ニュータイプ推し活
家事が嫌いだ。
家事と一口に言っても、掃除・洗濯・料理・家計管理・整理収納・育児や介護関連・地域季節行事など多種多様。最近では名も無き家事なんてものも加わって、なかなか一人で回しきれる量ではない。
とはいえ家事を外注するなんてセレブのすることと考えていた。最近までは……。というのも実は私、ここ2ヶ月家事を外注しているのだ。そしてその快適たるや。
QOL爆上がりなのである。
「なぜもっと早くに始めなかった」と自分を責める。そして何を隠そう、解決したのは家事周りだけではないのだ。
***
~2ヶ月前~
外注初日。自宅で担当者を待つ私の掌は汗でじんわり湿っていた。指先が冷たい。緊張している。
“ピーンポーン”
インターホンが鳴る。次の瞬間、黒い小窓に写しだされた顔を見て私は一瞬、息をするのも忘れてしまった。
「似ている!!」ますます鼓動が速くなる。急いで出なくてはと思いながらも自然と足は洗面台に向かった。手早く化粧を整える。再度、玄関の姿見で全身をチェックして扉を開けた。
「はじめまして〇〇サービスです」首にかけられたネームホルダーを片手に彼は自己紹介した後、名刺を差し出した。
「はじめまして。よろしくお願いします」私は素っ気なく受け取り、軽くお辞儀をした。
名刺に印刷された顔写真は見れるのに、顔を上げて男性本人の顔を見る勇気がない。だって似すぎているのだ、タイプの彼に。というか、もはや本人かもしれない。
正直に言えば既に声の時点でダメだった。【神様。あなたは顔も声も……色々と彼に与え過ぎました】魂が宙に浮かびそうになるのを右手で必死に抑える。
***
「本日はキッチン収納の見直しと夕食準備の契約で間違いありませんか?」黒のバインダーに挟まれた紙に目を通しながら彼は言った。「はい。間違いありません」返事をしながら私はリビングを見渡す。
2ヶ月前とは大違いだ。
この2ヶ月、主にリビング収納を一緒に見直してもらった。やはりプロの技術はすごい。要る物・要らない物とを着実に分け、一度メスを入れた場所は決してリバウンドしなくなった。見違えるリビングの空気はいまや快適そのもの。
そして今回、キッチン収納の見直しに加えて初めて料理を依頼することにした。どんな夕食が出来あがるのだろう。久しぶりに誰かに作ってもらう食事に心がときめいた。
リビングのパソコンデスクに向かい、メールの返信をする。少し離れたキッチンから、バターとガーリックのにおいが漂ってきて口の中の唾液量が増えるのを感じた。
仕事を進めながら時おりキッチンにいる彼を見つめる。慣れた手つきで包丁を使う姿が格好良い。料理もできるなんてズルい。エプロン姿が似合いすぎている。【ダメだ。こんなに見つめては】
時刻は18時。
「まもなく完成です。すぐに召し上がりますか?」
「はい。お腹が空いてきたので」
「では、この鯛あたためますね」
鯛のポワレ。皮がパリッと香ばしいのに中はふっくら。ほんのり白身魚特有の甘みを感じる。何より添えられたレモンバターソースが絶品だ。こんなオシャレな料理、家で作れるんだ。
ポトフが輝いている。
スープの中に入っている食材が嬉しそうだ。口に入れるとほろほろ溶けるようにくずれる鶏モモ。口に入れるとジュワっと、まるで果実のようなかぶ。
身体の芯から暖まる。細胞が歓喜している。目を瞑ればここはまるで高級レストラン。
「今日お誕生日ですよね?」少し鼻にかかる彼の声にドキッとする。
「はい」
そう。今日は誕生日。年に一度、自分へのご褒美に夕食を誰かに作ってもらいたかった。そして、その相手が自分の推しなんて最高すぎる。
「デザートにケーキも用意しています」
「ケーキも作って下さったんですか?」
「はい。ご一緒に珈琲いかがでしょう」
至福
いくらでも食べられそうな軽い甘さの生クリームと相性抜群の紅茶シフォンケーキ。デザートも申し分なかった。夢のような時間はあっという間に終わってしまう。
部屋に残る珈琲の香りで余韻を感じながら、私は外注サービスのアンケートへ回答を送信した。
推し活と家事代行を兼ねるAIロボット。そのクオリティは異次元だった。しかしAI家事ロボットの推し活に満足しすぎてその後10年、私はリアルな恋愛ができなくなってしまったのであった。科学の発展とは恐ろしいものである。
※この話はフィクションです
今回は本田すのうさん『すのう杯』に参加させて頂きました。私は家事への苦手意識が強すぎて、家事アイディアが思い浮かばないので妄想いっぱいに楽しみながら創作してみました。
是非みなさん『すのう杯』を読んで&書いて家事を楽しむヒントにしてみませんか?