米国から見たAIインフラの地政学的課題:欧州諸国、中国、湾岸諸国、インド、アジア
11月25日に収録され、27日に公開されたゴールドマン・サックスのポッドキャストの内容を紹介します。
本エピソードでは、AIインフラが地政学に与える影響をテーマに、米国が生成AI時代におけるリーダーシップを維持するために必要となる、新たなタイプのデータセンターやその要件、そして様々な課題や米国内の制約事項を踏まえながら、特に、生成AI時代におけるデータセンターの拠点配置が各国の思惑や国家間競争にどのように関わるのかが取り上げられています。
いまや米国におけるAIインフラとしてのデータセンター建設は国家的な課題となりつつあり、適地選定に際しては国外も見据えて、欧州の民主主義国家、グローバルサウス、インドが候補となる中、湾岸諸国が短中期の有力な選択肢であるとの見解が示されています。
また、米国がAI分野での主導権を守るためには、中国の台頭をどのように抑制するかが重要であることから、米国の対中国政策が政権交代後も継続・強化される見込みであるとして、AI技術革新と地政学の交差点における複雑な課題を浮き彫りとする会話が披露されています。ご参考下さい。
以下、主要なサブテーマです。
AIソフトウェアを支えるAIインフラの特性と要件
AIインフラの地政学的意義
米国国外に求めるデータセンター。適地選定課題
米国と湾岸諸国とのパワーバランス
米国と中国の技術競争と政権交代の影響
1. インタビュー
[アリソン・ネイサン](ゴールドマン・サックス・リサーチ)
ジャレッドさん、またご出演いただき、本当にありがとうございます。
さて、これまでAIが市場をどのように形作っているのか、また産業や経済にどのような影響を与えうるのかについて多く議論してきましたが、あなたはそれを超える部分に注目していらっしゃいます。なぜこのテーマが米国にとって重要なのでしょうか?
[ジャレッド・コーエン](ゴールドマン・サックス・グローバル・インスティテュート)
AIに関しては、「既知の未知」(known unknowns)がたくさんあります。例えば、オープンウェイト・モデルとクローズド・モデルのどちらが主流になるのか、膨大な投資が実際に価値を生むのか、誰が勝者になり誰が敗者になるのか、といった問いです。これらは非常に興味深いテーマですが、その緊急性は高くありません。しかし今、最も緊急性の高い問いが別にあって、そのことに私は注目しています。つまり、「AIソフトウェアは、どこかのAIハードウェア上で動作する必要があるという前提の中で、生成AIにおけるリーダーシップを米国が維持できるのか?」という問いです。この問いに対する答えは、需要に応じたインフラを構築できるかどうかという、さらなる問題に行き着きます。
結論から言えば、米国はリーダーシップを維持できる可能性があり、インフラも需要に応じて対応できると考えています。しかし、それを米国内だけで完結できるわけではありません。これが、私にとって最も緊急性の高い「既知の未知」の課題です。米国がこのAIジャーニーやAIレボリューションにおいて引き続いて主導権を握りたいのであれば、米国の外にも選択肢を拡大し、それを補完する必要があるのです。そして、それはなぜなのか?という問いになります。
[アリソン・ネイサン]
米国は、なぜそれを実現できないのですか? その制約とは?
資金の問題だけなのでしょうか? それとも実際に物理的な限界があるのでしょうか?
[ジャレッド・コーエン]
この分野には、資金不足の問題はありません。ハイパースケーラーたちは、AI需要に対応するための設備投資として、約1.1兆ドルを上限として費やす予定です。しかし問題は、世界に約8,000のデータセンターがあり、そのうち約3,000が米国に集中しているにもかかわらず、既存のデータセンターには空きがほとんどないことです。空スペース率は3%未満という非常に低い状況にあります。既存のデータセンターには十分なスペースがない、というのが一つ目の課題です。
そして二つ目の課題は、既存のデータセンターの多くがクラウドワークロード対応になっている点です。一方のAIワークロードは、高密度に稼働で動作し、集中した電力供給が必要になることから、全く異なったエンジニアリング課題が生じます。
そして次の問いは、「既存のデータセンターを改修してAIワークロードに対応させることが可能か」というものです。これは、コストが膨大で非現実的だったり、単に実現不可能だったりする場合が多いのです。その結果、AI向けにあつらえた新たなデータセンターが必要になるという二つ目の課題として浮上してきます。
つまり、スペース不足という問題と、AI対応のために差別化されたデータセンターが必要という問題が存在しています。しかし、これらをすべて解決できたとしても、AIワークロードは集中した電力供給を必要とするため、供給される電力は、主に「ベースロード電力」(安定的かつ連続的に供給可能な電力の意)である必要があります。太陽光や風力といった断続的な電力源(intermittent power sources)では、この需要に効果的に応えることが難しいのです。
米国にはベースロード電力の供給源が豊富にあります。短期的な解決策は天然ガスであり、長期的には原子力が優れた選択肢となります。理論的に米国にはこれらのベースロード電力がありますが、問題は、その電力がどこに存在しているかという点です。新たなデータセンターに電力を供給するには、電力の送電が必要になりますが、このことは、「自分の裏庭には置きたくない」という政治的な問題を引き起こします。
結論として、AI需要を満たすには、新たに約35ギガワット以上の電力供給をオンラインにする必要がありますが、現在のところ、AI向けに差別化されたデータセンターも十分な電力供給用地も不足しています。このため、米国はこの急激な電力需要の増加に対応するための「オーバーフローの選択肢」を検討する必要があるのです。
ここ数十年、私たちは電力需要が横ばいか減少していくことに慣れていました。しかし今、エネルギー網には、極端な気象条件、メンテナンスの遅れ、許認可の遅れ、そして必要なアップグレードに伴う遅延によって、非常に大きな負荷がかかっているのです。
この問題は今すぐ解決しなければならないもので、向こう12~18ヶ月の間に、米国はこのAIインフラをどこに構築するのかという非常に重要となる決定を下す必要があります。
これは単なる問題の性質だけに関することではなく、地政学的な要素が深く絡んできます。データセンターがどこに建設されるかは国家が決めることとなり、この点で地政学と技術革新が極めて重要となる交差点に我々は立つことになります。
[アリソン・ネイサン]
それはどのような形になるのでしょうか?そして、米国にどのような影響があるのでしょうか?
[ジャレッド・コーエン]
米国がAIインフラを構築するための選択肢は、どれも理想的とは言えません。一つ目の選択肢は、カナダ、北欧諸国、オーストラリア、フランスといった「ジェファーソニアンな民主主義圏」と呼べる国々と連携することです。これらの国々は地政学的に非常に魅力的で、米国との協調関係について心配が少ない点がメリットです。ただし、米国と同様の政治的課題、特にベースロード電力に関して同じような問題を抱えています。また、民主主義国家は、巨大なインフラプロジェクトを迅速かつ効率的に実現する実績が乏しいという課題もあります。このグループを計画に組み込むべきではありますが、この選択肢だけに依存すると、インフラが完成しないリスクもあります。
二つ目の選択肢は、グローバルサウスの国々、特にインドネシアやマレーシアといった、安価なベースロード電力が利用できる地域を選ぶことです。この場合、地政学的な問題が浮上します。米国の目標は、特に大規模な言語モデルに関して、中国がAI能力を獲得するのを防ぐことです。しかし、インドネシアやマレーシアがこの需要の中心地になると、一部の能力が中国に流れる可能性が高くなります。これが、この地域を選ぶ際の課題です。
三つ目の選択肢は、中東です。この地域はAIインフラ構築に最適な条件を備えていると言えます。安価なエネルギーへのアクセス、広大な土地、そして大規模なインフラプロジェクトを迅速かつ大規模に実現する能力があります。また、半導体チップの液体冷却技術に有利な沿岸部での施設建設も可能です。さらに、中東諸国には主権国家としての野心と柔軟に投入可能な豊富な資本があります。米国の圧力の下、中国製ハードウェアの排除にすでに応じた実績もあり、AIインフラ向けの半導体チップの配分を米国の利益に沿った形で確保できる可能性が高いのです。
しかし、長期的な地政学的課題として、中東諸国が10年後も米国の利益と一致した立場を維持するかどうかという問題が残ります。サウジアラビア、カタール、UAEといった国々は、経済力を背景に独自の政策を追求できる「地政学的なスイングステート」と言えます。これらの国々は経済的利益を重視する傾向が強く、中国が主要な貿易相手国であることを考慮すると、将来的に米国から距離を置く可能性も否定できません。
このように、いずれの選択肢もAIインフラの地政学的課題に対する完璧な解決策とは言えません。推測するに、最終的には民主主義国家との協力をベースにしつつ、中東への偏りがある組み合わせになる可能性が高いと思われます。現在の米国政府の下では、中東への引力が強まると予想されます。このアプローチは、中東の情勢、特に現在進行中の戦争や同地域の再編の可能性によって大きく左右されることになるでしょう。
例えば、サウジアラビアと米国政府がイスラエルとの関係正常化や、より広範な地域再編の合意に達するシナリオが浮上した場合、AIインフラ向け半導体チップの配分が交渉の一部になったとしても私は驚きません。
[アリソン・ネイサン]
そうですね。このことを主導している米国の企業たちは、これらの取り組みに賛同しているのでしょうか?
[ジャレッド・コーエン]
この話題は、まだ初期段階にあると言えると思います。中東の国々は、他国が自国に拠点を構えるよう働きかける上で、大きな影響力を持っています。ここでの重要な変曲点は、パフォーマンスやリアクション的なやり方からもっと意義のある形に変えることだと思います。
これらの中東の国々が実際に望んでいるのは、米国企業が、これらの国々に求められるものとは別に、自発的にそこに拠点を構えることの価値を見出すことです。
我々はまだその初期段階にいる訳ではなく、まだ成熟しているとは言えません。しかし、それは長いプロセスになると思いますが、確実にその方向に向かっています。
[アリソン・ネイサン]
わかりました。他のいくつかの産業では、すでにそのプロセスが進んでいますよね。
[ジャレッド・コーエン]
インドへの大きな動きについて考えると、中国からのサプライチェーンの多様化を図り、サプライチェーンをインドへ移すという動きが挙げられます。世界最大の民主主義国であり、長い歴史を持つビジネス環境を誇るインドですら、米国と長年にわたる深いつながりがあるにもかかわらず、こうしたプロセスは一朝一夕には進みません。同じように、中東のサウジアラビア、カタール、UAEの3カ国との間にも、現在非常に顕著な「We have, We need」というダイナミクス(※訳注)が見られます。これは単に資本の問題だけではありません。資本、エネルギー、これらの国々のリーダーたちが支配する規制環境、迅速かつ大規模にインフラを整備できる能力、広大な土地の確保、さらに人材資本や考え方の進化も含め、これらが一体となって大きく状況を変えているのです。
[アリソン・ネイサン]
では、中国はこの全体像の中でどのように関わっているのでしょうか? 彼らがグローバルなAIインフラ競争で、絶対に負けたくないと考えている中で、どのような立ち位置を取っているのでしょうか?
[ジャレッド・コーエン]
生成AI以前からの米国と中国のテクノロジー競争を振り返ると、米国は30年間に渡って先行者優位をたもっていました。しかしながらそれは、最終的には引き分けに終わったと言えます。なぜなら、米国と中国の競争は非対称的なものだったためです。その非対称性の多くは中国に有利に働き、米国にとっての課題は、彼らにとっての問題ではないと見なされています。
そして生成AIが登場したことにより、米国には新たなチャンスが生まれました。一方で中国は、大規模言語モデルの開発において困難な状況に直面しています。特に、輸出規制によるGPU不足のために計算能力が限られていることや、中国国内のインターネット環境により、インターネット規模でのモデル訓練が難しいことが挙げられます。また、モデルの運用に対する厳しい規制も障壁となっています。さらに、かつての次世代の巨大企業を目指す起業家が北京に集まるような動きも活発ではありません。
しかしながら、必要性がイノベーションを促進することも事実です。現在、中国は効率の向上にフォーカスした技術革新を進めています。エネルギー効率やモデルの性能効率を高める努力をしており、これは非常に興味深い研究開発活動です。その成果がどうなるかはまだ分かりませんが、中国は確かに豊富な人材とリソースを持っています。
もう一つ注目すべき動きとして、データセンター分野での競争への取り組みがあります。中国は「東数西算」(Eastern Data Western Computing)というイニシアチブを掲げ、世界各地にデータセンターハブを設立するために約61億ドルを投資しています。また、中国は多くの国々の主要な貿易相手国であることを活かしつつ、世界のクリーンエネルギー投資の約3分の1を占めています。さらに、原子力発電にも大規模な投資を行っており、中国が得意とする分野の一つとなっています。
このように、中国の動きは矛盾をはらんでいます。昨年は過去最高量の石炭を生産しながら、同時に世界的に過去最高のクリーンエネルギー投資を行いました。中国はさまざまな状況に応じて異なる戦略を採用できる柔軟性を持っています。そして、この分野で遅れを取ることは、中国の国際的な存在感に対する危機となります。彼らは、過去にさまざまな技術分野で追いついてきた経験がありますが、生成AIほど重要な技術はこれまでにないでしょう。
[アリソン・ネイサン]
なぜ彼らは中東と提携することを考えないのでしょうか?そして、中東側も彼らを魅力的なパートナーだと考えない理由は何でしょうか?
[ジャレッド・コーエン]
とても良いご質問です。先ほど、サウジアラビア、カタール、そしてUAEがそれぞれ「地政学的なスイングステート」と表現できる存在であると述べました。これらの国々の経済には特異性があり、米中間の競争において、どちらの国にとっても重要な役割を果たすため、その独自の立場が両陣営にとっての大きな交渉力となっています。これにより、これらの国々はより地政学的に独立、もしくは準独立的な行動を取ることが可能になっています。
しかし、AIインフラに関して言えば、米国がGPUの供給を通じて持つ一方的なパワーが、この地政学的な強みを活かす能力を制限するかもしれません。新たな人工知能の時代に必要なAIインフラを構築するためには、米国政府の承認を得た上でGPUの供給を受ける必要があるためです。
短期的および中期的には、これらの国々はAIについて中国に寄るか、米国に寄るか、二者択一を迫られる状況にあります。ここで指しているAIとは非常に広いカテゴリーですが、特に最も高度なチップを必要とする生成AIについてです。この二者択一の状況において、現時点ではこれらの国々が米国側に傾いているのが見られます。
[アリソン・ネイサン]
ドナルド・トランプ氏が間もなく再び大統領になるという事実は、その二者択一にどの程度影響を与えるのでしょうか?彼が追求しようとしているいくつかの政策の変更を考える上で、それは大きな意味を持つのでしょうか?
[ジャレッド・コーエン]
私の考えでは、米国と中国の関係については、最も党派を超えた合意のある問題であり、最も重要な地政学的課題であると考えています。現代の地政学の基盤とも言えるテーマであり、そして、地政学的な不確実性がここ30年以上で最も高まっている状況にあります。
ドナルド・トランプ氏が初めて大統領を務めた際、米国の政策を大きく変えた最初の人物でした。それ以前、民主党・共和党どちらの政権も「中国を自由主義的な国際秩序に取り込めば、中国も順応し、物事がうまくいく」という方針を取っていました。しかし、トランプ氏はこの方針を転換し、中国に対する強硬な保護主義的姿勢へとシフトしました。
ジョー・バイデン氏が大統領に就任した際、米国の同盟国やパートナーは、トランプ氏の政策を継続しただけでなく、むしろトランプ氏以上に保護主義的な姿勢を取ったことに驚いたと思います。次にカマラ・ハリス氏が大統領になる場合でも、あるいは再びトランプ氏が政権に戻る場合でも、それぞれの政権が前政権以上に中国に対して強硬な態度を取ることになると考えています。その方向性は一貫して続き、保護主義の性質そのものは変わらないものの、その強度が増していくと見ています。
かつては、共和党は関税を好み、民主党は輸出規制を重視するという風潮がありました。しかし、現在では両党とも関税も輸出規制も好むようになったと考えています。トランプ氏が関税について非常に声高に発言してきたため、関税に注目が集まりがちですが、どちらの政策も今後さらに強化されていくのではないでしょうか。
次期大統領が就任した際、追加の関税措置が講じられる可能性について注視するべきです。特に、AIのサプライチェーンに予期せぬ影響を与えるような追加関税には注意が必要です。例えば、ウェーハ製造に必要な重要鉱物の精製や加工が影響を受けることが考えられます。新政権が誕生すると、多くの政策が迅速に打ち出されますが、移行チームと本格的にスタッフが整った政権とでは、政策の細部に違いが出てきます。初日の発表が二次的、三次的な影響を生むことがあるため、最初の一連の大統領令が何を含むかを確認するまで、正確に予測することは困難です。
[アリソン・ネイサン]
ジャレッドさん、またお越しいただきありがとうございます。毎回ですが、とても興味深いお話を伺えました。
[ジャレッド・コーエン]
ありがとうございました。
2. オリジナル・コンテンツ
オリジナル・コンテンツは、以下リンクからご視聴になれます。
尚、本投稿の内容は、参考訳です。また、意訳や省略、情報を補足したコンテンツを含んでいます。achsより
lished date : 2024/11/27 EST)
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