若々しい先輩が教えてくれた3つの秘訣
「おねぇさん。私いくつに見える?」
毎朝の散歩コース。イヤホンで音楽を聴きながら歩いていたら、ふいに見知らぬ女性が近づいてきた。「何か私に言った気がするけど、気のせいかな?」そう思いながら右耳のイヤホンを、そっと外す。
「ねぇ、おねぇさん。私いくつに見える?」女性はさらに一歩、私に近づいて、はっきりそう言った。やっぱり私に話していたんだ。でも……えっ!?いきなり年齢ですか?かなり答えづらい。パッと見た感じは70代半ばから後半。しかし正直に言って良いものだろうか。ここはやはり、少し若めに答えるのがマナーだろう。
「70歳くらいですか?」(ドキドキ)
「私、今年90」
「えぇ~~!!」
我ながら100点満点のリアクションだったはずだ。純粋に驚いただけだが。本当に、とても90歳には見えない。肌の艶といい、歩くスピード、姿勢、どれをとっても実年齢よりかなり若く見える。そんなことを考えながら顔を上げると女性は嬉しさを隠さずニコニコしていた。可愛い。
「元気の秘訣3つ教えたるな」
何か勧誘が始まるんじゃなかろうかと私は一瞬身構える。次の瞬間。
「イィーー」
唇を横に広げて、女性は私に向けて前歯を惜しげもなく披露してきたのである。見ず知らずの人の全力「イィーー」を目撃したのは初めてで面食らった。2、3歩後ずさりしたかもしれない。
「まず歯が大切。これ私全部自分の歯」
「はぁ」
あまりに予期せぬ行動だったので、私のリアクションはかなり薄いものになってしまった。しかし。よく考えてみたら、8020(80歳で20本)の言葉からも90歳で全部自分の歯はかなりすごい。
「数年前に、通っている歯医者の推薦で歯の表彰式に出席したんやわ」と女性は続ける。歯の表彰式なんてあるんだ。しかも、話す間チラチラ見える彼女の歯はやはり綺麗だ。きちんとメンテナンスしているのが伝わってくる。
「3ヶ月に1回歯の定期健診に行くやろ。そこで歯ブラシを3本買ってきて、毎月1日には新しい歯ブラシに変えんねん。で、古い歯ブラシは洗面台掃除して使い切ってから捨てるんやで」と続けた。
「2つ目は運動。朝と夕方にかかさず散歩」という女性に向かって「確かに。歩くのは健康のために大切ですよね」と、ようやく私は落ち着いて返事が出来るようになっていた。
「あとオヤツに、うるめの丸干しと牛乳1杯もな」なるほど。骨に良さそうだ。女性の背筋はピンっと伸びていて外見からも筋肉と骨の丈夫さを感じる。第一印象で70代に見えたのは、この姿勢の印象が大きいのかもしれない。
「それから最後。人と楽しく話すことな」と女性は言って「おねぇちゃんありがと」とニコっと笑うと再び歩き出した。美しい歯、伸びた背筋には自信が溢れている。きっとこの自信は、毎日の積み重ねの結果だ。
歯磨き、定期健診、運動、食事……。大事なことだとは理解していても忙しい日々の中でつい疎かになってしまう。少なくとも私はそうだ。しかし、小さなことに思える毎日の積み重ねこそ大切にするべきなのだろう。それらを地道に継続してきた誇りが女性からは確かに伝わってきた。
特に、自身の歯で思うように食べ、美しい歯で自信を持って笑えることは楽しく歳を重ねるうえで重要だ。数十年後、できれば私も彼女のように活き活きと生活をしていたい。
イヤホンを耳に戻し、私はまた歩き出す。「そういえば元気の秘訣4つだったな」そんなことを思いながら全力「イィーー」を思い出して、少しニヤけた。
忙しさに紛れて後延ばしになっていた歯の定期健診。散歩から帰ると、私は早速歯医者へ予約の電話をかけた。コール音を聞きながら、次回メンテナンス時には「新しい歯ブラシも買って来よう」そう思った。