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農園で育ったコットンと研究室で育ったコットン、どちらが不自然な素材か?(小さなコーヒー屋が大きな経済を語る【2】)

唐突に夏の暑さが東京に押し寄せている。

最高気温は29.9度を記録した。

暑い日ほど機能性インナーのありがたみを感じる。

ユニクロのエアリズムにお世話になりっぱなしだ。

汗だくになって帰宅したら、まずはシャワーを浴び、ふわふわでお気に入りのオーガニックタオルで体を拭き上げ、よく冷えた水出しアイスコーヒーで喉を潤す。

夏が好きというわけではないが、四季を感じることができるのは素晴らしいことだ。

そして、地域や季節によって寒暖差が生じる環境は植物の生育に大きく影響するので失われてはならないと思う。




climate

世界の主要なコーヒー農園は通称「コーヒーベルト」と呼ばれる北回帰線と南回帰線との間の地域に集中している。

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この定義は、緯度による熱帯の定義と一致するそうだ。

植物にはそれぞれ、生育に適した環境(雨量、日当たり、温度、土質など)がある。

米・麦・大豆・コーヒーといった食用作物も、綿・麻といった繊維料作物も栽培に向いた土地で育てられている。

前回、僕は長々とオーガニックコットンにまつわる話を持ち出した。

今、コットンを畑ではなく研究室で育てられる技術を開発し、実用化しようとしている企業がある。

ブラジルで起業したルチアーノ・ブエノCEO率いるゲイリーは今年4月、H&Mが主催するイノベーションコンペ「グローバルチェンジアワード」受賞の栄誉を手にした。
(ブロックチェーン技術を用い、繊維の製造から販売までの過程をトレースする技術を開発したインドのテキスタイルジェネシスや、タンパク質のDNAから色や伸縮性・はっ水性を備えた生分解性繊維を製造する技術を開発したニューヨーク州立ファッション工科大学発のバイオベンチャー・アメリカのウェアウールも同年に受賞。)

WWD:どのように培養していくのか?
ブエノ:植物の幹細胞に直接働きかけ、最適な環境で培養して繊維へと変えていく。コットン栽培は通常180日間かかるが、約10分の1の18日間で成長する。さらに80%のリソース(水、土地、温室効果ガス排出)が削減でき、高品質なコットンになる。

農園で働く人の健康を害し、土地を汚染する農薬の散布もなく、これまではジーンズ1本分の綿(約1kg)を生産するのに必要とされてきた1万リットルもの水(1人分の飲み水10年分に相当)の節約もできる。

WWD:あなたが考える究極のサステナブルなファッション産業とは?
ブエノ:研究室で製造できる衣類――これがベストで、おそらく最もクレイジーな方法だろう。

限られた地球資源を効率的に使い、人へのダメージも最小限に抑えられる。
サスティナブルでエコロジカルな科学の英知の結晶ともいえる技術。
ここまで不自然な栽培方法はない。まさにクレイジーだ。


crazy

そんな不自然な栽培方法が本当に人間にとって恩恵をもたらすのだろうか?

無農薬・有機肥料で栽培し、農地の大気や土壌の汚染をせぬようガソリンでなく電気で駆動する農耕機械を使い、農園での児童労働や不当な低賃金労働を許さず、フェアトレードで適正な価格で買い取る。

そんなコットンならば、これまで通り自然な栽培方法でよいのではないか?


「有機栽培は最も自然な栽培方法である。」


そんなことを僕は1度も思ったことはない。

農耕という人類の行為は原初から不自然(un-natural)だ。


人が区切った土地を、人が耕し、人が選んだ作物を植え、時には水や肥料を与え、育てるつもりのない他の植物は排除し、

たった一種類の作物を、できるだけ良い生育状態でできるだけ大量に、同じ時期にまとめて収穫する。

これのどこが自然なのだろうか? 僕はずっと不思議だった。

人類以外の動物は意図的に他の生物を育て、獲るということをしない。
(虫にはキイロケアリという、巣の中で育てるアブラムシからの蜜を食べ、冬季にはアブラムシ自体を食べるアリがいる。)

人類に限らず、地球に生きる生命体は生き残るために他者からエネルギーを得ることが不可欠だ。
人類だけが、エネルギーとなる資源を意図的に育て、刈り取るという行為を発達させた。

つまり、人類は地球上で最も経済の発達した生き物だと僕は思う。


economy

経済という言葉から最初に思い浮かぶものは、カネ(money)だという人は少なくないと思う。

「おカネの動きが経済でしょ?」という人も多いのではないだろうか。
間違ってはいないと思うが、それは一部のことであって、全部ではない。

僕にとってカネは資産の一形態であり、交換手段の一つでしかなく、経済というのは「エネルギー交換」、資産というのは交換可能なエネルギーと定義している。

だから、カネはエネルギーの塊だ。
色々なものと交換出来て、持ち運びも簡単なとても便利なエネルギー。
(もはや、持ち運ぶというのは古い考えかもしれない。クレジットカードやスマートフォンもいらず、何らかの手段でインターネットに接続さえすれば決済・精算ができそうな時代が近づいている予感がする。)

地球に一番エネルギーをもたらしてくれているのは間違いなく太陽だろう。

このマガジンの最初のnoteにも書いたが、人類が現在できる計算では太陽の寿命は残り半分ちょっと、約50億年と推測される。

太陽から届くエネルギーがなければ地球の気温は上がらないし、海水は雨になって降り注がないし、植物は光合成が出来ないし、光合成がなされないと大気中の二酸化炭素は減らないし、新しい酸素も生まれず、人類は滅亡だ。

地球に存在する様々なエネルギーが交換され、交換され、交換され。。。
人類は積極的に交換もして生きている。

では、その交換の仕方を発展させることは破滅への道か?

僕の答えは否(no)だ。

交換し続けることこそ人類が生き残る道を切り開くと信じている。

だから、ブエノCEOが最もクレイジー(最良)な方法だとしている研究室で不自然に育てられたコットンでできたTシャツを着て出かける日が来るのを僕はワクワクしながら待っている。


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最後に、今、僕が最もワクワクしている人工構造タンパク質の話をしよう。

コットンはもちろん、リネンだろうとウールだろうとシルクだろうと、人間の体もDNAもアミノ酸の一種・タンパク質なしでは成り立たない。

タンパク質(protein)の言源はギリシャ語の「proteios」で、「第一となるもの」を意味する言葉だ。


このプロテインを人工的に大量生産・実用化へ大きく踏み出している企業が日本の山形県鶴岡にある。

スパイバー社は当初、人口クモの糸の開発を目指し、関山和秀社長によって慶應義塾大学博士課程在学中の2007年9月、学生時代の仲間と設立された。

人工合成のクモ糸研究を開始したのは関山社長が先端バイオ研究を行う冨田勝研究室に所属していた2004年9月だった。

「画期的な素材だ!」「一種の資源エネルギー革命」として世間から大きな注目を浴びたものの、開発は順調に進まなかった。

商業生産を前に、政府系金融機関や民間企業などから161億円もの資金調達に成功するも、実用化に向けた研究の途中で壁にぶつかる。

「世界初の人口クモの糸」の話題はしばらくメディアから姿を消した。

メディアへの露出がなくなってからも、スパイバー社は地道な研究と改良を重ね、ついに遺伝子工学などを駆使し、微生物の発酵プロセスを活用した新素材・人工構造タンパク質“ブリュード・プロテイン”の開発に成功する。

2019年8月29日に人工タンパク質を原料にした高機能ウエアとしては世界初となる“ムーン・パーカ(MOON PARKA)”を協業したアウトドアメーカー・ゴールドウインと共に発表。

2015年10月の共同記者会見から約4年を経て本販売にこぎつけた。
(2019年12月12日(木)より応募者に計50着限定販売され、当然即時完売。)


関山社長はインタビューでこう語っている。

関山:タンパク質は20種類あるアミノ酸の組み合わせでできており、当社はニーズに応じてその配列をデザインする技術を駆使し、ナイロンのような長繊維からカシミヤ風のソフトタッチの繊維、石油由来ではない樹脂(プラスチック)やフィルムなどを作ることができる。
関山:例えばウールやカシミヤのセーター1枚作るために、羊やヤギの毛が3~4頭分程度必要。理論上“ブリュード・プロテイン”では、微生物発酵させた培養液が風呂おけ1杯分あれば、1時間程度でセーター1枚分に必要なタンパク質ができるので生産効率が非常に高いといえる。ヤギや羊を飼育するのには、土地と水が必要だし草なども食べる。メタンガスも出す。一頭一頭では少なく見えても、数百万頭というスケールになると実は温室効果ガスへのインパクトは非常に大きい。

理論上とはいえ、風呂おけ1杯分の培養液があれば1時間程度でセーター1枚分に必要なタンパク質ができるなんて...

不自然極まりない!狂っている!!

僕はこのインタビューを読んで驚喜した。


artificial

僕の大切なコーヒーの栽培には水資源が欠かせない。

他の作物の栽培に使われる水が節約できれば、近い将来、アフリカの人口が急増してもが現状の栽培方法の継続が可能だろう。

いずれは研究室で育つコーヒーも開発されるに違いない。
それまでの間、他の産業の進化の恩恵をありがたく使わせていただく。

コーヒー豆も元をたどればタンパク質と他の栄養素の塊だ。
恐ろしい話だが、植物の種としてでなく、人工構造物としてコーヒーが地球に生まれる日が来るかもしれない。

それが美味しいか、好きかは個人の判断となるが、そういう未来が訪れるという可能性も頭の隅に置いておこう。


農園で育ったコットンと研究室で育ったコットン、どちらが不自然な素材か?(小さなコーヒー屋が大きな経済を語る【2】)了


なぜコーヒー屋の僕が経済を語るのか知りたい方はこちらを、どうぞ。


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