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第2回 美味しさをまとめる「酢」の役割

和食の名店『分とく山』総料理長、野崎洋光さんに教わる調味料のお話。
第2回は、歴史の中で変化していく調味料の使い方、味わい方、
そして興味深い酢との関係について、伺いました。

新しい調味料、ドレッシングやマヨネーズと「酢」の関係

 日本の食事に使われる調味料も、日に日に変化をしています。例えば私は1953年生まれですが、小学校5年生の家庭科でサラダを作ったときに、生まれて初めて「フレンチドレッシング」なるものを食べました。水でさらした玉ねぎスライスに、サラダ油と酢と塩を混ぜたドレッシングをかける。なんと新しく、美味しい食べ方なのだろうと思いました。

 日本料理では、油をあまり使いません。面白い例として、私たち和食の料理人は水で絞った布巾で辺りを拭きますが、フレンチのシェフは乾いた布を使う。湿度の低いヨーロッパでは、油が飛び散っても布でさっと拭けばきれいになります。高温多湿な日本では飛び散った油で調理場がギトギトしてしまうため大量の油を使った料理はあまり普及しなかったのだと思います。

 またバターやオリーブオイルを味付けとしても使う西洋料理と違って、日本料理では、油そのものを味わう文化がありませんでした。不慣れということもあり、そのままでは「油っこい」「しつこい」と感じてしまう油に、酢をよく混ぜ合わせて乳化させると、柔らかくなめらかな美味しさが生まれます。乳化作用によってとろみのついたドレッシングは、野菜などの素材とからんで食べやすくもなります。

 さらに卵を加えると、油と酢が分離しない状態を保つことができる。これがマヨネーズですね。卵黄がたっぷりでうまみとコクのあるマヨネーズは、日本の米食文化との相性もぴったりです。味噌や醤油と合わせても美味しいものです。マヨネーズには生の卵が使われていますが、殺菌効果のある酢が保存性を高める役割もしてくれます。


関西と関東の「つゆ」の違いは「麺」にあった?

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 日本の国内だけでも、調味料の使い方はさまざまです。よく話題に上るのが、関東と関西の「つゆ」の違い。関西の人はよく「都のある関西は上品な薄口、田舎の関東は真っ黒だ」とからかいますが、実はその違いは「麺」なのです。東日本はそば、西日本はうどん文化。うどんは小麦粉のグルテンにコシを出すため塩が必要ですが、そばはつなぎでしか小麦を使わないので塩分が少ない。そのため、うどんつゆは薄味、そばつゆは濃い味でちょうど良いのです。
 
 醤油も、江戸前の新鮮な魚が食べられた関東では濃い口醤油、東海でもうまみや甘味が強いたまり醤油が好まれました。その塩味を和らげるために使われたのが、酢の酸味です。「塩梅(あんばい)」という言葉は昔、塩と梅酢を調味に使ったことから生まれました。塩味と三位はお互いの味をまるくする働きがあり、両者の味がちょうどよいバランスとなったものが「よい塩梅」というわけです。


食卓に「砂糖」が登場したのは意外と新しい

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 砂糖もも「新しい調味料」と言ったら、意外に思われるでしょうか。日本料理でも、風味をつけたりつやを出したり、保存性を増すなどさまざまな役割をする大切な調味料です。

 一般の家庭で、今のように砂糖をふんだんに使うようになったのは、戦後もだいぶ経ってからのこと。私の子ども時代でも、結婚式や出産祝いにはタイの形の祝い菓子や角砂糖の詰め合わせが贈られたように、砂糖は貴重な高級品でした。お節料理の黒豆やきんとんに砂糖をたっぷり使うのも、保存の意味と、お正月くらいは贅沢をという気持ちの表れだったのでしょう。

第2回 おわり

(プロフィール)
野﨑洋光 のざき ひろみつ
東京・南麻布の日本料理店「分とく山」総料理長。1953年福島県生まれ。学校法人石川高等学校卒業後、武蔵野栄養専門学校卒業。東京グランドホテル、八芳園を経て「とく山」の料理長に。1989年支店「分とく山」開店。総料理長となる。和食の伝統をふまえながら、その時代や素材に合った調理法でおいしい料理を提供し続ける。わかりやすい説明と豊富なアイデアの料理が人気で、テレビ、雑誌、講演などでも活躍中。『おいしいごはんの勘どころ』(学研プラス)、『野﨑洋光が考える 美味しい法則』(池田書店)など著書多数。
●「分とく山」ホームページ https://waketoku.com/