井関松山製造所事件・高松高判令1.7.8~無期転換後も労契法20条違反を理由に不法行為に基づく損害賠償請求は可能なのか~

弁護士の荒川正嗣です。
主に企業側での人事労務案件を取り扱っています。
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労働判例等の紹介をしながら、思うところを書いていきたいと思います。

1 はじめに

 本記事では日本版同一労働同一賃金(労働契約法(以下「労契法」)20条)に関する井関松山製造所事件の高裁判決(高松高判令1.7.8)を取り上げます。本件判決は、正社員と有期契約労働者間で、賞与、家族手当、住宅手当、精勤手当の相違が争われ、賞与以外の相違は不合理とし、請求期間に応じた各手当相当額を不法行為に基づく損害賠償として認容しましたが、第1審原告らが、無期転換権(労契法18条)を行使した後の期間についても、損害賠償を認容しています。
 これに対し、労使双方が上告をしていましたが、本年1月19日に、最高裁が労使双方の上告を棄却(棄却したのみで、判断は示されていない)し高裁判決が確定したので、無期転換以降の期間にかかる損害賠償請求についてを中心に考えてみたいと思います。

2 事案の概要

 本事件は、農機具メーカー(第1審被告、以下「Y」)の製造ラインに勤務する有期雇用労働者ら(第1審原告、以下「Xら」)が、無期雇用労働者との間の賞与、家族手当、住宅手当及び精勤手当に係る相違が労契法20条に違反するとして、不法行為に基づく損害賠償請求として、賞与の差額や各手当相当額の支払いと求める等したというものです。
 原審(松山地判平30.4.24)は、賞与以外の相違は不合理とし、当事者双方が控訴し、控訴審でXらは平成29年11月~平成30年11月までの間での賞与の差額分や各手当の不支給分に係る損害賠償請求等について、請求を拡張しました。Xらは無期転換権を行使し、平成30年9月1日からは無期雇用となっていましたが、無期転換した者に適用される無期転換就業規則には、賞与や上記各手当は支給しないと定められていました。

3 労働条件の相違 

 無期雇用労働者と有期雇用労働者との間に、次のような労働条件の相違がありました。
  なお、有期雇用労働者に適用される就業規則には、家族手当、住宅手当及び精勤手当は支給しない旨が定められていました。

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4 職務の内容等・・・労契法20条の不合理性の判断要素 

 無期契約労働者と有期契約労働者との間で、職務の内容(業務の内容及びび業務に伴う責任の程度)、並びに職務の内容及び配置の変更の範囲については一定の相違があるとされ、また、その他の事情として、中途採用制度により、無期と有期の地位に一定の流動性があること(H28.2時点で、無期で職制にある11人中9人が有期から中途採用された者だった)が認定されています。 

5 本件判決の判断 

 本件判決は、賞与の相違は不合理ないとしましたが、家族手当、住宅手当、精勤手当の相違(有期雇用労働者には支給されていないこと)については、以下のとおり、いずれも不合理だとし、不法行為に基づく損害賠償として、手当相当額の支払請求を認容しています。

<家族手当>・・・不合理
(理由)

✓家族手当は生活補助的性質を有し、職務の内容等とは無関係に扶養家族の
有無、属性及び人数に着目して支給されている。
✓扶養家族がいることで生活費が増加することは有期雇用労働者でも変わり
がない。
✓扶養家族の有無、人数を支給基準として一定額が支給されており、職務の
内容の差異等に基づくものとは解し難く、支給の有無や額について、賞与と異なりYの裁量もないことに照らすと、人事施策上の配慮の必要性は認められない。
※Yが有為な人材確保のための人事施策上の配慮として家族手当を支給し
ている旨の主張に対する判断。Yは住宅手当及び精勤手当についても、同旨を主張したが、判決は上記と同旨を述べ、排斥。

<住宅手当>・・・不合理
(理由)
✓住宅手当は住宅の費用を補助する趣旨であり、無期契約労働者の職務の内
容等に対応して設定された手当と認めるのは困難である。
✓有期契約労働者も住宅費用を負担する場合があることに変わりがない。

<精勤手当>・・・不合理
(理由)
✓精勤手当は少なくとも月給者に比べ、日給月給者の方が欠勤日数の影響で
基本給が変動し、収入が不安定となる状態を軽減する趣旨が含まれる。
✓有期契約労働者は時給制で、欠勤日数の影響で収入が不安定になる点は変
 わりがない。

<無期転換後の期間に係る損害賠償請求について>・・・認容
 
Xらが、平成30年9月に無期転換したが、同月~11月までについても、労契法20条違反を理由に、不法行為に基づく損害賠償請求として各手当相当額の支払いを求めたことに対し、Yは、無期転換後は、各手当の不支給を定める無期転換就業規則(Xらの無期転換前に制定)の適用を受けるから、当該請求に理由がない旨を主張しました。
 本件判決は、次のとおりに述べて、無期転換後の期間に係る請求も認容しました。
(理由)
✓本件無期転換就業規則は、無期転換前に定められていることを考慮して
も、家族手当等を不支給とする定めについて合理的なものであることを要
する(労契法7条参照)ところ、以下の➀~③からすると、同規則の制定
のみをもって、Yが平成30年9月以降につき、家族手当等に相当する損害
金の支払義務を負わないと解するべき根拠は認めがたい。
 ➀同規則は、家族手当等の支給に関する限り、同規則制定前の有期契約労働者の労働条件と同一である。
 ②Yが同規則の制定に当たって、Xら加入の労働組合と交渉したことや、
Xらが同規則に定める労働条件を受け入れたことを認めるに足りる証拠がない。
 ③Yは、①、②にもかかわらず、上記不支給を定めた同規則の合理性につ
いて特段の立証をしない。

6 検討:無期転換後の期間でも損害賠償請求は認められるのか?

(1) 前提  

 労契法20条は、

「有期労働契約を締結している労働者の・・・労働条件が、期間の定めのあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の・・・労働条件と相違する場合」

に適用があるものです。つまり、有期雇用労働者と無期雇用労働者の労働条件の相違を問題とするものです。
 そして、同条が適用される場合、その所定の諸事情を考慮し、相違が不合理であれば、係る相違を設ける有期雇用契約の労働条件の定めは無効となります(※ハマキョウレックス事件・最判平30.6.3が労契法20条にいわゆる強行的効力を認めており、有期雇用契約のうち、労契法20条違反となる労働条件の相違を設ける部分は無効となります。)。また、有期雇用労働者は、不合理な相違があることで生じた損害について、使用者に故意又は過失があれば不法行為に基づく損害賠償請求が可能と解されています(同事件)。
 このため、無期雇用労働者同士の間で、労働条件に相違があったとしても、労契法20条の適用はなく、相違についての損害賠償請求が認められるものではありません。
 そうすると、有期雇用労働者が、無期転換(労契法18条1項)し、期間の定めがなくなった後に、正社員等、同じ無期雇用労働者との間で労働条件に相違があったとしても、労契法20条の適用はないし、相違についての損害賠償の問題も生じないというのが、素直な解釈です。
 ところが、本件判決は、Xらが無期転換した後の期間に係る損害賠償請求も認めています。ただ、無期転換後も労契法20条が適用されるとは述べていないために、一体、どのような根拠で、係る請求が認められたのかが問題となります。この点を、次の(2)で考えてみたいと思います。
 
 なお、有期雇用労働者の無期転換とは、①一定の要件(※)を満たす労働者が、現に締結している有期雇用契約が期間満了で終了した日の翌日から開始する無期契約の締結申し込みをすると、②法律上、使用者はこれを承諾したものとみなされるというものです(※=同一使用者との間で有期雇用契約を1度でも更新し、その通算契約期間が5年を超えること)。
 そして、無期転換後の労働条件は、原則として、期間の定め以外は、現に締結している有期雇用契約と同一の労働条件ですが、例外として、別段の定めがある部分はその定めのとおりとなります(労契法18条1項)。

(2) 本件判決が無期転換後も損害賠償請求を認めた根拠は何か?

 Yは、無期転換した労働者を規律するべく制定した無期転換就業規則に 
家族手当等の不支給の定めがあることを理由に、無期転換後は損害賠償義務を負わないと主張したのに対し、本件判決は、かかる不支給の定めが「合理的であることを要する・・・(労働契約法7条参照)」と述べています。   
 上記労契法7条とは、以下のとおり、いわゆる就業規則の契約補充効を定めるものです。

「労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的 
な労働条件を定められている就業規則を労働者に周知されていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。・・・以下略。」

 この契約補充効が認められるための要件は、➊就業規則に定められてい 
る労働条件が合理的であること、➋労働契約締結時に就業規則を労働者に
周知することです。
 本件判決が、無期転換就業規則の家族手当等不支給の定めが合理的であ
ることが必要だとしたのは、有期雇用労働者が、労契法18条1項に基づき無期転換の申し込みをし、使用者がそれを承諾したとみなされる場面を、労働契約締結の場面に準じてとらえ、本件の無期転換就業規則が定める労働条件がXらとの労働契約の内容になるかどうかは、労契法7条の規律があるとの前提に立っていると解されます。
 なお、既述のとおり、無期転換した場合の労働条件は、別段の定めがある部分はその定めのとおりとなります。この別段の定めを就業規則でする場合は、労契法7条や10条の適用があると解されています(この点については、菅野和夫「労働法(第12版)」327頁、荒木尚志「労働法(第4版)」535頁等を参照)。
 その上で、本件判決は、「一審被告(※注:Y)は、・・・上記不支給
を定めた同規則の合理性について特段の立証をしない」と述べていること
から、要件➊を満たさないので、無期転換就業規則の中の「家族手当等の
不支給の定め」は、Xらの労働条件にならない旨を述べるものと解されま
す。
 ここまでは、判決文から読み取れます。
 もっとも、本件判決は、Yが上記の特段の立証をしないことからすると、無期転換就業規則の制定のみをもって、Yが、Xらの無期転換後における家族手当等の不支給に係る損害賠償義務を負わないと解するべき根拠は認め難いとしますが、それ以上のことは述べておらず、Yが同義務を負うという根拠について言及していません。  
 そこで考えてみると、無期転換したXらの労働条件のうち、家族手当等
については、上記イのとおり、無期転換就業規則におけるそれらの不支給の定めの適用はないために、有期雇用契約のときと同一の条件となります(労契法18条1項後段、前記(1)参照)。
 ただし、有期雇用契約のときの家族手当等の支給がないという無期雇用
労働者との労働条件の相違は、労契法20条に違反する不合理なものであっ
て、有期雇用契約における家族手当等の不支給の定め(有期雇用労働者用
の就業規則にその旨の定めがあった)は無効です。さらに、Yがかかる不合理な相違を設定したことについては過失ありとして不法行為による損害賠償請求が認められてもいます。
 こうした点からは、おそらく、本件判決は、以下のような価値判断等をしたのではないかと推測されます。
✓Xらの有期雇用契約においては、家族手当等が支給されないという当該相違が解消されない限りは、損害が発生し続ける。
⇒有期のままであったならば、当然、損害賠償請求が可能だった。
✓無期転換後の家族手当等に関する労働条件については、何も定めがないことになるが(下記➀、②参照)、結局、有期雇用契約のときと同様に、正社員には支給されている家族手当等が支給されないという状態が残ったままである。
➀不支給の旨を定める無期転換就業規則(労契法18条1項後段の「別段の定め」に当たるもの)は、「合理性」の立証なく、適用されない。
②「別段の定め」が適用されないために、家族手当等についての労働条件は有期雇用のときと同一となるはずだが、家族手当等を不支給と定める有期雇用就業規則の定めは、労契法20条違反で無効だから、無期転換後の労働条件にならない。
✓そもそもとして、Yが不法行為に当たる労働条件の相違の設定を解消しないままでいたのだから、そのことによる不利益はYが負うべきで、Xらがたまたま無期転換権という権利を行使したことで、その不利益を転嫁され、有期雇用契約のときにできた損害賠償請求ができなくなるとするのは妥当でない。
 上記ウのような価値判断等をしたのではないかと推測はできるものの、それでもなお、無期転換後も不法行為が成立するというの理論的根拠は、判然としません。
 本件判決は、有期雇用契約のときに、Yに、労契法20条違反の不合理な相違の設定をしたことに過失があった以上は、その相違を解消しない限りは、たとえ、後に無期転換があっても、Yには不法行為に基づく損害賠償義務が発生し続ける、とでも解したのでしょうか???
 ただ、仮にそうだとしても、無期転換後に労契法20条が適用されることはないと解され、何を理由に待遇差が生じていることが違法とするのかが不明で、上記のような解釈ができるのかは疑問に思います。
 無期転換後も損害賠償請求を認めるならば、このあたりの理屈はきちんと詰めてほしかったところです。 

(3) 本件判決の射程は?

 本件判決は、無期転換後も労契法20条の適用がある旨の一般論を述べたものではありません。また、無期転換した者に家族手当等の不支給を定める就業規則を設けても、無期転換後も同手当等について、有期雇用契約のときにあった無期雇用労働者との相違に係る損害賠償義務を免れない旨の一般論を述べたものでもなく、事例判断ではあります。
 ただし、最高裁が当事者双方の上告を棄却しており、無期転換後の期間に係る損害賠償請求を認容する本件判決の結論(主文)自体は確定しています。
 最高裁は主文の判断を支持しただけで、本件判決の理由中の判断については何ら触れていないので、それをも支持しているのかどうかは不明です。ただし、有期雇用契約に、パート・有期法8条(※)に違反する労働条件の相違を設定する部分があるとして、その点を争っている者が無期転換権を行使するということは今後とも起こり得ることですから、本件判決の射程はどこまで及ぶのかは気になるところです。

(※)正式名称は「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律」。法改正で労契法20条は削除され、同条を承継するかたちでパート・有期法8条が設けられている。同条は、パート労働者及び有期雇用労働者に適用されるが、無期転換した者がパート労働者でなければ、適用はない。

 この点は、同種の事案の集積を待ってと言わざるを得ませんが、本件のように、有期雇用契約用の就業規則に正社員との待遇の相違をもたらすものとして「●●手当は支給しない」という定めを置き、それと同内容の定めを無期転換者用の就業規則にも定めている場合に、当該待遇の相違がパート・有期法8条違反とされると、無期転換後も有期雇用契約のときと同じ待遇の相違が残ったままだと、本件判決に他の裁判所も追随して、無期転換後の損害賠償請求を認めるおそれはあるでしょう(ただ、その場合は、無期転換後も不法行為が成立するという根拠をきちんと示してもらいたいところです)。
 なお、本判決があるからといって、当初から無期だが、正社員等の他の無期雇用労働者と待遇の相違がある者が、その相違について不法行為に基づく損害賠償請求をすることができるとは解されません。

(4) 付言

 パート・有期法8条の施行を受け、正社員とパートや有期雇用労働者との間の待遇差の見直しを検討する企業も多いと思います。この検討に当たっては、(ⅰ)それぞれの雇用区分ごとに担当させる業務内容や負わせる責任、役割のほか、どのように人材活用をするか(業務等の見直し)という視点と、(ⅱ)それらに応じたどのような待遇を施していくか、雇用区分の間で待遇のバランスをどうとっていくか(待遇の見直し)という視点を持つことが肝要です。
 正社員と有期雇用労働者との間で待遇に差があり、法所定の諸要素(➀業務の内容、②業務に伴う責任の程度、③職務の内容(➀+②)及び配置の変更の範囲、④その他の事情)に照らしても相違がある理由を説明できない場合は、上記2つの視点での検討をし見直しを図るべきです。そうした場合であるのに、有期雇用労働者の中に無期転換する見込みの者が多いので、とりあえず有期雇用契約のときと、業務等の面でも、待遇の面でも、同一条件で無期転換さえさせておけばよいと考えて、特段の検討、見直しもしないでおくというのは、企業の人材活用の面や本件判決を踏まえると、避けた方がよいと考えます。
 人件費にかかる予算との相談ともなりますが、無期転換をし、契約上も長期的雇用を前提とする区分になるのだから、有期雇用契約のときよりも、ある程度長期的な活用を視野に入れた、大きな役割や責任を持たせ、それに応じた待遇の向上を図ることも、選択肢としてあり得るでしょう。

 
 
 
 



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