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韓国電池工場火災から学ぶこと

2024年6月24日、韓国ソウル近郊・華城(ファソン)の電池工場で火災が発生し、23名の死者が発生するという痛ましい事態になってしまいました。
犠牲者の方に心から哀悼の意を表します。
この火災については、得られている情報が限定的であり、軽率な発言は控えるべきでしょうが、現時点(6月26日現在)で気づいた点がいくつかありますので、速報的に記述いたしました。


1.火災の概要

この工場は、鉄骨造3階建て延べ面積約2,300平方メートルで、リチウム電池を製造し、その完成品を納品するという作業が行われていました。(リチウム電池の保管量は、約35,000個)
出火階は2階にある完成品の検収エリアで、次のような過程で出火し延焼拡大したようです。

➀6月24日10時31分ころ、完成品を収納しているパレットから発煙。
➁やがて従業員が気付き、パレットを移動させている最中に激しく炎を上げる。
➂従業員が消火器で初期消火を試みるが炎は収まらない。
➃周囲にあった製品などの可燃物に着火し、延焼拡大していく。
➄通報を受け、消防隊が到着して時点では、工場内部で爆発的な燃焼を繰り返しており、すでに消火困難な状態だった。
⑥リチウムが存在するということから、消防隊は乾燥砂等の金属火災用消火器具を準備していたが、燃焼が激しく、それらを使用できる状態ではなかった。
⑦15時10分ころ火勢が鎮圧され、消防隊が内部進入を試みたところ、2階で21名の死者を発見した。
⑧翌日の捜索でさらに1名の死者を発見した。
⑨もう一人の死者は、火災発生直後に心肺停止状態で発見され、病院に搬送されたものの死亡が確認された。

現地からの映像を見る限り、多量の煙が発生していることから、犠牲者の死因は、一酸化炭素中毒によるものかもしれません。
なお、本火災の2日前にも電池から出火する事故が発生したが、従業員が消し止めたため、警察等には通報しなかったようです。

情報引用元は次のとおりです。

2.問題点

・多量のリチウム電池

火災概要にもありましたとおり、この工場では多量のリチウム電池が製造・保管されていました。
ただ、「リチウム」と名が付いた電池でも1次電池と2次電池があり、その性質や危険性は異なるので、正確に区別する必要があります。

■リチウム1次電池
リチウム1次電池とは、充電することができない使い捨てタイプの電池で、よく目にするアルカリ乾電池などと似たような使用方法になります。
ボタン型(コイン型)や円筒型のものが一般的です。

ボタン型のリチウム電池
円筒型のリチウム電池

これらの電池の特徴は、電極(負極)に金属リチウムを用いていることです。
金属リチウムは、水に触れると化学反応を起こし、水素を発生しますので、近くに火種があると危険です。
そこで、アルミニウムとの合金などに置き換えて反応を抑えているような製品も見受けられます。
また、電解液には水が使用できないため有機溶剤を用います。これは、比較的引火点の高いものが多く、直ちに危険とは言えませんが、一度着火すると燃焼を継続する物質なので注意が必要になります。

■リチウムイオン2次電池
リチウムイオンの移動により充電・放電が行われ、繰り返し使うことができる電池です。近年では、携帯電話、パソコン、モバイルバッテリー、電気自動車など多方面で使用されています。
一方では、発火などのトラブルが多数報告されており、取り扱いに注意が必要な物品としても注目されています。
その主な原因となるのが、可燃性の電解液です。熱の影響を受けやすく、製造過程や使用方法に問題があると発熱・発火してしまうのです。
リチウム1次電池とは違い、リチウムイオン電池は、電極に金属リチウムではなく、その化合物を使用しているので、水との反応はそれほど心配がいらないでしょう。ただし、過充電などの不適切な使用がああると、電極に金属リチウムを析出してしまうことがありますので、油断は禁物です。

今回の工場では、1次電池の製造・保管が行われていたとの報道から考えると、金属リチウムに対する危険性がもっとも重要なポイントになると思います。
少量であれば、専用の消火器を使ったり、乾燥砂で覆い酸素を遮断することで消火が可能ですが、多量にある場所では、そうした作業が難しいでしょう。

1次電池でも2次電池でも共通するのは、発火の危険があるだけでなく、多量に置かれていると連鎖的に燃焼し、短時間で延焼拡大してしまう点に注意が必要だということです。
また、消防隊もむやみに放水ができないので、リチウムが存在する場所を確認しながら活動方針を決定しなければならず、困難な状況だったと思われます。
我国では、リチウムに関連する火災事例は極めて少ないようですが、類似したものとして、マグネシウムを取り合う使う工場や産業廃棄物処理場などでの火災が、いくつか報告されています。(筆者も2回経験しました)

・消火や避難の初動体制

公開されている監視カメラ映像を見た限りでは、初期消火をしようとしたものの、急激に燃焼し、対応が追い付かなかったというのが実情でしょう。
2日前の火災では初期消火に成功したとのことですが、電池からの出火は一様ではなく、緩慢なときもあれば、爆発的なときもあるでしょう。当時の状況は明らかになっていませんが、少なくともその時点で出火の危険性があるということは把握できたはずであり、何らかの対策を講じたのかどうか、しっかりと検証することが必要でしょう。
過去の工場火災事例を見ると、いきなり大規模火災が発生しているのではなく、それ以前に小規模なトラブルが散発的に起こっていたにもかかわらず、適切な対策を講じていなかったため、惨事につながってしまったという事例が大半を占めています。

避難がどのようにして行われたのか明確な情報がありませんが、問題点があったことは否めません。憶測にすぎませんが、2日前の火災で初期消火が成功したため、「直ちに避難する必要はなし」と思われてしまった可能性も捨てきれません。
このような危険物質を扱う事業所では、避難開始のタイミングを逸してしまうと大惨事につながりかねません。消火に失敗したから避難するのではなく、消火や消防機関への通報と並行して避難を開始しないと手遅れになってしまうでしょう。(もちろん建物の構造や従業員の配置状況にもよりますが)

さらに考慮するべき点として、犠牲者の大半が外国籍の人だったという点です。(報道によれば、犠牲者のうち18人が中国籍、2人が韓国人、1人がラオス国籍で、他の国籍は現時点で不明)
言語や生活習慣などの違いから、リチウム電池の危険性や非常時にとるべき行動を十分に教育できていたのか検討する必要があるでしょう。

・防火区画

延焼や煙の拡大を防ぐために内部を防火壁で区画することが一般的です。しかし、区画することにより作業効率が低下することもあるので、基準面積いっぱいに区画を広げることが多いのも事実です。
また、区画を貫通するダクトや電線類の埋め戻し、あるいは通路に設ける防火戸の閉鎖が不十分だと、防火区画の機能を果たせないことがあります。
この工場がどのような状況だったのかを十分検証することが必要でしょう。

防火区画の役割

・避難経路の確保

現場を訪れたユン・ソンニョル大統領は「非常口の近くに発火物質があったため、多くの人が脱出できずに死亡した」と述べられたそうです。
非常口に限らず、リチウム電池が工場内のいたるところに存在したことは容易に想像でき、延焼拡大の要因となったほか、避難を妨げることにもつながってしまったはずです。
複数の避難経路を確保できるように建物をつくることが望ましいと言われていますが、仮にそうであっても、避難経路上に危険物質が置かれているような状態では有効な避難経路とは言えません。法令に適合しているか否かではなく、非常時に有効か否かという視点で当時の状況を調査していく必要があるでしょう。

・消防隊の活動

消防隊の詳細な活動情報が入手できていないので、適切だったかどうかの判断はできませんが、先着隊が到着時は、すでに人命救助は困難な状況にあったのではないかと推察されます。
今回は、リチウムイオン電池という特殊性を持つ火災ですが、過去の事例にを振り返ってみても、工場は、通常の建物より消火が困難であるという共通点があります。
工場における活動困難要因としては、次のようなものが挙げられます。

  • 多量の可燃性物質が置かれていることが多く、ひとたび燃焼を始めると相当の火力になり、屋内進入が困難になる。

  • 開口部(ドアや窓)が少なく、進入しにくい。

  • デパートやホテル等の不特定多数が出入りする建物に比べ消防設備の規制が緩く、スプリンクラーや泡消火設備などの自動消火設備(人間が直接消火活動をしなくても消火できる設備)が免除されていることが多い。

  • 内部構造が複雑で、消防隊員が効率的な活動をしにくい。

  • 危険物質が存在している可能性があり、確認しながらの活動になるため、対応が遅くなりがち。

3.本火災からの教訓

・電気エネルギーに対する油断

本火災は、たった一つの電池から出火した可能性が高く、電気エネルギーの危険性を再認識させられます。こうした点は、私たちの身の回りにも、当てはまるでしょう。
火災が起きたとき、「火の気がないところから出火した」という会話を時々耳にすることがあります。以前でしたら「火の気」とは、コンロや石油ストーブ、タバコなど、実際に燃焼しているものを指すことが一般的でしたが、電気エネルギーに囲まれた生活をしている現代では、電気に関するものは、ほとんどが「火の気」に該当するものだということを忘れてはならないでしょう。

最近ではリチウムイオン電池に起因した火災例が数多くメディアで流されていることから、多くの方が、その危険性を認識しているはずです。
しかし、その多くは小規模な火災に留まっていることから、「まさか死につながるなんて」と、心のどこかに油断があるかもしれません。

リチウムイオン電池が混入したゴミの出火事例(東京消防庁)

今回の火災を契機として、改めて電気に関わるものの安全性をチェックしてみる必要があるのではないでしょうか。
たった一つの電池から悲劇は始まっているのですから。

・潜在的な危険性を有する製品の管理

工場で扱われる物品多くは、事前に危険性をチェックされ、それに見合った対応をしていることが一般的であるので、そう簡単に出火しないかもしれません。
しかし、それは危険性がなくなったのではなく、危険性をコントロールしているにすぎません。
何らかの条件が重なれば、潜在的な危険性が露呈して事故につながることもあるでしょう。
取り扱う物品にどのような危険性があるのか、従業員全員が理解し、適切な対応方法を身に着けておくことが必須ではないでしょうか。

今回のリチウム電池のように、一見危険がなさそうに見える物品でも、潜在的な危険性があるということを理解しなければなりません。例えば、
・粉状の可燃物(小麦粉、コーンスターチ、片栗粉など)→粉塵爆発
・油脂類(大豆油、菜種油などの植物油)→酸化発熱による自然発火
・梱包用の合成樹脂製品や可燃性断熱材→容易に着火し火力も大きい
・梱包用の紙製品→容易に着火しなくても一度着火すると火力は大きい


粉塵爆発のメカニズム
油脂類の酸化反応による発熱メカニズム

また、可燃性の物品を多量に集積しておくと、一気に火力が増大してしまうので、適量に分散しておくことが重要です。物品によっては、そうした規制が行われているものもあります。
しかし、当初は適切に取り扱われていたとしても、作業効率を上げる観点から徐々に乱れていき、いつしか多量の危険物品が集積されてしまう事態になってしまうのも珍しくありません。定期的にチェックしておくことが重要でしょう。
特に避難経路に関係するところは、厳格にチェックすべきです。

・工場に対する法令規制

前述したとおり、デパートやホテルなどの不特定多数が出入りする建物に比べ、消火設備等の規制は緩やかです。
内部の事情を熟知した従業員がいるので、消火などの初期の対応が適切に行われるものと考えられているからだと思います。
そうした側面があるのも事実ですが、人間ができることは限界があり、それ以上のものを期待すると大惨事に直結してしまうのではないでしょうか。

法令基準に適合させることがゴールではなく、事業所の実態に合わせ、設備面を強化したり、危険物品の取り扱い方法を改善したりするなどの、たゆまぬ努力は必要でしょう。
特に、発火危険や延焼拡大危険がある物品が集積されるような部屋は、法令基準の要求がなくても、自動消火設備などの設置を検討してみてはいかがでしょうか。
また、防火区画を見直すことで、延焼範囲を極小化したり、避難路の安全性を高めることができるので、作業フローの見直しとともに、ぜひ取り組んでいただきたいと思います。

・外国人労働者に対する安全教育

我国でも外国人労働者に依存している事業所は多いと思います。
簡単な作業手順なら短時間で習得できるかもしれませんが、今回の火災に関わるような、物品の危険性や非常時の対応を理解してもらうのは容易ではないと思います。

ビデオ教材を活用したり、いつでも学習できるように従業員向けのネット配信をしたりと、多角的な取り組みが必要になってくると思います。

ビデオ教材を用いて火災の危険性を教育する例

おわりに

まだ全容が解明されない時点での情報発信は、時期尚早かとも思いましたが、同様な危険性を秘めた事業所は、我が国にも存在する可能性があると思い、現時点で分かる範囲内の意見としてまとめてみました。
今後新たな教訓が見出されていくでしょうし、それらを他人事ではなく自分事として受け止め、事業所の安全性を高めていく努力は欠かせないと思います。
ただ、過去の火災でも今回の火災でも同様に言えるのは、「災害対策は様々な視点で進めるべき」ということです。
建物や設備の安全性向上はもちろん大切ですが、それとともに、しくみづくりや従業員の啓発も進めていかねば、安全を勝ち取ることはできないでしょう。
次のような視点が重要だと思います。

  • 建物の安全性の確保や設備を充実させていく、ハードウェアという視点

  • いざというときの行動を確認し、全員が協力できる組織やしくみづくりを進めていく、ソフトウェアという視点

  • 防災意識を高めるとともに、人と人の絆を高めていく、ヒューマンウェアという視点

3つの視点を細分化していく災害対策の例

本記事が少しでも安全性向上につながれば幸いです。

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