようと努めています。これが、現在の状況を乗り越えるための方法だと考えています。
 そして、今後は、シンプルなルールをどのように強化して、今回のような複雑な状況に対応できるようにするかを考えることができるでしょう。しかし、今はまずこの複雑さを受け入れて、その中で対処していくことが重要だと思っています。

[オリバー・レニック]
 素晴らしい洞察をありがとうございました。また、パズルのいくつかのピースを明示していただき感謝しています。




(2)オリジナル・コンテンツ

 オリジナル・コンテンツは、以下リンクからご覧になれます。
尚、本投稿の内容は、参考訳です。また、意訳や省略、情報を補足したコンテンツを含んでいます。

Schwab Networkより
(Original Published date : 2024/09/25 EST)

[出演]
  New Century Advisers
    クラウディア・サーム(Claudia Sahm)
    Chief Economist

  Schwab Network
    オリバー・レニック(Oliver Renick)



以上です。



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だうじょん


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