役に立たないものが好きだという貴族的嗜好が私を救う
役に立たないものが好きである。
役に立たないものが好きであるという貴族的嗜好は、言い換えればこの世を逞しく生き抜いていくことにはあまり適していないということでもある。
小さい頃から現在まで、読書がほぼ唯一の趣味であるが、本を読むことで何かの役に立ててやろうという気は毛頭ない。
誤解を恐れずに言うなら、そういう考えはちょっと浅ましい気がする。
時間とお金をかけてせっかく読んだのだから、直接的に何かの役に立てたい、という姿勢はなんだか貧乏くさい気がするのだ。
時間とお金をかけて読んだら面白かった。
あー、楽しい時間だった。
さて、疲れたし卵かけご飯と納豆でも食べて寝よう。(貧乏くさい)
なんと贅沢な貴族的嗜好。
私は決して貴族ではないし、お金持ちのマダムでもお嬢さんでもないが、昔っからどうしようもなく貴族的な嗜好の持ち主だった。
もちろん、お金と時間を投資したものに対して一定の回収を狙いたいという気持ちを否定する気はない。
むしろそういう貪欲さや強かさは、現代を生き抜くうえで好ましい特性であると言えると思う。
ただ私に限っては、役に立つ本、いわゆるハウツー本や自己啓発本と言われるものは、あまり好きになれない。
昔好きになった男性が自己啓発本大好き系男子(しかものちにネットワークビジネス男子だということも判明)だったので、一時期そういう本を無理して読んでみたこともある。
何冊読んでも読んだ直後は「なるほどな~」と、そこはかとなく日々を積極的に生きていこうという気になるのだが、翌日には本の内容を全て忘れ、さらには沸いたやる気すら消失するまじないが発動する。
一体誰が何のために自己啓発本に、あのまじないを仕込んでいるんだ!!?
何が「なるほどな~」なのかすらあっという間に遥か忘却の彼方である。
恋愛小説やミステリー小説、ファンタジーや時代小説の読後の豊かな気持ちは何十年も律儀に胸の中に留まってくれるというのに、彼らは私の心に滞在する気は毛頭ないらしい。
自己啓発本は、私の心に土足で足跡を付け汚れを残したと思ったら、「あ、俺別の用事ありましたわ。携帯も手帳も2個持ちっすから」とばかりに騒がしく去っていく。
心に付けられた足跡を拭きながら私は毎度「なんやねん」と困惑と不快感からよく分からない似非関西弁で毒づくのだ。
自己啓発本が好きな男性は、ほとんどイコール意識高い系男子であると認識している。
当時好きだった彼も口癖のように「いつか京都の一見さんお断りのお座敷で舞妓さん遊びをするのが夢だ」なんて語っていたっけ…(遠い目)
…ん?なんで私そんな男好きになったんだ?
しかし、その好きだった男性に、ネットワークビジネスのカモ扱いされかけた経験から、それ以降輪をかけて自己啓発本が嫌いになったw
よくもこの私を、この誇り高い私をカモにしようなんざ思ったものである。
いいか、どんなに私を自分に惚れさせたところで、私は友人や恋人、家族とは一切利害関係を作らないと決めているんだからな!
と、思い出し怒りが収まるところをしらない。
上記理由で私は自己啓発本が嫌いだが、これは私の個人的な体験によるものなので、自己啓発本が好きな方を否定するものではない。私に言われるまでもなく好きならどんどん読んで楽しんでほしい。
自己啓発本好きな善良な方にはほんと申し訳無い。これは私のせいではなく、昔好きだった男が悪いのであしからず…
話が大いに逸れたが、この記事の本筋は「役に立たないものが好き」であった。
私は20代に2度2か国に留学をし、2つの言語を勉強したが培った語学力を自分の将来に活かすつもりは最初から全くなかった。計画性が無いとも言う。
そして既に別記事でも述べている通り、2つの言語のうち、英語に関しては全く上手くならなかったのだが、それでいいのだ。
言葉が通じない国で自分の自信をへし折るという経験、その中で自分の弱さと向き合ったこと、人の優しさに泣けたこと、生活習慣も思考も全く違う外国人と恋バナをしたこと、そんな全てが私の財産になった。
時間とお金の投資に直接的な見返りを求めないことによって、中長期的にはもっと大きなものを得ていたことに後から気づく。
読書も然り。
明日使えるハウツーや人生のマニュアルなどではなく、知らず知らずのうちに心に蓄積していく一見役に立たないものこそ、もしかしたら私が人生を生き抜いていくための支えになっているのかもしれない。
最近は、電子コミックの広告に引っ張られて(あれ、ほんと優秀だよね。興味引かれてしまうんだよなぁ)お前は夢見る女子中学生か!?というような漫画やノベルを少々嗜んだ。
読後、ぽーっと頬を赤らめてつぶやく。
「私も幸せな結婚がした~い。鬼の花嫁になって死ぬほど甘やかされた~い」(何を読んだか分かるかな?恥)
人生こんなあほみたいな妄想してむふふと笑う時間が、人には必要なのだ。
もとを取ろうなんて思わない、お金を使って時間を浪費する、そんな貴族的嗜好が私を私たらしめているし、私が知らないところできっと私を救っているのだろうと思う。
おわり
↓大した記事ではありませんが、お暇であれば…