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受け継がれてほしいもの

「キャンプに夢中になったら、覚悟した方がいい。キャンプにとどまらず、つぎつぎ興味が派生していくから」

 友人に誘われて行った初めてのキャンプで、夫はそう言われたそうだ。そして予言通り。彼の趣味は今、つぎからつぎへと枝分かれしている。最初は珈琲だった。キャンプで美味しい珈琲が飲みたいと手動のミルを買い、自宅でも豆を挽いて珈琲を飲むようになった。次に燻製。燻製はキャンプ中、ビールお供として最高だ。毎回使い捨ての燻製器を利用していたけれど、この冬は燻製器を買った。

 そして今。夫の興味は銭湯へと派生している。キャンプ後、銭湯や温泉につかる瞬間の幸せを、それはそれは熱く語るのだ。

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 年が明け、両家へ新年の挨拶も終わった。「さて、今日は何をして過ごそう」と考えていると、夫は唐突に「実は、気になっている銭湯がある」と私に告げた。ぜひ今日はその銭湯に行きたいと。なんでもそこは、国の有形文化財に登録されている昭和レトロな雰囲気があるのだという。

「よし!行ってみよう」1月5日。わが家の2025年銭湯はじめだった。


到着したのは三重県伊賀市「一乃湯」

昭和レトロな「一乃湯」外観


特徴的なネオン♨

 
 到着して、まずはその外観に驚く。聞いてはいたが、想像以上の雰囲気。あいにく、今回は明るいので感じられなかったが「一乃湯♨」のネオンが光る夜にも再訪してみたい。

 ネオンが輝くと、こんな感じ。


 入浴料は大人470円、6歳~11歳150円、6歳未満70円(2024年1月現在)。扉をくぐれば、番台が。昭和にタイムスリップしたような、不思議な居心地の良さに包まれた。

 歴史ある建物だが、脱衣所も浴室も清潔感があり衛生的で気持ち良い。壁には富士山、タイル張りの浴槽、黄色い洗面器……懐かしくて愛おしくて可愛らしくて、ずっと見つめていたくなる。天井から湯気に混じって男湯の声が聞こえて、それもまた味わい深い。


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 大正12年から続く伊賀「一乃湯」は、2023年に(株)ゆとなみ社が継業し、営業が続いている。

ゆとなみ社は、「銭湯を日本から消さない」をモットーに、銭湯の継業を専門的に行っています。

ゆとなみ社HPより


 Xで継業を告げる【大切なお知らせ】の中には、こんな言葉がある。


移ろう時代の中にあって
変わらないあたたかさをとどめる場所
そんな一乃湯を守っていきます

伊賀上野♨一乃湯X【大切なお知らせ】より


 一乃湯の暖簾をくぐってから、あちこちで「今年もよろしく」「おはようさん」と、地元の人が新年の挨拶を交わす声が聞こえた。昔から続く、地域の人に愛される憩いの場なのだ。

 私自身、脱衣所で休憩していると「新しい年になりましたね」と、近くに座っていたおばあちゃんから声をかけられた。「今年もよろしくお願いします」と。書き方鉛筆で、丁寧に清書したような、気持ち良い挨拶に背筋が伸びる思いがした。心が明るくなって「こちらこそ、今年もよろしくお願いします」と返事をする。

 おばあちゃんに挨拶しながら、ずっと変わらないこの場所が、ここにあり続けてほしいと思った。新年の始まりに、帰省したときに、少し疲れたときに立ち寄りたくなる、そんな場所。

 離れていてすぐには来れなくても、思い出すだけで、心がポッと温かくなるような故郷みたいな場所が、これから先もずっとここにあり続けてほしい。

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青空ちくわ
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