サッカー戦術進化論 The Mixer 著=マイケル・コックス 読んでみた
はじめに
わかりやすい戦術分析でお馴染みのマイケル・コックス先生の書いた、辞書並みに分厚いこの本をなんとか読み終えられたのでその感想を書いていこうと思います。
読み方
この本はなんといっても長い。長すぎる。900ページびっしり字で埋め尽くされていて読み切るだけでも尊敬に値する。僕が本を読む時は続きが気になってしまうので、大抵の本は1日〜長くとも1週間以内に読み切るのがほとんどだがこの本に関してはそれは無理だろうなと感じて、1日1章読み、27章を約1ヶ月かけて読んだ。
ただすごい読みやすい。堅い言葉もなくポップに読み切れるので、速読できるなら1週間あれば読めるかも。
内容
92年にプレミアリーグが創設されてから最近までのイングランドにおける戦術の変化をルール変更や時代の背景を交えながら時系列順で記されている。とはいえ具体的な戦術の解説というより抽象的なものが多い。加えて、戦術とは全く関係のない豆知識がたくさん散りばめられていて、クスッと笑える部分も。コックスさんも後書きで思ったより長くなってしまったと言っていたように、本当に楽しみながら書いていたんだろうというのが伝わってくる。戦術本というよりは、「プレミアリーグのこれまでの流れを紹介している本」というのが適切な気がしないでもない。
印象に残ったこと
・ルール変更は戦術に大きな影響を与える。代表的なのはバックパス。これによってプレスをかける意味が生まれた。バックパスをGKが手でキャッチするのが可能だった時代はプレスをかけてもGKがすぐキャッチしてしまうので意味がなかった。同時に、キーパーがキャッチしている間は一休みの時間となっていたが、その時間が減り、よりエキサイティングな試合が展開されるように。(1章)
・アーセナルの影の立役者、ブルース・リオック。ジョージ・グラハムの後、すぐにヴェンゲルを連れてこれなかったデインが繋ぎとして招聘。守備的なグラハム後、パスサッカーの基盤を作ってヴェンゲル革命の布石に。ベルカンプ獲得もこの時。(実はヴェンゲルもこの移籍に少し関わっていたらしいけど)(5章)
・スピード化の流れ。昔ながらのイングランドは屈強だが足の遅いCBがほとんど。(今のバーンリーみたいな)かつ、CFも屈強なタイプばかりだったのでゴールの近くでプレーさせないためDFラインは高かった。そこに現れたスピードスター、アネルカとオーウェン。スピード無双で大活躍。しかし晩年には、対策法(快速CBの増加や低い守備ライン)が確立されてしまう。(6章)
・革命家サム・アラダイス。古臭いイメージのビッグサムだがNFL発の先進的なコンディショニングや生理学的トレーニング、最新鋭のデータ分析を駆使しヴェンゲル級のイノベーターに。相手をとことん研究し弱点を突き、データやコンディショニングを駆使した確率論的なフットボール=ビッグサム式ロングボール戦術を披露した。(9章)
・アーセナルは0トップの先駆け。CFのアンリは左に流れ、カットインから巻いたシュート(これはモナコ時代にプレミアでもお馴染み現ASSE監督のピュエルが教えたらしい)+ベルカンプも下がってくる。(10章)
・インヴィンシブルズ。DFラインは全員元々攻撃的な選手だった。コール、ロウレンはウイング、トゥレとキャンベルも中盤。ヴェンゲルは当然守備の指導なんかしない。じゃあどうやって無敗優勝できるほど守れたのかというと、アダムスやキーオン、ディクソンが手本となり教育していった。(11章)
・アンカーの流行。モウリーニョ政権のマケレレ。守備の貢献はもちろん、442のFWとMFラインの間で浮くアンカーが流行る。しかし、それを真似して多くのチームがアンカーを置く433を使用したために442に強いアンカーの優位性が失われてしまった。(12章)
・モウリーニョとベニテス。守備的な流れ。トランジションという概念の誕生とそれを知らないチームをズタズタにしたスペシャルワン。選手をチェスの駒のように見なすベニテス。この時期からインヴィンシブルズにょうな選手中心の時代から監督中心の時代へ。彼ら2人は選手として大成しなかった。そういう人間は選手の才能を信じない。サッカーで勝つためには必要なのは即興の才能ではなく献身的な働きだと考える。若かりし頃の彼ら自身が必要としていた指導者になった。選手時代の自らを正当化するかのように。(13、14章)
・ティキタカ。フィジカル重視の時代にあわなかったペップ。しかしバルサで圧倒的な強さを見せる。そうしてシャビのような選手もイングランド内で徐々に評価されるように。国内に同じタイプは?→スコールズ。それまではそれほど活躍しているわけではなかったものの、時代の追い風によって評価が上方修正されている?(20章)
・2度目のライン間革命。1度目はベルカンプ、カントナ、ゾラ。そして2度目がシルバ、マタ、カソルラ。そしてCFも古い9番タイプではなく9.5番、STタイプが活躍。(アグエロ、テベス、RVP、スアレス、ルーニーら)(21章)
・プレッシングという新たなテーマ。ポゼッションサッカーが流行し、それに対抗する戦略として流行したのがプレッシング。新しいものではなく、クライフアヤックスやミランサッキ、そしてジョージグラハムも使っていた。しかし昔はポゼッションサッカーを目指すチームが少なく意味がなかった。このプレッシングの流行によって昔のスター選手のような守備の免除はなくなり、11人全員がデュエルの強さと走力が必要とされるように。(23章)
・1718シーズン。ペップやコンテ、クロップら名将が集うリーグに。ペップはボールが空中を飛び交うイングランドのサッカーに苦労する。一方シーズンを制したのはコンテ。アーセナルに0−3で敗れた試合がターニングポイント。前半で勝負が決まったこの試合、後半から3バックを採用。以後この3バックでリーグを制する事になる。しかしこのシーズンのFA杯決勝。コンテの3バックに影響を受けたヴェンゲルの3バックに敗れる。サッカーの歴史で数多くみられてきた因果応報のサイクルがわずか一年でやってきた。(25章)
・2016夏のユーロが面白くないとの声。どこも同じような単調なサッカー。国際試合とはそもそも異文化のパーティーであるべき。今ではそのパーティの舞台はプレミアリーグに。世界各国の優秀な監督、選手が集まっている。→プレミアリーグイングランドが産んだ大きな発明品だがその屋台骨を担っているのは海外からの指導者と選手。英国式放り込みサッカーは下部リーグや下位チームのみ。まるでイングランドの高級レストランが世界各国の料理を出す一方、伝統的なイングランド料理はクラシックなパブのみ、という構造に似ている。(あとがき)
メモ
こんな長い本全部読んでられねーよ!というひとのために個人的なメモも載せておきます。公開するつもりじゃなかったので字は汚いし、自分さえ分かればいいや、という簡素なものですがよろしければ。
雑感
めっちゃ長い本だったが面白くてどんどん読み進められる。最初にも書いたが、ガッツリ戦術本というわけではなくて、プレミアリーグの歴史をおさらいしてくれる本なので、「昔のプレミアってどんな感じだったんだろう」という疑問がある人には是非おすすめ。でも長いし値段も高いので覚悟を持って挑むことをお勧めします。(笑)