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関税の連鎖で瀬戸際に立つ北米貿易圏のUSMCA。1ヶ月の猶予で事態収拾可能なのか?
2025年2月4日、元ニューヨーク連邦準備銀行総裁のウィリアム・ダドリー氏を迎えて行われたBloombergのポッドキャスト・インタビューの内容を紹介します。 同氏は、カナダおよびメキシコへの関税政策が、米国とこれらの国々との統合経済圏に深刻なダメージを与える可能性があり、インフレや経済成長に悪影響を及ぼすと指摘しています。
カナダからの不法移民やフェンタニルの流入は実際にはわずかであり、25%の関税をカナダに課すのは単なる言い訳に過ぎないとの見解を示し、一時的に関税の発動が延期されたものの、短期的な事態収束には多くの疑念があると述べました。
また、金融市場では「トランプ氏が戦略的な交渉手段として関税をちらつかせているだけ」という楽観的な見方がある一方で、ダドリー氏は、トランプ大統領が関税によって米国経済が利益を得られると本気で信じている可能性を懸念し、インフレ期待の上昇や報復関税の連鎖によって、北米の自由貿易経済圏(USMCA)がもたらす経済的恩恵が危機にさらされる可能性があると強い危惧を表明しています。 ご参考下さい。
1. インタビュー
[アリックス・スチール](Bloomberg)
元ニューヨーク連邦準備銀行総裁のビル・ダドリー氏は、最新のブルームバーグのオピニオン記事で「カナダとメキシコへの関税は、米国が世界的な競争力を維持するための経済エコシステムに深刻なダメージを与える」と述べています。
本日は、ビル・ダドリー氏にさらにお時間をいただき、詳しく伺います。 この関税の影響はインフレ面と成長面のどちらにより強く現れるとお考えですか?
[ウィリアム・ダドリー](前NY連銀総裁)
まず最初に申し上げたいのは、何が起こるかはまだわかりませんが、仮に関税が1か月後に全面的に導入されるとしたら、その影響は両方に現れるということです。価格は上がり、成長は低下します。なぜなら、すべてが高くなるからです。また、供給網の混乱も招き、生産性の成長も鈍化するでしょう。価格と成長のどちらに主に影響が出るかを決める鍵となるのは、関税による価格上昇が人々のインフレに対する見方、つまりインフレ期待にどのように影響するかです。もしインフレ期待が2017年、2018年、2019年のようにしっかり固定されていれば、FRBは価格上昇を一時的なものと見なし、成長に重点を置くことができます。しかし、価格上昇がインフレ期待に影響を与えた場合は、はるかに厄介な状況になります。現在の状況は2018年や2019年とは異なります。当時はインフレがFRBの2%目標を下回っていましたが、現在は4年以上にわたって、その目標を上回る水準が続いています。
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[アリックス・スチール](Bloomberg)
選挙以降、2年先のインフレ期待が上昇しています。現在およそ3%あたりですが、もし今もFRBにいらっしゃったら、これをどのように理解されますか?
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[ウィリアム・ダドリー](前NY連銀総裁)
まず、それが一時的な現象なのか、長期的に続くものなのかを見極めようとするでしょうね。インフレ期待を測る指標はいくつかありますが、特に長期的なものを重視します。例えば、TIPS(物価連動国債)と通常の米国債のスプレッドを見れば、5年先から10年先のインフレ期待を計算できます。その指標はほとんど動いていません。だからこそ、FRBが注目するのは短期的なインフレ期待ではなく、むしろ長期的なインフレ期待です。ただし、関税が引き上げられれば短期的には価格が上がることはわかっています。
[ロメイン・ボスティック](Bloomberg)
トランプ氏が行っている、もしくは少なくとも公にはそう言っていることについて、バランスを取ろうとしているという見方もできますか?特に、経済への影響や市場への影響について具体的に問われた際、彼は解決しようとしている問題自体が経済的な重荷になっているとも述べており、その間でバランスを取ろうとしているように見えましたが。
[ウィリアム・ダドリー](前NY連銀総裁)
確かにそのような主張も可能かもしれませんが、例えば、カナダに一律25%の関税をかけるというケースでは、目的とされることが2つあります。ただ、カナダから米国への不法移民はほとんどいませんし、カナダからのフェンタニルの流入量もごくわずかです。ですので、25%の関税をカナダに課すのは、そうした理由というよりは言い訳に過ぎないように見えます。カナダやメキシコへの25%の関税が大きな問題なのは、これらの国々が米国と統合された経済圏の一部であるということです。この10年間で進んできたオンショアリングやフレンドショアリングによって、カナダ経済やメキシコ経済は米国と深く結びついています。ここで25%の関税を導入すれば、この統合と経済的な協力関係を壊してしまい、米国にとって多くの恩恵をもたらしていたものを台無しにすることになります。
[ロメイン・ボスティック](Bloomberg)
そうですね、正直なところ、25%の関税を導入することで、トランプ氏は自らの米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)を事実上破棄しているようなものですし、その前の協定も彼自身が破棄しましたよね。経済学者の視点、特にFRBの経済学者の視点で見ると、ここ数日間でデイリー総裁やボスティック総裁、コリンズ総裁、他にも数名のメンバーが「現時点では様子を見るべき」と明確に述べています。インフレがはっきりと見えるまでは対応しない、という考えです。これを丁寧にお聞きしたいのですが、FRBがもっと積極的に動くべきだという考え方には合理性がありますか?
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[ウィリアム・ダドリー](前NY連銀総裁)
FRBが様子を見るのは理にかなっていると思います。その理由は2つあります。1つ目は、現在の金融政策は抑制的だとFRBが考えていることです。抑制的な環境で様子を見ること自体が、インフレに対する一定の抑制効果を持っています。また、2つ目は、状況が急速に変わる可能性があるからです。この48時間だけでも、カナダとメキシコへの25%関税が即時実施される予定から、1か月の猶予期間が設けられる状況に変わりました。この猶予期間が3月上旬に終わった際に何が起こるのか、見守る必要がありますね。
[アリックス・スチール](Bloomberg)
では、関税の影響が実際の消費者やインフレ期待に反映されるまで、どのくらいのスピードで進むとお考えですか?過去の経験や研究に基づいて教えてください。
[ウィリアム・ダドリー](前NY連銀総裁)
かなり早いと思います。輸入品のコストが大幅に上がるとわかれば、すぐに店頭の価格が引き上げられます。業者は、今ある商品をより高いコストで仕入れる必要があることを認識していますからね。それに、消費者も価格が上がるとわかれば前もって買いだめをしようとします。これがまた、販売者にさらなる値上げの余地を与えることになるのです。ですので、高い関税がより高い物価に反映されるのは、それほど時間がかからないでしょう。
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・米国GDPを1.2%押し下げる可能性
・コアPCE(個人消費支出)を約0.7%押し上げる可能性
(ブルームバーグ分析)
[アリックス・スチール](Bloomberg)
きっとお気に入りの質問だと思いますが、ブルームバーグ端末の世界の予想金利確率を見ると、現在約34ベーシスポイントの利下げが織り込まれています。また、モルガン・スタンレーは、今年の利下げは1回で、6月に実施されると述べていますが、この見方は妥当だと思いますか?
[ウィリアム・ダドリー](前NY連銀総裁)
それは妥当だと思います。私は数年間、高金利が長く続くという立場を取ってきました。その理由は、金利が経済にそれほど抑制効果を与えていないと考えているからです。いわゆる、R-Star(中立的な実質金利)が、過去10年よりも高い水準にあるためです。それは、金融政策が非常に引き締め的であるにもかかわらず、経済が順調であることからも分かります。現在の不確実性が特に高く、関税が物価を押し上げる可能性がある中で、FRBが様子を見るという戦略は正しい選択だと思います。
[ロメイン・ボスティック](Bloomberg)
バランスの話に戻りたいのですが、先週かその前の週に書かれたコラムについて触れたいと思います。それは、トランプ政権の経済政策に関する内容でしたが、まだ政権が発足して2週間しか経っていませんが、彼が掲げる政策には多くの項目があり、関税の引き上げはその一部に過ぎません。税制改革や税制優遇の延長なども議会を通す必要がありますし、他の経済対策も含まれています。これらの政策が現実となった場合、関税による影響を和らげる可能性はあるとお考えでしょうか?
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[ウィリアム・ダドリー](前NY連銀総裁)
トランプ氏が言及しているのは、規制緩和です。規制緩和が慎重かつ適切に行われれば、企業のコストを削減し、生産性を向上させる可能性があります。ただし、どの規制を撤廃するかを見極め、人々の安全を損なわないようにするのは難しいことです。規制には通常、何らかの理由があり、多くの場合、その理由は正当なものです。例えば、薬品の安全性を確保する規制などがそうです。このような点を踏まえると、株式市場を最も興奮させている要素はそこではないと思います。市場が期待しているのは、規制緩和によって生産性が向上し、企業の利益が増え、それが株式市場を支えるという見方です。
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[ロメイン・ボスティック](Bloomberg)
FOMCが正しい決断を下すというよりも、ご存知のように、ホワイトハウスからの圧力に対抗して、自らの伝統的な政策に反するような決断を下す可能性もありますが、そのことを避けられるかについてどの程度の自信をお持ちですか?
[ウィリアム・ダドリー](前NY連銀総裁)
もちろん、FRBは可能な限り最善の仕事をし、いかなる政治的圧力にも左右されないと考えています。FRBは、自らの2%のインフレ目標を前提に、持続可能な最大雇用の実現という目的に向けて適切だと思うことを実行するでしょう。これまでそうしてきましたし、これからもそうするはずです。今後、時には政治的な動きに見える場面があるかもしれません。例えば、大統領が利下げを望んでいるのにFRBがそれをしない場合などです。しかし、それはトランプ政権に対して意図的に反抗しているのではなく、単に利下げが適切ではないと判断しているからです。
[ロメイン・ボスティック](Bloomberg)
ただ、トランプ政権2.0には明らかに異なる様相があるように思います。ここでも一日中、財務省で何が起こっているのかについて議論してきましたが、イーロン・マスク氏が送り込んだ人々が何かを探り出そうとしているようです。また、USAIDなどの非経済分野でもさまざまな動きが見られます。そうした中で、なぜFRBだけが影響を受けず安全だと信じられるのでしょうか?
[ウィリアム・ダドリー](前NY連銀総裁)
FRBも確かに監視の対象になると思います。特に、支出の透明性や、多様性、公平性、包括性に関する取り組みについて注目されるでしょう。そのため、FRBはこれらの分野で慎重に対応する必要があると思います。また、今後数年間、FRBの予算は非常に厳格に管理されると予想しています。しかし、財務省で起こっている問題はもっと大きな問題です。連邦政府の支出ルールを決めるのは議会であり、大統領が議会で承認された資金を使うかどうかを決める権限はありません。この問題は最終的に司法の場に持ち込まれるでしょう。
2. オリジナル・コンテンツ
オリジナル・コンテンツは、以下リンクからご覧になれます。
尚、本投稿の内容は、参考訳です。また、意訳や省略、情報を補足したコンテンツを含んでいます。
Bloomberg Televisionより
(Original Published date : 2025/02/04 EST)
[出演]
前NY連銀総裁、ブルームバーグ・オピニオン・コラムニスト
ウィリアム・ダドリー(William Dudley)
Bloomberg
アリックス・スチール(Alix Steel)
ロメイン・ボスティック(Romaine Bostick)
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だうじょん
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