「行人」にみる恋愛論~直という明治の女(中編)その1
主人公・二郎の兄嫁、直は果たして夫の一郎が不安症になるほど、二郎を気にかけていたのだろうか。
私自身の体験も踏まえて、直という女性を語りたい。
直の義弟への強い思慕、それが若干16~17才だった高校生の私がこの小説を読んだときには、どうも感じ取れなかったのである。
しかし、今大人になって「行人」を読むと、この小説の書かれた明治という時代に合った静かな愛し方で、直は二郎を好いていたと読み取れる。
とても控え目だが、やはり女性ならではの細やかな感情や行動がそこかしこに現れるのだ。
それは二郎が冷やかした「なんですか、義姉さん、そのでこでこ頭は。」といったヘアスタイルの変化であったり、(この時、直にしては珍しく感情を表し「知らないわ。」といって走り去るが、女としてみれば、ヘアスタイルを気に留めてくれたことを、嬉しそうにはしゃいでいる姿が、目に見えるようである)
一郎が二郎に頼み込んで出かけた先で嵐に遭い、部屋が真っ暗になったあとに、なぜか直の化粧が綺麗にほどこされていたりする場面であったりする。
女性は言わずもがな、意識している男性の前では少しでもキレイに見せたいと思うのは当然である。二郎の前でヘアスタイルを変えたり、肌を美しく見せるための化粧を整える直は、やはり二郎を特別好いているからなのである。
かといって、二郎とどこかに逃げてしまおうなどという直情的な行動など、想像すらできないタイプでもある。
同時代を生きた「平塚らいてう(明治19年)」や「菅野スガ(明治14年)」「伊藤野枝(明治28年)」のような女性ではない。
二郎の前ではっきりと
「一郎さんだけを想っています。何も不満はありません。」と言う。
しかし、だ。(前編)で書いたインテリの一郎やモテ気質の二郎が、男性らしいわかりやすさを持ち合わせているのに比べ、女の私から読み解いても、直は、かなり難しい女性である。
美しく控え目で信念が強い女性に、男性は惹かれるものだ。
一方で、女性との、というより人間との付き合いが苦手な夫・一郎との距離は、遠くなるばかりである。
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